2016年10月 

  

Popular ALBUM Review


「SUNSHINE IN MANHATTAN / Masumi Ormandy」 (Miles High Records MHR 8626)
 マスミ・オーマンデイの77歳にしてのデビュー・アルバム。彼女は、43年前に夫君のオーマンデイ氏と東京でPacific Language Schoolを開校して長年英語教育に係わってきた人だ。現在も同校の副校長、PLS英語教育研究所長として活躍している。英語教育と異文化紹介も兼ねて「歌」による文化活動をする中でジャズに魅了されRoseanna Vitroに師事してジャズ・ヴォーカルを勉強してきたという。大変異色の経歴を持つシンガーだ。この初アルバムは、Houston Person (ts),Freddie Hendrix (tp,)Sara Caswell (vln),Lee Tomboulian (p), Dean Johnson(b), Tim Horner (ds), Paul Meyers (g)と錚々たるメンバーをバックに「Misty」、「As Time Goes By」、「Summertime」など大スタンダード10曲を若々しい声で歌の内容をしっかりと伝え、折り目正しく丁寧に歌っている。ジャズを歌う楽しさが溢れているような彼女の歌だ。(高田敬三)


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「大江千里 / Answer July」(ソニー・ミュージックVRCL10132)
 長年培ってきた自分のスタイルを修正する、あるいは根本的に変えてしまうというのは大変な覚悟と勇気を伴う。売れっ子シンガーソングライターから一転、ニューヨークに赴いたのが2008年。大江はマンハッタンのど真ん中、ニュースクールを学びの場としてジャズな生活を送ってきたに違いない。
本作品「Answer July」はニューヨーク作品としては三作目、書き下ろしのオリジナル・ジャズ・ソングブックだ。オープニングの「Tiny Snow」はシーラ・ジョーダンの歌唱に始まる。地味で玄人好みの女性歌手をオープニングに登場させたところに本作品に対する並々ならぬ意欲とセンスが感じられる。英語詞はジョン・ヘンドリックス。2曲目のタイトル・チューン「Answer July」ではベッカ・スティーヴンスが英語詞を付け自らが歌う。収録曲8曲はすべて英語詞とジャズ・シーンで活躍中の、あるいは活躍が期待されるシンガーで構成されたジャズ・ヴォーカル・アルバム。ピアニストとしてだけではなく、メロディメイカーとしてのジャズ・センスが光る秀作だ。日本盤にはボーナストラックとして「KUMAMOTO」が収録されている。(三塚 博)


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「Minha Casa/My House / Carol Bach-y-Rita」(888295487788)
 キャロル・バッキリタは、英語、スペイン語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語と五か国語に堪能なジャズ・シンガーで同時にダンサーとしても活躍している。幼少より音楽とダンスに親しみカリフォルニア大学を卒業後、フランス、イタリー、メキシコ、スペインに住んだ経験がある。本アルバムは、「You'd Be So Nice To Come Home To」、「Nature Boy」、等のスタンダード・ナンバーにオリジナル曲も交えて、サミー・デヴィス・ジュニアを思い出す様な口三味線ならぬ口太鼓も使ってパーカッションを主体にしたアレンジのブラジリアン・リズムで歌う。自身、ダンサーでもある彼女らしくしなやかで、のびのびとした躍動感のある歌だ。ブラジリアン・リズムに乗ってスキャットで入りギター・ソロを挟んでエデイ・ジェファーソンの書いた歌詞を早口で歌う「A Night In Tunisia」、続いてギター・トリオをバックにストレートに歌うバラード「T'is Autumn」等は、大変印象的だ。伴奏陣は、ラリー・クーンス(g)ビル・カントス(p)ジョン・レフトウィッチ(b)マイク・シャピロ(ds)。一曲でブラジルのパーカッショニスト、ドゥドゥ・フエンテが参加、彼女とデュットしている。今後を注目したい異色のシンガーだ。(高田敬三)


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「イン・ザ・ナウ / バリー・ギブ」(ソニー・ミュージック ジャパン インターナショナル SICP-30889)
 バリー・ギブの新作は久しぶりだ。ビー・ジーズ最後のスタジオ録音から15年ぶり、ソロではなんと32年ぶりとなる。私はバリーはビー・ジーズとして以上に、バーブラ・ストライサンドの『ギルティ』で親しい。プロデューサーとしては勿論、ソングライターとして優れているし、あの輝くファルセット・ヴォイスの魅力には魅せられたままだ。時にバリー34歳。そして今70歳を前にして、ほぼ自伝的なソロ・アルバムを世に問うた。3人の弟を失い、妻も、更にこの8月には母も亡くしている。アルバムは母に捧げられた。そうした人生を旅として思い出とともに歌い、過去より未来よりも今が重要だと歌うタイトル曲「イン・ザ・ナウ」に、バリー復活がうかがえる。全曲彼自身と二人の息子スティーヴ、アシュリーの三人で書き、マイアミの自宅スタジオで録音された。ビー・ジーズを思い出させる曲も多いが、懐かしさだけでない現在の安定感と爽やかさが感じられる。妻に捧げた「星の恋人達」は優しい哀愁感に満ちた佳曲。様々な色合いを加味したポップ・ロック調や、メキシコのマリアッチを取り入れたり、カントリー・タッチの佳曲など 。「ミーニング・オブ・ザ・ワールド」はバリーならではの魅力に深みが感じられるし、シタールやタブラの入る佳作「グレイ・ゴースト」は東日本大震災に寄せられた。往年の声の艶こそ望めないが、ヒット性の高い内容のある魅力盤に仕上がった。(鈴木道子)


