2016年4月 

  

Popular ALBUM Review


「アイ・ロング・トゥ・シー・ユー/チャールス・ロイド&ザ・マーヴェルズ』(UCCQ-1060/ユニバーサルミュージック)
 テナー・サックス奏者、チャールス・ロイドのブルーノート移籍第2弾。ビル・フリゼール(g)、ルーベン・ロジャーズ(b)、エリック・ハーランド(ds)、グレッグ・リース(sg)をメンバーに迎えてのクインテット「ザ・マーヴェルズ」による新作。ジャズの名盤として名高い「フォレスト・フラワー」(1966年)からちょうど半世紀、77歳を迎えたチャールス・ロイドは、本作品で素朴で時にカントリー調、牧歌的な味わいを感じさせるフュージョン・アプローチでニュー・サウンドを聞かせる。冒頭の曲はボブ・ディランの「Masters of War」(戦争の親玉)。「Shenandoah」「All My Trials」「Abide with Me」などの民謡や讃美歌をフリゼールのギターや、リースのスチール・ギターを立てながらしっとりと聞かせる。反戦歌「Last Night I Had The Strangest Dream」ではウィリー・ネルソンがフィーチャーされ、ビリー・プレストンの「You Are So Beautiful」ではノラ・ジョーンズの歌とロイドのコントロールされたサックスが絡む。最後を飾るロイド自身の曲「Barche Lamsel」は16分に及ぶ長尺曲だが、このグループの真骨頂といえるだろう。メンバー一人ひとりの技量とセンスが大河のようなうねりとなってゆったりと流れ出てくるようだ。(三塚 博)


Popular ALBUM Review


「エブリバディ・ハーツ/カーラ・マシュー』(BSMF RECORDS:BSMF-5039)
 ジャズ・ヴォーカルの新星として2009年に登場以来、はや7年。デビュー作ではエルトンやディラン、ビリー・ジョエル等の楽曲を取り上げていたが新作も全7曲中、6曲がカヴァー。とはいえ、今回はケイティ・ペリーの近作「Roar」(2013年)や表題曲となったR.E.M.「Everybody Hurts」(1993年)、イレイジャー「A Little Respect」(1988年)、ポリス「Every Breath You Take」(1983年)、さらにはビー・ジーズ「To Love Somebody」(1967年)、フランキー・ヴァリ「Can't Take My Eyes Off Of You」(1967年)と年代も音楽性も多種多彩で、まさに「そう来るかぁ〜♪」といった仕上がり。中でも目からウロコなのは1960年代後期の米南部録音風を感じさせるビー・ジーズの楽曲やブルージーな唯一のオリジナル作「I Never Knew」。ジャズというよりもソウル。また違った魅力を発見出来たような思い。生のステージを鑑賞してみたい♪(上柴とおる)


Popular ALBUM Review


「Busy Being Free/Barbara Fasano』(Harbinger Records HCD3106)
 バーバラ・ファサノは、今、ニューヨークのキャバレー・シーンで最も輝いているシンガーの一人だろう。イタリア系の美人シンガーで、彼女が崇拝するレナ・ホーンやバ—ブラ・ストレイサンドの影響が多い。旦那の同じシンガー・ピアニストのエリック・コムストックとよく一緒に活躍している。彼女の4枚目の新作は、歌伴では定評のジョン・ディ・マルティ—ノ(p)のアレンジでボリス・コズロヴ(b)ヴィンス・チェリコ(ds)ポール・メイヤー(g)にウォーレン・バッシェ(cor)とアーロン・ヘイック(ss,fl)が加わるという豪華な伴奏陣に囲まれてジェローム・カーン、リチャード・ロジャース、ヴァ—ノン・デューク等のスタンダードに加えて、ジョニ・ミッチェルやジミー・ウェブなどの歌も交えて心地良い歌を聞かせる。ネリー・ラッチャーの「Hurry On Down」も取り上げて、一寸吃驚させる幅広い選曲だ。中でも「How Little We Know」や「The Surrey With The Fringe On Top」等のテンポの良い歌が特に素晴らしい。(高田敬三)


