ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Classic Review

- 最新号 -

CONCERT Review

ホアキン・アチュカロ ピアノ・リサイタル

 

ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番
リスト:忘れられたワルツ第1番/愛の夢第3番
ラフマニノフ:前奏曲作品23-1, 10/前奏曲作品3-2「鐘」
グラナドス:嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす
アルベニス:港、ナバーラ

7月3日 王子ホール

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 演奏が始まる前、夫人のエマ・ヒメネスがインタヴューに応じた。「夫は20年前の曲でもよく覚えている。すべての曲を暗譜で弾く」と言っていた。今年90歳になるアチュカロだが、その言葉を証明するような演奏だった。チラシに「伝説の巨匠」と書かれていたが、伝説とは失礼な! と言いたくなるほど音は豊か、強弱の変化による色彩感の変化も見事、そしてあらゆる表現は多彩で、聴衆をまったく飽きさせなかった。プログラムはドイツ系のブラームス、ピアノの巨匠リスト、ロシアのラフマニノフ、そしてスペインの二人から構成され、それを弾きこなすのは相当な実力がないとできない。それぞれをアチュカロは見事に描き分けた。まさに現代の巨匠である。
 1曲目のブラームスを演奏するにあたり、アチュカロ自身が解説し、第2,4楽章の重要性を力説していた。ブラームスはこの2つの楽章をシュテルナオという詩人の詩に基づいて作曲しているが、「二つの心が愛で結ばれる」様子を、それを表す下降音型などを実際に弾いて解説していた。その後に演奏を聴くと、ブラームスの作曲意図、そしてアチュカロの思い入れがよく分かって面白かった。他の楽章はブラームス的な絶対音楽として捉えられる楽章だが、ソナタ形式などの形式感にはあまり意を払っていなかったようだ。ただ、第3楽章の運命の動機のようなダ・ダ・ダ・ダーの表現などは絶対音楽的で説得力があった。夫人の紹介からアチュカロは非常に穏やかな人という印象を与えられたが、演奏からも緻密に楽曲を研究し学問的に曲を解釈するという態度とは距離を置いているように感じられた。完璧な演奏を高い緊張感をもって披露するようないかにもという巨匠ではなく、夫人が言った「楽しんで」演奏している様がとても共感を呼んだと思う。
 後半では、アチュカロはメロディーをただ美しく演奏しようとするのではないが、それでも標題音楽の表現の方が得意なのだろうと思わせられた。それはラフマニノフの特に3曲目の「鐘」の重厚な表現でも示されていた。グラナドスでは最終部分の「夜うぐいすのさえずり」は素晴らしかった。トリルだけで聴衆のすべての気持ちを捉えた。最後のアルベニスは民族色が反映されているが、中間部の静かな曲想の表現も秀逸だった。スペインが色濃く出ているというより気品に包まれている感じにもアチュカロの人柄が出ていたと思う。アンコールでは、まず左手だけで演奏されるスクリャービン、最後にフォルティッシモが華麗な作品が演奏された。ここでも多彩な才能を感じさせてくれた。大きな満足を得られた演奏会だった。
(石多正男)

CONCERT Review

指揮コン×N響 入賞デビューコンサート

 

チャイコフスキー:幻想的序曲「ロメオとジュリエット」(指揮 米田覚士)
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死
(指揮 サミー・ラシッド)
シューマン:交響曲第1番「春」(指揮 ジョゼ・ソアーレス)

7月5日 東京オペラシティ コンサートホール

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右からジョゼ・ソアーレス、サミー・ラシッド、米田覚士 

 昨年10月3日に行われた第19回東京国際指揮者コンクール入賞者3人による「入賞デビューコンサート」だった。入選した米田覚士(日本、新型コロナウイルス感染症のため入国できなかった第3位のバーティー・ベイジェントの代役)、第2位のサミー・ラシッド(フランス)、そして第1位のジョゼ・ソアーレス(ブラジル)がN響を振った。コンクール本選の批評は当サイトの2021年11月をご覧いただけると幸いである。3人の指揮者の紹介もそこに記している。
 さて、コンクール本選ではオケが新日本フィルハーモニー交響楽団だった。今回はNHK交響楽団。オケにはさまざまな特徴があることは想像できるだろうが、それと同時に雰囲気が違う。初めて接する人間の集団としてのオケに若い指揮者が戸惑うのは当然だろう。オケの上に帝王のように君臨するか、友人のごとく和やかに対するか、「よろしくお願いします」と謙譲するか。この夜も三者三様で面白かった。米田は代役として依頼を受けたのが3~4日前だったらしい。曲目はコンクールで演奏したのと同じ「ロミオとジュリエット」にせざるを得なかっただろう。冒頭の管楽アンサンブルの豊かで美しい和音がまず印象的だった。そして随所で刺激的なアクセントを入れたティンパニ、シンバルなどの打楽器。一生懸命振っていた米田の腕が視覚的にも共感を呼んでいた。熱演だった。ただ、やはりN響の各奏者の演奏技能に助けられていた感があり、N響に遠慮がちな態度が見えた。まだまだ若い。これからの夢が膨らむ指揮者だ。
 ラシッドの「トリスタンとイゾルデ」は名演だった。弱音で始まるフレーズがなんと美しく説得力があったことか。どのフレーズにも細心の注意が込められていたと言ってよく、まったく隙がなかった。ラシッド自身がチェロ奏者だからかもしれないが、弦の表現が素晴らしかった。「トリスタンとイゾルデ」の愛と苦悩が聴衆の心を強く捉え、ドラマ性の表現が秀逸だった。コンクール本選のサン=サーンスの交響曲第3番よりもいい演奏だったと思う。
 最後のソアーレスのシューマンはまったく違う雰囲気でこれまた楽しかった。第1楽章の提示部が終わるあたりまでは音が豪快でどんどん押してくる感じが強く、前のラシッドの音とはかなり違っていて戸惑った。しかし、やがてそれが春の楽しさを爆発させるような明るい雰囲気に変わると、聴衆はもうソアーレスの大きな遊び心の虜にされた。本当に心をうきうきさせてもらった。第1楽章が終わった時点で拍手が沸き起こったのも当然だった。ソアーレスはすでに指揮者としてのキャリアをかなり積んでいる。自信と余裕すら感じさせる素敵なシューマンの演奏だった。(石多正男)