ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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エッセイ

最新号

原稿の再掲載について

 過日、掲載された「三浦大知の魅力」の本文中に事実誤認の部分があり、その部分を変更して再掲載をさせて頂きます。三浦大知ご本人と関係者各位さまにはご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げますと共に、以下に訂正変更した原稿を再掲載させて頂きます。

「三浦大知の魅力」

松島 耒仁子(クニコ)

写真  三浦大知の新曲「Backwards」がリリースされた。
 今年の3月にMVの配信が行われ、約1月後にCDが発売された。
 最近はこのようにMVの公開やサブスク(月額での音楽配信)での動画や音源を先行販売した後、CDを販売するという手法が珍しくなくなった。ただ、普通はMVが公開されてからそれほど時を経ずにCDが販売されるのに対し、彼の場合はMVが公開されても音楽番組への出演はなく、その激しい踊りが絶賛されると共に、実際に踊りながら歌う彼の姿を早く見たいと思う期待感を多くの人が持った。そんな中でのCD発売の発表と各種音楽番組への精力的な出演だった。

 この曲はダンスチューン。緩急のダンスによる三浦大知のパフォーマンスの凄さが話題になっているが、彼の進化はダンスだけでなく歌の面でもそれは発揮されている。
 普通、ダンス曲というものは、どうしてもダンスそのもののパフォーマンスに注目されがちだが、彼の今回のシングルはダンスだけでなく、歌の面に於いても長足の進化を見せる。これは特に高音の安定さと音域の広さ、さらにブレス、即ち呼吸面での彼の能力の高さを感じさせるものだ。
 即ち、三浦大知というアーティストは非常にバランスの取れたアーティストであるということがわかる。「歌えて踊れる」というのは、現代のポップス歌手には必要不可欠な要素であり、彼はそのどちらにも非常に高いレベルのものを持っているということを証明している。

 三浦大知の音楽の世界というものを考えた時、一番感じるのは彼独自の哲学だ。
 私は彼の音楽の世界は音楽であると共に文学でもあると感じている。それは、彼の多くの楽曲がNao’ymtによる楽曲が多く、彼の音楽に傾倒している三浦大知の歌詞は、非常に純文学的であると感じるからだ。純文学、即ち、無駄のない言葉の世界である。
 彼の音楽の特徴として「日本」「和」そして「都会感」というものを強く感じる。これは『球体』の時にも感じたのだが、テーマを何に絞ってもどこか都会感を感じるのは私だけだろうか。それは彼の音楽に無駄を削ぎ落とした洗練されたものを感じるからに他ならない。即ち、三浦大知の音楽にはどこにも無駄がないのである。
 それは一見非常に無駄なように見えて、実に計算し尽くされたものを感じる。今回の楽曲に於いても、そのどれもが非常に洗練され、無意味な音がどこにも存在しない。

 彼の音楽に対するスタンスを考えた時、それは昨年から続くコロナ禍における彼の活動の仕方を見てもわかる。
 昨年、彼は1月から半年をかけて全国ツアーを組んでいた。その殆どが中止に追い込まれた。多くの歌手達が中止に追い込まれ、それでも何とかオンラインでのライブ開催を実行したが、彼の場合、先ず予定されていたライブ日程に合わせてインスタライブで歌の配信を試みた。即ち、全てのライブ予定日に生歌を配信したのだ。
 配信した場所や曲目は、当初ツアーが延期状態だった時は、都内の所属事務所の一室でライブのセトリを避けてsingle coupling albumから3曲を三浦自身が選曲した。ステイホームに入ってからは、自宅の一室からファンのリクエストを中心に1曲ずつを歌い、その中で新曲の「yours」も披露している。その数は実に49曲というものだった。
 もちろん、それは何の利益も生まない。多くの歌手がライブ以外の配信を行わないのは、そこに大人の事情が存在するからなのかもしれない。即ち、プロの歌手が無料で歌うというのは、普通は考えられないということなのかもしれない。
 即興でまだ音源化もされていない楽曲を試しに配信する場所としての利用はあっても、もう既に楽曲として成立しているものを無料で歌って聴かせる、というのは私達が考えるよりは大人の事情が介在する案件でもある。それを彼は一度ならず、何と49曲歌ったのである。ライブが予定されていた全日程を配信で補った。
 これはファンでなくても非常に魅力的だ。なぜなら、素の三浦大知が見えるからである。簡易な伴奏の音源に合わせて椅子に座って上半身だけを精一杯パフォーマンスして歌って見せる世界は、今話題の「THE FIRST TAKE」即ち、一発撮りそのものの世界である。その生の緊張感、魅力は堪らないものがあった。
 最初の頃には少しもたついたような感じがあったようにも思うが、それもそのまま彼の魅力である。そして何より、彼自身が非常にその瞬間を楽しんでいるのがわかった。
 どんな場所であっても、歌って見せる。彼のパフォーマンス、彼の音楽を届けられるという幸福感に満ち溢れた表情だった。そしてそれを受け取る側の私達も幸福なのだ。
ここに彼のファンに対する気持ち、何としても歌を届けてファンの気持ちに応えたいとするスタンスが見えてくる。

 ああ、三浦大知は、こういうところが魅力なんだ、と思った。
 どんな環境でも、どんな場所でも、音楽を伝え続ける。
 これが彼のスタンスなのだと思った。そんな彼の魅力に多くのファンは取り憑かれるのだろう。三浦大知ほど、音楽を伝える、歌を歌うということに固執している歌手はいないように感じる。

 「三浦大知の音楽に繋がって行ってください」

 ライブで必ず言うこの言葉は、彼の魅力そのものなのだとあらためて思った。
 彼の音楽の世界に浸れるファンは幸せである。
 どんな時も決して音楽を諦めない。
 これが三浦大知の最大の魅力だ。