ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Popular Review

- 最新号 -

ALBUM Review

情家みえ / BONHEUR(ボヌール)

Ultra Art Record/UA-1008
フォーマット:MQACD+UHQCD
価格:4,400円(税込)
Qobuzにてハイレゾダウンロード音源(192kHz/24bit)も販売中


「情家の息遣いから録音現場の空気まで、一発取りでみごとに捉えた一枚。」

 恵まれた声質と豊かな声量、長年にわたって培われてきた歌唱力がみごとに調和したジャズヴォーカルの快作。情家みえの最新作『BONHEURボヌール』は数多くの名唱名演で誰もが知っているスタンダード10曲に挑んだ意欲作で、ていねいにそして繊細に紡がれていく歌詞一語一語から力強い自信のほどを窺い知ることができる。
 スウィンギーな「ラヴァー・カム・バック・トゥー・ミー」に始まり、ジョビン、バカラック、エリントンなどお馴染みのナンバーで聴く者をおおいに楽しませてくれるアルバムだ。
 円熟味を感じさせるいっぽうで、まだまだ伸びしろのあるこれからの活躍が大いに楽しみな女性ジャズシンガーであることに間違いない。
 サポートメンバーは、後藤浩二(p)、古木佳祐(b)、ジーン・ジャクソン(ds)、田辺充邦(g)、山口真史(sax)の5人で彼女の持ち味をみごとに引き出している。
 録音が素晴しく、情家のはっきりとした息遣いから古木佳祐の弾くベースのふくよかな低音域まで、一発取りでみごとに捉えている。演奏家たちの緊張感やリラックス感、スタジオの中の空気感までも捉えたじつに臨場感の溢れる一枚だ。(三塚博)

ALBUM Review

Carmen McRae
EVRYTHING A GOODMAN NEEDS

Sunset Blvd Records CD5BR-7079

 カーメン・マクレエは、「I’m Coming Home Again」というLP2枚組のアルバムを1978年にBuddahレーベルに吹き込んだ。このアルバムは、日本盤も含めて多くのレーベルで再発されている。今回のこのCD2枚組のアルバムは、このBuddahアルバムをベースに1980年から85年までのヨーロッパでの未発表のライヴ録音を13曲追加したものでカーメンの未発表録音という事で注目される。「I’m Coming Home Again」は、キャロル・べイヤー・セィガー、ピーター・アレン、メリッサ・マンチェスタ―、ポール・ウイリアムス、ビリー・ジョエル、マーヴィン・ハムリッシュなど当時のコンテンポラリーな歌をハンク・クロフォード,コーネル・デュプリー、フレディ・ハバード、ヒューバート・ロウズ、グローヴァ―・ワシントン・ジュニア、バスター・ウイリアムスといったフュージョン畑のメンバーと共演で歌う。ワシントン作の「Mr.Mugic」は、シングル・ヴァージョンと15分近くの本ヴァージョンが入っているが、彼女の貫禄のある歌は、聞きものだ。後半の、ピアノのトリオの伴奏の録音明細不明の13曲のライヴ録音は「Them Tere Eyes」、「Take Five」などポピュラーなナンバーをとりあげている。「‘Round Midnight」は普通歌われるバーニー・ハ二ゲンの歌詞とジョン・ヘンドリックスの歌詞を両方つなげて歌っている。「The Masquerade Is Over」は、両方のセッションで歌っているが、ライヴの方が断然良い。好調なカーメンの未発表曲は、嬉しい。(高田敬三)

ALBUM Review

Meltem Ege
SOLITUDE

IG”@Meltem.ege.90

 メルテム・イガーは、ジャズ界では珍しいトルコ系のシンガー。ニューヨーク生まれで10歳の時、家族と共にトルコに帰りアンカラの大学で学位をとりコンサート・ピアニストとしも研鑽を積み、同時にロックに興味を持ちロック・バンドでも活躍する中により自由のあるジャズに魅かれて音楽の幅を広めるべく、アメリカへ戻り、ボストンのバークレー音楽院で勉強する。本アルバムは、そのようにシンフォニー・オーケストラ、ビッグ・バンド、コンボ等色々なグループと世界幅広く楽旅の経験を持つ多才なミュージッシャンの初のアルバム。全8曲の中、半分の4曲は、カリフォルニアで彼女のバークレー時代の友達のギター、ベース、ドラムス、ヴァイオリン2人、ヴィオラ、セロに曲によりフルートとヴォーカルが入る布陣で録音され、残り4曲はトルコのイスタンブールでトランぺット、トロンボーン、ギター、ベース、ドラムスに一曲だけフルートが入る現地のメンバーで行われた。メルテムは、英語とトルコ語で歌っている。7曲は、彼女自身が作詞したもの。ロックとクラシック的な要素も交えた独自のジャズで英語とトルコ語で歌い、トランペット、ギター、ベースのソロの後、後半はスキャットも交えて軽快でクリアーな声で歌う「Anlayana」が印象深い。複雑な現代感覚にマッチするユニークな作品だ。(高田敬三)

