2015年5月 

  

英国発「TOP HAT」の日本初演・・・・・・本田悦久(川上博)
 1914年(大正3年)にスタートした宝塚歌劇団が101年目を迎えた今年、1935年のアメリカRKOミュージカル映画を英国で舞台化した「TOP HAT」を、梅田芸術劇場 メインホール (3月25日~ 30日) と 赤坂ACT シアター (4月5日~ 20日) で上演した (筆者の観劇日は4月7日) 。

「イースター・パレード」(1933)、「ホワイト・クリスマス」(1935)、その他沢山のポピュラー・ソングを作詞・作曲しているアーヴィング・バーリン (1888-1989) が、フレッド・アステア (1899-1987) とジンジャー・ロジャース (1911-1995) 共演のRKO映画に作詞・作曲した作品は、「空中レビュー時代」(1933) から「カッスル夫妻」(1939) まで10 作品あるが、「トッブ・ハット」(1935) は4作品目だった。
 アメリカのミュージカル映画が、イギリスで舞台化され、2011年8月16日に、イングランド南東部バッキンガム・シャイアのミルトン・キーンズ劇場で初演された。英国内ツアーで好評を得て、ロンドンのオールドウィッチ劇場で上演され、2013年のオリヴィエ賞3部門 (作品、振付、衣装) で受賞した。英国内ツアー公演は今も続いている。

 日本初演版は脚本・演出が齋藤吉正。振付は本間憲一、御織ゆみ乃。歌唱指導が島田歌穂。宝塚宙組公演で、出演者はこの公演で宙組の新トップ・コンビになる主役の朝夏まなと、実咲凜音を中心に、七海ひろき、寿つかさ、大海亜呼、純矢ちとせ、愛月ひかる等、宙組38名。

 ストーリー・・・時は1935年、ブロードウイの人気スター、ジェリー・トラバース (朝夏まなと) が、英国の友人で興行師のホレス・ハードウィック (七海ひろき) が制作する新作レビューに出演のため、ロンドンにやってくる。ジェリーは、ホテルで出会ったデイル・トレモント (実咲凜音) にひと目惚れ。デイルもジェリーに心惹かれるが、ジェリーが友人マッジ・ハードウィック (純矢ちとせ) の夫ホレス・ハードウィック (七海ひろき) だと誤解して、話はこんがらがってゆく・・・

 ミージカル・ナンバーは「プティング・オン・ザ・リッツ」「アイム・プティング・オール・エッグス・イン・ワン・バスケット」「イズント・ジス・ア・ラヴリー・デイ」「ユーア・イージー・トゥ・ダンス・ウィズ」「トップ・ハット、ホワイト・タイ・アンド・テイルス」「チーク・トゥ・チーク」「レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス」等々。いずれも、バーリン・メロディが美しく楽しい。特に印象的だったのは、二人が初めて踊る嵐の公園でのナンバー「イズント・ジス・ア・ラヴリー・デイ」。朝夏まなと、実咲凜音の新コンビのリズムの良さと流れるような美しいダンスは、まさにフレッド・アステアとジンジャー・ロジャース共演を彷彿とさせるに相応しく、アーヴィング・バーリンに観せたいような、豪華な宝塚宙組の舞台だった。
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(余談) アーヴィング・バーリンは、筆者の一番好きな作曲家である。「TOP HAT」その他のフレッド・アステアとジンジャー・ロジャース共演のRKO映画は、年代差から、映画館で観たことはないが、ビデオで全て観ている。
 最も好きなバーリン作品は「アニーよ銃をとれ」ANNIE GET YOUR GUN (舞台1946年、映画 1950年) 。

それは「アニーよ銃をとれ」で始まった
http://www.musicpenclub.com/talk-200811.html

 ところで「アニーよ銃をとれ」は、インディアンが登場する場面が多い。アニーがインディアン・スウ族の酋長シティング・ブルの養女になるが、ショウの場面で、インディアンの駅馬車襲撃、騎兵隊とインディアンの戦闘などがあり、インディアンたちが痛めつけられる。1977年に89才になったバーリンは、アメリカ原住民であるインディアンの扱い方が不適切であることに悩んでいた。彼はMGM映画「アニーよ銃をとれ」のビデオ化にも許諾を与えなかった。1977年11月1日 (12日間の限定公演の初日) に、筆者がマイアミのビーチ・シアターへデビー・レイノルズ主演の「アニーよ銃をとれ」を観に行った時には、アニーが歌う「私もインディアンよ」の場面がカットされていた。

<写真提供: (c)宝塚歌劇団>

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