劇中歌のどれも素晴らしいが、特にアンとの出会いに喜びに溢れて歌う「言葉が生まれた日」、息子を失った悲しみを歌う「カラを満たすは,尽きせぬ空しさ」のミュージカル・ナンバーが心に残る。又、この世界は一つの劇場と歌う「Will in the World」の下記の歌詞は、劇作家ウィリアム・シェイクスピアの心情をよく表していて、印象深い。
Will in the World
この世界は一つの劇場 人は誰もが皆役者 舞台の上に現れて
やがて立ち去るその日まで 人の数だけ 思いの数だけ
言葉を重ねて生きている
ハイドは人体実験に反対した、大司教(宮川浩)はじめ、善人顔をしながら、陰では悪事を働く評議員(塩田朋子、林アキラ、阿部裕、畠中洋、松の木天辺)を日々惨殺しては、ロンドンの町を恐怖に落とし入れる。ハイドによって、背中に酷い傷を負わされたルーシーは、その手当にジキル博士を訪ねる。ルーシーの話から、自分こそ、ハイドと気づいたジキルは、自分から残虐な悪を追い出そうと葛藤するが、もうコントロール不能になっていた。ジキルはハイドになってルーシーを殺すのではないかと不安におびえ、親友のアターソンに頼み、町から急いで逃げ出すようにと、ルーシーに伝えてもらうが間に合わず、ルーシーも又、ハイドに殺される。他の惨殺シーンと異なり、ルーシーはジキル博士の助言通り。新しく生まれ変わろうとしていただけに、彼女の歌う「A New Life」と共に、切なさが心に残る。
評議員を務めるのはいずれも一騎当千の役者ばかり、主役級が揃っているので、見応え聞き応えは充分。そして、アンサンブルも負けじと熱演、圧倒的な素晴らしい舞台となっていた。どのシーンのどの曲も印象的だったが、プロローグの後に、アンサンブルの歌う「嘘の仮面」は迫力満点で、私たちを「ジキルとハイド」の世界に、いや応なく引っ張っていき、エマとルーシーがジキルへの愛を歌う「In His Eyes・・・その目に」も忘れられない。書ききれない程、名舞台・名曲揃いの作品だが、ジキルがハイドを追い出そうと歌う「対決」のシーンは、見事という以外、形容の言葉がみつからない。ほぼ正面を向いて歌うとジキル、横を向いて腰をかがめると瞬時に荒々しいハイドとなり、その動きと共に、絶え間なく変化する歌声が、舞台を否応なく盛り上げ、観客を釘付けにする。
<写真提供: 東宝演劇部>