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「TOKU Group with special guest シシド・カフカ」(8月18日 南青山・ブルーノート東京)
 時計メーカー・シチズンのCMソングで共演したふたりの、ライヴ・パフォーマンスが実現した。まずはTOKUグループによるパフォーマンス。石若駿(ドラムス)、宮川純(ピアノ)など若手気鋭のトップが揃っている。いまやベテランの域に達したTOKUはコクのあるヴォーカルとフリューゲルホーンをたっぷり聴かせ、プログラム中盤でシシド・カフカを呼び出す。ぼくは4月リリースの『トリドリ』を今年出た日本のロック・アルバムの白眉だと思っているが、まさか「ブルーノート東京」で彼女の姿を見ることができるとは思ってもいなかった。声の出し方、立ち姿、ふるまい、いずれもシャキッとしていてかっこいい。ドラム・プレイもタイトそのもの、余計なオカズや叩きまくりがないのも、音楽性に合っている。CMソング「Time Is Blue」でのTOKUとの息の合った掛け合いはもちろん、古いスタンダード・ナンバー「ムーングロウ」もサマになっていた。またTOKUは「サティスファクション」、「パープル・レイン」(プリンス追悼)でエフェクターをかけたトランペットを熱演、全体のサウンドをさらに盛り上げた。(原田和典)

撮影 : 山路 ゆか


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「シャソール」(8月29日 六本木・ビルボードライブ東京)
 マルティニーク出身の鬼才ピアニスト/作曲家のシャソールが来日した。4歳から音楽院で学び、オーケストラの指揮者を8年間務めたこともあるという。現在はパリを拠点に活動している。この日は2部制・別プログラムのステージで、ぼくは第1部の「Indiamore」を見た。インド取材中に採集した歌や語りをまとめた約60分の映像作品を背後に流し(4小節、8小節といった“音楽の形”に整えるためであろう、歌声や会話は、しばしばループされる)、それにハーモニーをつけたり、その抑揚をピアノでなぞってユニゾンにしたり・・・という形。すでに記録されている映像(過去)に、シャソールとドラムスのマテュー・エデュアールが“いま現在”の立場から音を合わせていく。ぼくは昨年ブルーノート・ジャズ・フェスティバルで国内初演された「オマージュ」(ベースを演奏するエバーハルト・ウェーバーの映像に、パット・メセニーらが生で音を合わせていく)を思い出したが、シャソールの世界は、あえていうなら現代クラシック、チェンバー・ミュージックだ。(原田和典)

写真:Masanori Naruse


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「アロルド・ロペス・ヌッサ」(第15回 東京JAZZ:9月3日 有楽町・東京国際フォーラム)
 日本最大級のジャズ祭、東京JAZZは今年で第15回を迎えた。安定した支持を誇るミュージシャンを中心に組まれたプログラムは、あの広い東京国際フォーラム・ホールAを満員にしてしまうほどの人気がある。が、僕の関心をひくのは、例によってアップライジングな精鋭たちだ。2日目の夜の部、パット・メセニー&クリスチャン・マクブライド、渡辺貞夫セッションの間に登場したアロルド・ロペス・ヌッサは1983年生まれ。日本でも良く知られているエルナン・ロペス・ヌッサは甥にあたる。この日は弟のルイ・アドリアン・ロペス・ヌッサ(ドラムス)、セネガル出身というアルネ・ワデ(エレクトリック・ベース、ヴォーカル)とのステージ。アルネはベースの音色、アプローチ、歌声まですべてリチャード・ボナを彷彿とさせた。ヌッサ兄弟はそれぞれの楽器で激しく応酬するかと思えば、1台のピアノを連弾したり、和気あいあい。超絶技巧炸裂のナンバーの間に、エノケンやルイ・アームストロングも歌った大古典「エル・マニセロ」(南京豆売り)を挟む選曲も緩急に富んでいた。来年の東京JAZZは渋谷で開催されるという。(原田和典)


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「セルジオ・メンデス」 (9月7日 ビルボードライブ東京)
 「マシュ・ケ・ナダ」のヒット、ブラジル66の結成から50年、節目の年のセルジオ・メンデスをビルボードライブ東京で聞いた。3月に続く今年2度目の来日だ。「彼女はカリオカ」「おいしい水」「コンスタント・レイン」「ビリンバウ」「デサフィナード」などおなじみのブラジリアン・ナンバーを次々と繰り出していく。新しい味付けがされているが決して当時の風味を損なうものではない。むしろブラジル66の進化系として十分満足できる演奏だ。
グラシーナ・レポラス、ケイティ・ハンプトンという二人の女性シンガーも、どこかラニ・ホールやジャニス・ハンセンを思い起こさせてくれる。ラッパーのH2Oは決して出すぎることもなく全体のサウンドによく溶け込んでいて心地よい。セルジオ・メンデスはエレキ・ピアノのみだったが、「マシュ・ケ・ナダ」のイントロはぜひアコースティク・ピアノで聞いてみたかったし、欲を言えばボサリオ・セクステッド時代のピアノも披露してほしかった。
往年のファンに混ざって若い世代が体を動かしながら聞いている姿も目に付く。「フール・オン・ザ・ヒル」「ルック・オブ・ラブ」「君に夢中」とポピュラー・ナンバーも交えながら、アンコールに定番曲「マシュ・ケ・ナダ」「パイス・トロピカル」で盛り上がりを見せた。(三塚 博)

Pic. by Ayaka Matsuiセルメン 2016 9



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