CONCERT Review
佐原詩音 作曲個展 vol.4
●「私は明日、インドへ行く」独り舞台と創作音楽のための
脚本・作曲:佐原詩音
1. ガンジス川の沐浴 for Percussion
2. フワーリズミーとインド数学 for Sitar and Percussion
3. インド哲学 for Percussion
4. 古代インド叙事詩「マハーバーラダ」「ラーマーヤナ」for Percussion and Sitar
5. インド文様とサリー for Percussion and Sitar
6. マハトマ・ガンジー for Sitar
7. マザー・テレサ for Percussion
8. シタール for Sitar
9. 深い河 for Percussion and Sitar
川田希(女優)
ヨシダダイキチ(シタール)
會田瑞樹(打楽器)
2021年12月6日 東京オペラシティ 近江楽堂
作曲家の佐原詩音が初めて台本を書き、曲をつけた。オペラとは異なり、女優・川田希による独り芝居の劇音楽である。公演タイトルから勝手に、インドの文化と音楽のようなものを予想し、ものの見事に足をすくわれた。なかなか興味深い。
会場の明かりが消え、いざ開演。と思ったところでスマホが鳴った。小声で電話に応答しながら女性が出口に駆け寄り、扉に手を掛けたところで、あろうことか彼女は困惑の声を上げた。“音楽が始まろうとしているときに、またどうして?!”と思ったのは私だけではないだろう。
まさにそこに、この物語は始まる。その女性が主人公・朝比奈香世。舞台俳優の朝比奈は、海外旅行会社の派遣社員で生計を立てる。その電話は、コロナ禍のため派遣切り通告を受けた瞬間だった。ここで今の人々の日常が会場全体に共有された。「わが国の派遣社員は140万人。コロナ禍でその33%が派遣切りの憂き目を見た」のモノローグ。佐原の音楽はここに切り込む。その問題意識が鋭い。
人には生きてゆく上で夢がある。だがそれだけでは生計が成り立たず、朝比奈の場合は派遣で暮らす。それが断たれたのだ。佐原は、その思いや人生ドラマを音にした。女優・朝比奈も郷里に、娘の将来をいつも心配してくれる母がいる。その母がクモ膜下で倒れ、亡くなる。
そうしたヒロインの人生を横軸に、生きることと苦しみを説くインド哲学や、古代インド叙事詩、あるいはマハトマ・ガンジー、マザー・テレサなど、私たちにも馴染みのある物語を挟む脚本。ことに後者2人の、自己を貫き、民族と社会に貢献した話はわかりやすく、健気に自分を生きる朝比奈香世の中に息付く。
何よりそれを助けたのは、朝比奈を演ずる川田希の凜とした姿、ヨシダダイキチの弾くシタールと、會田瑞樹の打楽器からなる音楽である。打楽器はヴィブラフォン、タムタム、シンバルほか。シタールとヴィブラフォンの多様な響きは、悠久の美のような夢や、癒しの語り口になる一方、タムタム、シンバル、太鼓などが時に衝撃性を高めた。佐原の音楽は、この2つの極を巧に操る。
思えば、わが国のクラシック音楽の領域に、大人向けの劇音楽はそう多くない。私たち観衆には慣れない部分もあるかもしれない。だが本作は、シェーンベルク「期待」やプーランク「人間の声」など、モノオペラのような世界に誘う吸引力がある。ヨシダ、會田2人による即興性と至難の業の賜物ともいえる。願わくば、言葉を伝えるためには、もっとデッドな響きの空間が望ましいのではないだろうか。(宮沢昭男)
写真:(c)Yoshie TAHIRA 田平佳恵