Popular ALBUM Review


「レッツ・コール・イット・ラヴ/ブリジット・ミッチェル』(ミューザックMZCF 1331)
 今の世の中、新しい歌手が次々と出て来るようだ。ブリジット・ミッチェルは、南ア、ケープタウン出身のシンガーで、現在は、香港で活躍している。2010年に『Don't Explain』というアルバムでデビュー、日本盤も紹介された。2014年に5曲入りのブラジル録音のEP、『Brigitte Mitchell in Brazil』を発表している。今回のアルバムは、その中4曲に6曲のLA録音を追加したもの。グラミー賞に何度もノミネートされたクリス・ウォルデンのアレンジで、有名なレコーディング・エンジニア、アル・シュミットが、歴史のあるキャピトル・スタジオで録るという力の入った録音。ラッセル・フェランテ(p)ディーン・パークス(g)エドウィン・リビングストン(b)ジェフ・ハミルトン(ds)にアルトゥーロ・サンドヴァル(tp)ボブ・シェパート(ss)が加わる異色の伴奏陣でアビー・リンカーンの「Throw It Away」やダイアナ・クラ—ル等の歌で有名なデイヴ・フリッシュバーグの「Peel Me A Grape」等をガーリッシュな声で優しく可愛らしく歌う。キュート・ヴォイス・ファンには堪らないアルバムだろう。ボサ・ノヴァが特に魅力的だ。(高田敬三)


Popular BOOK Review


「人生が変わる55のジャズ名盤入門」鈴木良雄著(竹書房)
 タイトルにあるような類の名盤紹介本は少なくないが、現役のジャズ演奏家が書いたものとなるとたしかに《ありそうでなかった本》だ。 作曲家であり世界的なベース奏者である鈴木良雄が、知人友人たちの「これぞ名盤」という声に耳を傾けながらも、自身の立場やこれまでの体験をもとに 選んだ55枚が紹介されている。マイルス・デイビスの『カインド・オブ・ブルー』、ビル・エバンスの『ワルツ・フォー・デビー』など定盤の作品がラインナップされているところに さほど目新しさはないのだが、語り口調の文体はジャズにこれから触れてみたいと思うような人にはうってつけで、魅力的でわかりやすく、なおかつ楽しい。 ジャズのヘビー・リスナーであっても、著者の正直な思いが伝わってくるので、改めてCD棚から引っ張り出して聞き直したいという気持ちも湧く。 例えばオスカー・ピーターソンの『プリーズ・リクエスト』の章では《ピーターソンはピアノを弾きまくるタイプなんです。ほっといたら自分のテクニックをひけらかして・・・・・・・・。手綱をつかんで音楽的にアレンジし引っ張っていったのがレイ・ブラウンなんです」といった具合だ。音楽家であるがゆえに語り綴ることのできる稀有な著書だ。(三塚 博)


Popular CONCERT Review


「瀬川昌久さん祝賀会」(1月23日、新橋“コットンクラブ”)
 日本ジャズ評論界の大御所で、当ペンクラブ・メンバーでもある瀬川昌久さんが文化庁長官賞を受賞され、昨2015年12月11日に表彰を受けられました。この賞は文化活動に優れた功績を挙げた方に贈られるもので、今年92才で現役、大活躍されている氏の“永年にわたるジャズ音楽やミュージカルなど、芸術文化の普及に対して多大な貢献をされたこと”が大きな評価を受けての受賞となりました。おりから「瀬川昌久自選著作集1954〜2014、チャーリー・パーカーとビッグ・バンドと私」(河出書房新社)が刊行されたことから、1月23日には新橋のカフェ“コットンクラブ”で出版記念とお祝いの会が開かれ、音楽業界、出版関係者を中心に200名近くの方が集まり、会場は立錐の余地もないほどの盛大なパーティー。詰めかけた皆さんが、あらためて瀬川氏の温かな人柄と音楽への愛情に触れて、とてもハッピーな会になったことをご報告いたします。
(岡崎 正通)


Popular CONCERT Review


「田中鮎美トリオ」(3月11日、サラヴァ東京)
 2011年から勉学のためノルウェー・オスロに在住し、プロ活動を続けてきたピアニストが、“初来日”公演を行った。先頃リリースされたデビュー作『メメント』のレコーディング・メンバーと同じ、ふたりのノルウェー人とのトリオである。まずはゆったりとしたテンポでシンプルなメロディを繰り返して、徐々に音量を上げてゆく。このあたりは北欧流儀を体現した趣。2曲目は対照的なフリー・スタイルにスイッチし、田中がピアノの内部演奏をすると、ベースのクリスチアン・メオス・スヴェンドセンは2本の弓を持ち、柄の部分で弦を押さえるアルコ奏法の荒業も見せた。当夜の最初のハイライトは、第1部の最終曲。全員が集中力を高めながら、3人がユニゾンで短いキメ・フレーズを合奏すると、さらにインタープレイを展開。再度のキメ・フレーズを合図に、より一層の爆発モードへと突き進み、最後に同じ合奏で終わった構成は、レギュラー・ユニットとしての成果と聴いた。熟練のペール・オドヴァル・ヨハンセン(ds)共々、3人がお互いの演奏に注意深く耳を傾けながらプレイする様子が印象的。今後も邦人ピアニストとして独自の道を切り開いていくことを願う。
(杉田宏樹)