ALBUM Review

THE BEST VOICES TIME FORGOT
Anna Marie ,Marilyn Maye

Fresh Sound FSR V139

 この「The Best Voices Time Forgot」のシリーズのアルバムは、50年代60年代の数少ない録音を発表して忘れ去られてしまったヴォ―カリストに焦点を当て2名づつをカプリングで再び光を与える企画で注目される。今回は、アンナ・マリーとマリリン・メイのカプリングだ。NY州シラキュース出身のアンナ・マリーは、独学で歌手になりトミー・ドーシーやテックス・ベネキーのバンドで歌った人だが、アルバムは、この10吋LPで出た「Interludes」しかない。彼女は、子供の頃、小児麻痺を患って体が不自由だったが、それを隠そうともせず劇場やラジオ番組で活躍、1970年引退して古物商を始め、かたわら身体障碍者の施設でも働いていたという。2001年に71歳で亡くなった。ジャズっぽいフィーリングでスタンダード曲8曲をビル・ルビンスタインのトリオで声量豊かに歌う。タイトル曲はガレスピーの「Night In Tunisia」だ。一方、マリリン・メイの方は、1961年に地元のホリー・レコードに録音された彼女の初アルバム。サミー・タッカーのトリオの伴奏で地元のカール・ボルテ・ジュニア作の歌を10曲の伸び伸びと歌う。彼女は、スティーブ・アレンに認められラジオショウ、ブロードウエイで活躍、RCAに7枚のアルバムを録音、其の後も2005年の「A Tribute To Steve Allen」まで4枚のLPを残している。今も97歳だが現役で頑張っているという。(高田敬三)

ALBUM Review

『URBAN MIRAGE/寺地美穂』

airgroove YZAG-1127

 アルト・サックス奏者、寺地美穂の最新作。9年ぶりの作品だが、待った甲斐がある。寺地美穂の最高傑作が、遂に誕生したからだ。
 今、日本のジャズ・シーンでは、かつてないほどの実力ある若手女性サックス奏者が急増している。女子ゴルフ界と同じように、活況に満ちているのだ。そんな中、アルト・サックス奏者では、寺地美穂が、「NO.1」と言えるだろう。寺地美穂は、自身のソロ活動とBlue Note Tokyo All Star Jazz Orchestra ,sax triplets ,The Jazz Avengers, Cityyのメンバー活動と桑田佳祐のサポートなど多方面に活躍中である。
 本作には、寺地美穂のオリジナル8曲と森光奏太の2曲、合計10曲を収録。特筆すべきは、3人の優れたアレンジャーを起用していることだ。今年カシオペアに加入した安部潤、NHKの連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の音楽を手掛けた金子隆博とdawgssの森光奏太である。また、寺地美穂は、アルト・サックス以外にも、テナー・サックス、ソプラノ・サックス、フルートを吹き、歌まで歌っている。
 さて、安部潤がアレンジした1曲目の「Oneness」(寺地美穂作曲)と「HEART of C」(寺地美穂作曲)が特に素晴らしい。最先端のJ-Fusionの進化形と呼ぶべきトップクラスの演奏である。これなら、世界に通用するだろう。寺地美穂のソロが最高だ。寺地の良さは、まず音色が綺麗なこと。そして楽曲をよく理解して、メロディアスなソロ(即興演奏)を取ることだ。だから、いつ聴いても彼女のアルトは、心地好い。参加メンバーもスゴい。寺地美穂、カシオペアから安部潤(key)と今井義頼(ds)の二人、元T-SQUAREの須藤満 (b)に DEZOLVEの北川翔也(g)が参加。「Oneness」には、更にはホーン・セクションまで加わっている。小澤篤士 (tp) 高井天音 (tb)に 寺地美穂がテナー・サックスで加わっている。もちろんメイン楽器は。アルト・サックスだ。「HEART of C」の「C」とは、寺地美穂が敬愛するキャンディ・ダルファー(as)のことだろう。キャンディがこれを聴いたら、歓喜すること間違いなし。「Quiet Dream」(寺地美穂作曲)は、美旋律曲。金子隆博がアレンジしている。寺地美穂は、ソプラノ・サックスで美しい見事なソロを取る。「Whisper from the Ocean」(寺地美穂作曲)は、明るい希望が湧いてくるような曲。金子隆博がアレンジしている。寺地美穂は、フルート、ソプラノ・サックス、歌まで披露して大活躍である。
 『URBAN MIRAGE』は、寺地美穂が作曲した名曲満載の新作。寺地美穂の表現力を存分に堪能できる傑作である。(高木信哉)

