ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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エッセイ

最新号

良識の男、
チャーリー・ワッツがRolling Stones から旅立った。

池野 徹

写真
チャーリー・ワッツ
Charles Robert "Charlie" Watts,
1941年6月2日- 2021年8月24日
1994年Voodoo Rounge Tour
 Tokyo Dome公演のBack Stageで(池野徹)

 1963年にスタートしたRolling Stonesは60年にもなる希有なRock Bandである。はっきり言ってヴォーカルのミック・ジャガーとギタリストのキース・リチャードの強烈な個性的なグループでもある。チャーリー・ワッツはドラマーとしてジャズに傾倒してたが、まさかリズム&ブルースにいかれたミック&キースにひきずり込まれるとは当初思ってなかったと言っていた。そのバンドのリズム感、グルーヴ感そしてスピード感はドラマーのクオリティの優劣に寄って決まる。チャーリーはどんな楽曲が来ようが淡々としてこなしていた。それがまさにRolling Stonesのメインスタイルとなったのだ。


 Rolling Stonesは当時Beatlesに対抗するためバンドのイメージをプロデューサー、アンドリュー・ルーク・オールダム等と「悪」のストラテジーに仕向けていった。そのステージは男も女も越えた表現で若者達のロックが今なおその輝きを放ち続けて来た。麻薬事件、逮捕、オーディエンスの殺人事件、メンバーの死、投獄、女性問題とこの60年に渡る中でくぐり抜けて来た。

 その主役はミックやキース、ブライアンであったが、中心にいたドラマーのチャーリーは動ずる事なく淡々とそのロックをたたき出していた。ヤンチャで魅力溢れる仲間の中で、シニア的、そう、ファミリーで言うなら、長男的ポジションをこなしていた。それがRolling Stonesの1963-2021に渡って世界を席巻して来たのは、世界のロックバンドの中では観る事の出来ない現象だった。「Come On」のファーストシングルから「Honky Tonk Women」 「Satisfaction」等と数多くのロックのパフォーマンスをオーディアンスに浸透させて来たが、チャーリーのいなくなったRolling Stonesは今後どんな音楽パフォーマンスを魅せてくれるのだろうか。

『ジェジュン:オン・ザ・ロード』から見えてくる
一人の青年の姿

松島 耒仁子(クニコ)

 韓国出身の歌手ジェジュンの今までの人生の軌跡を描いたドキュメンタリー映画『ジェジュン:オン・ザ・ロード』を鑑賞した。
 監督は日本でも大ヒットした映画『私の頭の中の消しゴム』のイ・ジェハン氏。音楽はこれも昨年話題になったドラマ『梨泰院クラス』のパク・ソンイル氏によるオリジナル曲だ。
 普通、ドキュメンタリー映画というものは、ナレーションが入り、主人公の出生からの生い立ちやエピソードなどが画像や当時を知る人たちの証言によって描かれて行く、という手法のものが多いが、この映画は始まりからそういう説明は一切ない。
 いきなり日本でのライブ映像と自宅で彼が鏡の前に立って身支度をしている場面から始まる。即ち、何の説明もなく彼に監督自身がインタビューをする形式で全編が綴られている。彼の証言の中から多くの事柄が語られていき、観客は当時のことを想像することで理解して行く、という手法を取っているのである。
 生まれ故郷の街並みや通った小中学校を訪ねる場面はあっても、当時の映像や画像は出てこない。あくまでも現在地の彼が語る過去の自分の姿というものを彼の言葉の中から浮き彫りにして行くという手法だ。要するに彼に何があったのか、どういう人生を辿ってきたのか、ということは、ある程度、予備知識として知っているということが大前提になっている。
 彼のことを全く知らない人が、この映画を観た場合は、おそらく彼の人生に起きた出来事はぼんやりとした曖昧な印象になってしまう可能性があるかもしれない。
 確かに彼が言ったように「こんな映画、ファン以外の誰が見るの?と思った」という言葉通り、ファン、もしくは韓流に興味を持つ人、または、ある程度、ジェジュンという人物の基礎知識を持つ人が対象となる映画だろう。それでも全編を通し、彼の誠実さやピュアさ、物事に対応する真摯さなどは、十分伝わってくる。それらは現在彼の周囲にいる人達、友人やスタッフ、軍隊時代の仲間や幼馴染み、また盆栽や陶芸、木工という趣味に興じる場面などのシーンから、彼がごく普通の感覚の持ち主であることを伝えてくる。その反面で少年期の彼の生活は、日本では想像しにくいような極貧の生活、最低レベルに近いものだったということが浮き彫りになってくるのである。たった一人、15歳で出家に近い形で故郷からソウルに出てきた彼が生きて行くには余りにも過酷な生活だったことがよくわかる。
 デビュー後に起きた突然の実母の出現や東方神起脱退に伴うメンバーへの気持ち、さらに軍隊時代に訪ねてきた実父との面会を拒否したことなど、彼の心の葛藤は余りにも悲しい。これらの出来事は人生を根底から揺るがし、多くの人なら人生を諦めてしまうかもしれない。しかし、彼はそれらの出来事を真正面から受け止め決して逃げようとはしなかった。自分に起きてくる数々の理不尽な出来事に対して、出来る限り誠実に対応しようとした。その根底にあるのは、「歌手になる」という一つの夢だったかもしれない。

