- 最新号 -
ALBUM Review
Deborah Shulman
We Had A Moment
Summit Records DCD843
デボラ・シュルマンは、ロスアンジェルス中心に活躍するヴォーカリスト、ミュージカル俳優で著名なヴォーカル・コーチでもある。本アルバムは、彼女の6枚目の作品になる。2019年に発表した「The Shakespeare Project」は、シェイクスピアの作品を歌にしてジャズ・コンボをバックに歌ってしまうユニークな作品だった。本作品は、乳がんで入院して自分の人生を振り返った時、考えついたプロジェクトだという。ピアノと編曲にジェフ・コレラ、そしてクリス・コランジェロ(b)ラリー・ク―ンス(g)ケンダル・ケイ(ds)、ジョー・ラバーベラ(ds)という前作でも共演のロスの逸材たちに囲まれて7曲を歌い、残り3曲は、彼女がジャズに興味を持った頃から伴奏を務めていたピアノのテリー・トロッターとギターのラリー・ク――ンス、そしてケニー・ワイルド(b)が共演、すべてスローなテンポで過去の出来事に想いをはせながら静かに情感を込めて歌っている、ミュージカル俳優の彼女は、スティーヴン・ソンドハイムの作品を2曲取り上げているが、その一つ物悲しい感じで伴奏陣と一体となった「Anyone Can Whistle」が聞きものだ。しんみりと聞かせるパーソナルな感じの作品だ。(高田敬三)
ALBUM Review
Hannah Gill
Spooky Jazz Vol.3
Turtle Bay Records
ニューヨーク、ブルックリンをベースに活躍するスイング・ジャズ、リンデイ・ホップ系の今年22歳の歌手ハンナ・ギルの2020年の初録音EP [Spooky Jazz]がネット関係で大変な人気で2024年に「Spooky Jazz Vol.2」を発表した。その間の2023年には初アルバム「Everybody Loves A Lover」を発表している。本アルバム「Spooky Jazz Vol.3」は、文字通り前作の続編だ。Spookyとは「お化けの出そうな気味悪い」という意味だが、歌詞の内容からその様な雰囲気の作品を集めてヴァイオリン、クラリネット、サックス、ギター、アコーデオン、ピアノ、ベース、ドラム、トランペット、テルミンによるネオ・スイング系のバンドをバック楽しげに歌う。今年は、過ぎてしまったが11月のお化けの仮装をして楽しむハロウインのお祭りにむけて作られた作品だ。宴会で踊りたくなるような曲が多い。それにしても良くこれだけの歌を集めたものだ。比較的に良く知られた曲は、ミュージカル「Finian’sRainbow」からの「Old Devil Moon」、ヴァイオリンとギターが活躍するアーティ・ショウの「Moon Ray」位だろうか、「お金を稼ぐのに忙しくて使う暇がない男」を歌ったエタ・ジョーンズの「The Busiest Guy In The Graveyard」、ルイ・アームストロングの「As Long As You Live」、トミーとジミー・ドーシーの「My Friend The Ghost」等は、こういう企画でもなければ取り上げられる機会は、殆ど無いだろう。最後の一曲、「Wolves In The Tree Line」は、彼女のオリジナルだ。毎年のCD新譜に加えてストリームでも大活躍の新世代の素晴らしい歌手の登場だ。(高田敬三)
LIVE Review
パスクァーレ・グラッソ
8月25日 南青山・ブルーノート東京
パスクァーレ・グラッソは、1940年代半ばから50年代前半にかけての、いわゆるビ・バップと呼ばれるジャズの一形態を心より愛する若手ギタリストだ。では、彼の演奏は“なぞり”なのか、“再現”なのか、というと断じて違う。ビ・バップの時代、ギターはどう考えてもメインの楽器ではなかった。ケニー・バレルやウェス・モンゴメリーが奮闘するのはもう少し後のことだ。そんな“ギター不毛”時代の音楽を、この2025年に、ギターをメインにしたセッティングで意気込みも新たに表現するのがグラッソなのだ。メロディ、コード、アドリブ、コンピング、カッティングを一手にこなすところはジョー・パスにも通じるところがあるけれど、なんというか、より精度が高い。単音ソロの滑らかさときたら、6弦の楽器を弾いているというより、とてつもなく長く音域の広い1本の弦のうえを指が舞っているかのようだ。無伴奏ソロ・アルバムが実に素晴らしいのだが、この日は全曲ベース、ドラムスとのトリオ。エルモ・ホープ作「ソー・ナイス」やチャーリー・パーカー作「ムース・ザ・ムーチ」など、なかなか今のライヴで聴けないナンバーを快調に届けた。(原田和典)
Photo by Takuo Sato
LIVE Review
テリエ・イースングセット
10月15日 代官山・晴れたら空に豆まいて
“独創的”という言葉がまさにふさわしい打楽器奏者、テリエ・イースングセットの日本におけるソロ・コンサートが7年ぶりに実現した。1964年ノルウェー生まれ、80年代からプロ活動を始め、カール・セグレム、アルヴェ・ヘンリクセン、アイヴィン・オールセットらとのコラボレーションも繰り広げてきた才人だ。2005年には“オール・アイス・レコーズ”を設立、『In Memory Of Nature』、『Uncharted Waters』、『Winter Songs』と、アルバム名を並べていくだけでも、その作風が伝わることだろう。つまり冬、寒さ、氷、雪、北などに真正面からインスピレーションを受けて音楽を創造しているのだ。彼の打楽器セットはキック(バスドラ)を含みつつも、いわゆるドラム・セットとは異なる。時にはヘッドセットマイクを用いて声も混ぜながら、非常に繊細でメロディアスな世界を届ける。木材を含む使用楽器の面白さ、口琴(テリエは“ムックリ”と紹介した。つまりアイヌ由来の楽器だ)の効果、叩く・こする・なでる・さする・チョップするなど指先やスティックの細かなグラデーションにも見とれるしかなかった。(原田和典)
MOVIE Review
映画『ジョージ・マイケル 栄光の輝きと心の闇』
12月26日より全国公開
ジョージ・マイケルが亡くなって来年で早くも10年になる。男性デュオ“ワム!”時代に出した全地球的ヒット・チューンである「ラスト・クリスマス」と「ケアレス・ウィスパー」の2曲で音楽界に永遠に名を残すことは疑いのないところだろうが、亡くなる直前まで、さまざまなトラブルを背負いつつもクリエイティヴな音楽を作り続けた。監督を務めるサイモン・ネイピア=ベルは、ワム!のマネジャーを務めた人物。裏も表も知っているに違いない。生々しい「俺のジョージ・マイケル像」を描くこともできただろうに、ここでは非常にクールに、往年の貴重な映像や、スティーヴィー・ワンダーやサナンダ・マイトレイヤ(テレンス・トレント・ダービー)らへのインタビューを織り交ぜながら、イェオルイオス・キリアコス・パナイオトゥと出生名を持つギリシャ系英国人が、いかに“ジョージ・マイケルというペルソナ”を創り出し、磨き込み、現実(そこにはセクシュアリティも含む)と格闘していったかを克明に描き出す。約90分の映画だが、10分ほどのチャプターが複数つながってゆく感じで構成されていて、短編集のような印象を与えるのも興味深い。見終えたらジョージの楽曲を聴きたい気持ちが抑えられなくなるはずだ。(原田和典)
写真;A PROTOCOL MEDIA PRODUCTION ©2022