LIVE Review

Jazz From Poland in Japan 2025

9月4日~10日;大阪・梅田CLUB QUATTRO、
9月11日~13日;東京・晴れたら空に豆まいて

 ポーランド・ジャズの面白さ、熱気、活気が押し寄せる痛快な企画が、万博を機に実現した。全公演を制覇したファンもいらっしゃるだろう。9月9日の梅田は、トマシュ・ヒワ・クインテットとEABSのダブルビル公演だった。トマシュは“ジャズ・ヴァイオリン大国”ポーランドの今を代表する奏者。エミル・ミシュクの抒情的なトランペットが生かされたパートとクシシュトフ・ハドリフのエレクトリック・ギターがうなりをあげるパートが、1曲の中で混在し、トマシュも特殊奏法なのかドアがきしむような音も織り交ぜながら弾きまくる。ジャズとメタルが瞬時に入れ替わるような面白さを何度も味わった。EABS はElectro-Acoustic Beat Sessionsの略。基本的にトランペットとテナー・サックスが曲のテーマを奏で、鍵盤、ベース、ドラムがリズムを固めるクインテットだが、いわゆるハードバップではまったくない、というか、この楽器編成でよくここまでハードバップから離れることができるなと思った。サン・ラーを敬愛していることは楽曲カヴァーやサンプリングの使用からも明らか、だがさらにダンサブルで、もはやユーロビートではないかと思わせる展開もあった。
 11日の東京は4人組バンド、ホシイのワンマン公演。グループ名は日本語の“欲しい”に由来すると同時に、宇宙からやってきた触り心地も性格もやさしい架空の存在の名前でもある。最新作『HER NAME WAS YUMI』は、新キャラクターであるユミと、ホシイの物語を綴ったもの。クバ・ヴィエンツェクのサックスとグジェゴシュ・タルヴィドのキーボードが互いに触発しあい、アルバムの楽曲をどんどん膨らませていった。オールスタンディングの場内が沸いたのはいうまでもない。(原田和典)

MOVIE Review

映画『アニタ 反逆の女神』

監督:アレクシス・ブルーム/スヴェトラーナ・ジル、
10月25日より新宿K’s cinema、UPLINK吉祥寺ほか公開

 「自分の人生で、アニタ・パレンバーグについて考えたことがあったか」と考えると、ほぼなかったことに気づく。それだけにこの映画からは大きな学びを得た。なんとなく持っていた「いわゆる“ストーンズのオンナ”のひとりで、破滅的だった」という印象があまりにも薄っぺらかったことを反省している。この映画のモチーフは晩年のアニタが遺した未発表の自伝が発見されたことで生まれた。製作指揮は息子のマーロン・リチャーズ。キース・リチャーズとの間に生まれた長男である(アニタとキースは入籍しないまま三児をもうけた)。母に対する偏ったイメージを打ち破りたい、との強い思いがあったに違いない。内容はほぼ時系列なのでブライアン・ジョーンズとの交際、暴力的な彼から“優しい”キースに心変わりしていくところ、ミック・ジャガー&マリアンヌ・フェイスフル組との旅行などなど、アニタの視点から見たストーンズ・ストーリーといえるところもあろう。また、キースと別れた後、ようやくドラッグを絶った彼女がこんなに生き生きと、クリエイティヴな晩年を送っていたとは初めて知った。すっかり年をとってからの、写真にうつる穏やかな表情が実にいい。しかも相変わらずオシャレなのだ。(原田和典)。

2024年/アメリカ/英語・フランス語・ドイツ語/113分/1.78:1/原題:CATCHING FIRE: The Story of Anita Pallenberg/©2023 Brown Bag Productions, LLC/字幕:福永詩乃

MOVIE Review

映画『夢と創造の果てに ジョン・レノン最後の詩』

監督:アラン・G・パーカー、12月5日より全国公開

 10月になるとジョン・レノンを思い出して温かな気分になり、12月になるとジョン・レノンを思い出して悲しさと悔しさが沸く。ロックを生業としていない私でもそうなのだから、根っからのロック・ピープルは365日ジョン・レノン漬けなのではないか。そこでこの作品だが、もちろん見入らされた。結果的に生前最後のアルバムとなった『ダブル・ファンタジー』の後、1981年に予定されていたというツアーがここまで具体的に考えられていたとは! こちらの脳内妄想は高まるばかりである。ジョンが暗殺された時や病院に運び込まれた時、たまたまその場所に近くに“いてしまった”面々(テレビ局のプロデューサー、画家など)の談話も実に生々しいし、ジョンの死についてテレビ番組で語るジョージ・ハリスンとリンゴ・スターの発言、とくにジョージのそれは、すでに彼も失ってしまった(11月29日で満24年になる)あなたや私のような存命者にとっていっそう痛切に響くはずだ。(原田和典)

2025年/イギリス/英語/原題:Borrowed Time: Lennon’s Last Decade/© 2025 BORROWED TIME THE MOVIE LIMITED/字幕監修:藤本国彦