 東方神起としてデビューした彼の活動は5年間は確かに順調だった。しかし、分裂後から日本でソロ歌手として再始動するまでの8年間は茨の道だったと言っても過言ではない。 大手事務所とのトラブルから、母国韓国に於いては、いまだに地上波への復帰はドラマ出演以外には、ほぼ認められていない。即ち、韓国では俳優としての仕事は出来ても歌手としての活動はほとんど満足に出来ないという現実がある。さらに彼が望んだ形での日本活動というものも所属事務所との考え方の相違から、なかなか実現出来ない状況が続いた。不遇な状況と入隊、これが、彼が東方神起を脱退して日本の音楽市場から姿を消した8年間の軌跡である。多くの人は諦めてしまう状況の中でも彼は決して諦めなかった。その強さは、それまでの彼の人生に起きた数々の出来事によって精神的強さが培われていったのに違いない。
 どんなに苦労することでも、どんなに状況が悪くても決して諦めない。
 その誠実さと真摯さと粘り強さが、彼の孤独な人生を支え、運命を自分の手で切り開いてきた原動力であることがわかる。

 「いつも誰かに嫌われている存在ですよ。恨まれたり妬まれたり。
でも仕方がない、生き方は変えられないから」
 訥々と語る彼の言葉に、ジェジュンという一人の青年が人生というものに真摯に向き合い、もがきながらも自分の気持ちに誠実に生きていこうとする姿が浮かび上がる。そしてどんなことにも決してくじけない強さを感じさせるのである。
 どんなに経済的に豊かになっても社会的に有名になっても、彼の根本にあるのは、中学校の頃に抱いた夢を後押ししてくれた恩師への感謝であり、普通の人間としての感覚を失うまいとする姿である。そこに彼の竹のようにしなる強さを感じる。
 彼の強さは根元からポキンと折れてしまう強さではなく、映画の最後の場面に描かれていたような風になびく葦の強さかもしれない。

 この映画は、夢を諦めずに努力し続ければ、必ず夢は叶うということを教えている。
 どんなに大変な状況であり大変な出来事が起きても、誠実にそれに向き合い逃げることなく真正面から受け止め努力し続けていれば、人生は応えてくれる、必ず夢は叶うのだということを教える映画である。
 彼が歩き続ける人生には、まだ大きなことが待ち受けているかもしれない。
 それでも彼は必ず自分の力でそれを乗り越えるだろう。
 これは孤独と共に人生を生きてきた一人の男の話であり、粘り強く人生を生き抜いて行く男の話である。
 彼がコロナ禍を乗り越え日本に再び戻って活動を再開する時、彼がどのような音楽を提示してくるのか、非常に楽しみだ。
 『We’re』という彼自身の作詞作曲による主題歌の日本語歌詞には、自分を支えてくれたファンや周囲の人達への感謝と、同じ未来を見つめて、これからも一緒に歩いていこうというメッセージが書かれている。
 今まで彼が作ってきたどの曲よりも希望に溢れ、明るい曲調になっている。
 これは日本に向けたメッセージであり、日本活動への並々ならぬ気持ちの現れである。
 彼が今後、日本の音楽界の中で、どのような活躍をし、どのような役割を果たして行くのか期待を持って見守りたいと思う。