写真:前澤春美


Popular CONCERT Review


「カート・エリング」(3月2日ファースト・ステージ、ブルーノート東京)
 今年49歳になるカート・エリングは、当代を代表するジャズ・シンガーの一人だろう。2012年にボブ・ミンツアーのビッグ・バンドのゲストでの出演以来、今回は、新譜の『Passion World』を引っ提げての久々のBN公演だ。その中からは、2曲が歌われ、U2のボノ作「Where The Streets Have No Name」は、ジョン・マクリーン(g)のソロも挟んで、タンバリンを打ち鳴らしながら、壮大なスケールの歌で聞かせ、もう一つのキューバ出身のアルトゥーロ・サンドヴァルの曲のカート自身が作詞した「Bonita Cuba」は、キューバ難民の望郷の念を切々と訴え掛ける素晴らしい歌唱だった。ゲスト出演のTOKUのフリューゲル・ホーンのソロもムードを盛り上げていた。アルバム『Gate』からの「Steppin' Out」では壮麗ともいえるパワフルなスキャットを披露、いつものローレンス・ホブグッドに代わるキーボードのゲーリー・ヴァセイス、そしてお馴染みのケンドリック・スコット(ds)のソロと続く見事な構成だ。「日本は、太陽が最初に昇る国、The Land Of Rising Sun」ですね、という前振りからアルバム『Night Moves』からのエリントン作の「I Like The Sunrise」そしてドラムスと格闘する日本がらみの「Samurai Hee Han」と続き、ジャコ・パストリアスの「Three Views Of A Secret」は、クラーク・サマーズのベースとのデュオからはいり次第に盛り上げて行く当夜一・二を争う聴き物だった。ここで、ゲストのTOKUが登場、アルバム『The Messenger』からのスタンダード「April In Paris」と「Nature Boy」そして前述の「Bonita Cuba」で共演する。「Nature Boy」では二人のスキャット合戦も披露した。多くの歌手、ミュージッシャンと共演しているカートならでは、と云う歌だった。アンコールは、ベースとのデュオによるアルバム『Night Moves』からの「The Waking」を歌った。普段より長い1時間20分の熱の入ったステージには圧倒された。4オクターブ出るというバリトン・ヴォイスで比類のない音楽性、何か強烈な演説を聞いて打ち負かされた、といった印象のステージだった。(高田敬三)

写真:山路ゆか


Popular CONCERT Review


「TOTO」(3月4日、パシフィコ横浜)
 80年代あらゆるアメリカン・ニュージックに影響を与え、貢献したメンバーによるバンドTOTOのライヴは、「ランニング・アウト・オブ・タイム」で幕を開けた。巧いミュージシャンの押えた演奏は、恐ろしい程の安定感で落ち着いて聴いていられる。この日一番驚いたのは、スティーヴ・ルカサー(Vo./G.)、デヴィッド・ペイチ(Vo./Key.)、スティーヴ・ポー力ロ(Key./Vo.)と言ったオリジナル・メンバーが元気な事以上に、伝説のベーシスト リ一ランド・ス力ラ一の姿を見つけた事だ。前回と比べ、リズム隊が変わった事により、これ程バンドのイメージがアダルトに変わるとは。しかし、そこはテクニシャンの集合体だ、センスの良いバッキングを聴かせるルカサーは、ここぞと言う時には並外れた奏法や究極のフレーズをたたみ掛け、ペイチ、ポーカロも聴かせ処をわきまえた演奏を披露する。観客を楽しませる術をこれ程備えたバンドも珍しい。ラストに演奏された名曲「アフリカ」まで、一切飽きさせる事の無い演出は見事の一言だ。ベテランの域に達したバンドではあるが、いつも新鮮さを忘れないライヴでいつまでも観客を魅了して欲しい。(上田和秀)

写真:土居政則


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