2016年10月 

  

Classic CD Review【交響曲】

「ブルックナー:交響曲第2番 ハ短調 WAB102【1877年第2稿(ノヴァーク版)】 / パーヴォ・ヤルヴィ指揮、フランクフルト放送交響楽団」(ソニー・ミュージックジャパン・インターナショナル、RCA/SICC-10218)
 曲の冒頭から全く悠揚迫らない落ち着いた演奏は、パーヴォ・ヤルヴィがこの曲を完全に自家薬籠中のものとしている証拠であろう。お互いに得意なブルックナーであり、すべてを知り尽くしているとも言えるフランクフルト放響との演奏は正に完璧の域に達している。どの楽章もフレーズ、アーティキュレーションもパーヴォらしさを充分に発揮した見事な表現力に圧倒されてしまう。特に1,2楽章、そしてフィナーレの一部も含め弦のすばらしい会話には例えようもない魅力が溢れている。昨年9月からN響の首席指揮者に就任したパーヴォが今回のN響定期で今回発売のフランクフルト放響とのCDと同じブルックナーの交響曲第2番を採り上げるので、両オーケストラの違いを実際に自分の耳で聴き較べて見るのも一興だ。 (廣兼 正明)

Classic CD Review【協奏曲・器楽曲(ピアノ)】

「ワンダーランド/グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16、《抒情小曲集》から/《ペール・ギュント》から/アリス=紗良・オット(ピアノ)、エサ=ペッカ・サロネン指揮、バイエルン放送交響楽団(協奏曲のみ)」(ユニバーサル ミュージック、ドイツ・グラモフォン/UCCG-1747)
 アリス=紗良・オットとフィンランドの指揮者、エサ=ペッカ・サロネンとの初顔合わせである。これは2015年1月に行われたミュンヘンで行われたバイエルン放響とのグリーグのピアノ協奏曲をメインとした演奏会でのライヴ・レコーディングである。グリーグの協奏曲は、アリスがチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番と共に最も演奏回数の多い曲だったこともあり、この曲全体を彼女のグリーグとして音楽的にも実に見事にまとめ上げる事が出来たと思う。この時の演奏会での協奏曲以外の曲については、このCDでは記載がなく不明だが、ライナーノーツでアリス自身が述べていることによると、このCDにカプリングされる曲はアリス自身が決めることになり、彼女としてはこの頃興味を持ち始めたグリーグのピアノ小品を抒情小曲集から10曲、有名な「ペール・ギュント」からグリーグ自身による第2組曲から「ソルヴェイグの歌」、第1組曲から「山の魔王の宮殿にて」をピックアップしている。これらは如何にもグリーグ的で、2, 3曲の有名な小品も含め楽しい曲だ。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ピアノ)】

「永遠のショパン/仲道郁代 (DISC 1 CD)=ショパン:幻想即興曲、他全15曲〈1842年製プレイエル・ピアノ使用、他にスタインウェイ・ピアノ使用のボーナス・トラック4曲をプラス〉、(DISC 2 DVD)=ワルツ 変ニ長調 作品64の1他全3曲〈1842年製プレイエル・ピアノ使用のリサイタルでのビデオ・ライヴ・レコーディング〉/仲道郁代(ピアノ)」(ソニー・ミュージックジャパン・インターナショナル、ソニーRCA/SICC-9002~3)
 仲道郁代のデビュー30年のアニヴァーサリー・リリース第1弾「永遠のショパン」が発売されたが、このCDは単に仲道の30年記念だけではなく、仲道が所藏するショパン時代の楽器、1842年製のプレイエル社製ピアノ(80鍵、A=430Hz)を使用した2015年に新しく録音(2015年5月26~29日、サントミューゼ上田、小ホール)したショパン名曲集である。当然の事ながら、全てショパンの曲(プレイエル15曲、スタインウェイでプレイエルとの比較用別録音/1989~1992年の4曲)以上DISK 1。そしてDISK 2には2010年2月21日東京サントリーホールに於ける「仲道郁代」リサイタルでのライヴ・レコーディングによるDVD(プレイエル1840年製(80鍵、A=427 Hz) 有田正広・藏)が収録されている。
 このCDで試すことが出来るのは、ショパンの曲を当時のピアノで聴いた時、果たして我々が聴き慣れているスタインウェイの豪華な音色とショパン時代のピッチの低さによる感じ方の相違ではなかろうか。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(チェンバロ)】

「J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 / マハン・エスファハニ(チェンバロ)」(ユニバーサル ミュージック、アルヒーヴ/UCCA-1101)
 1984年テヘラン生まれのイラン人チェンバロ奏者、マハン・エスファハニを知らない人はまだ多いが、彼は2013年6月既に初来日している知る人ぞ知るチェンバロの名手なのだ。イラン人の父親からピアノを習い始めたが、10代からチェンバロに興味を持ちはじめたという。大統領奨学金を受け、スタンフォード大学で音楽学と歴史学を専攻した。しかし米国では彼の求めるチェンバロ・ソリストとしての口はなく、イギリスに移住。それがきっかけでBBCラジオのオーディションでチェンバロ奏者初のBBCヤング・ジェネレーション・アーティストに選出されたのである。その後2011年に彼はBBCプロムスのディレクターに出演依頼の電話をかけたことがきっかけでプロムス・デビューを成し遂げたという。そしてプロムス室内楽シリーズでゴルトベルク変奏曲を演奏したが、そのお陰でイギリスでの人気度は急上昇したという。
  彼の奏でるゴルトベルクは実に軽やかでセンシブルである。チェンバロでこれ程までに見事な奏法を聴かせてくれる奏者はいないのではないだろうか。マハンにはまだまだ未知の魅力が隠れている。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ヴァイオリン)】

「J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全6曲) / チョン・キョンファ(ヴァイオリン)」(ユニバーサル ミュージック、ドイチエ・グラモフォン/UCCG-1748)
 チョン・キョンファの音は全くと言って良いほど年代を感じさせない。この収録は今年2016年の2月から6月にかけて行われたが、演奏の乱れも全くない。このバッハの無伴奏ソナタとパルティータ全6曲は多くの有名ヴァイオリニストたちが生涯に一度はメジャー・レーベルにレコーディングしてこれを後世に残すことが彼等の夢である。チョン・キョンファも例外ではないことはこのCDのライナーノーツを見てもよく分かる。彼女が指の故障で5年間演奏出来なかったことは、実に歯がゆかっただろう。ヴァイオリニストが5年間の間ヴァイオリンの練習さえも出来なかったことは、どれほど悔しかったことか。そして復帰をめざす為には長い間のリハビリが不可欠であり、その苦しさは経験した者でなければ分からないほど大変なものなのだ。そして年齢を重ねれば重ねるほど苦しみは幾何級数的に大きくなってくる。しかし彼女は完全にこの問題を克服したのである。この2枚のCDを聴くに付け、よくぞここまでやり遂げたことを褒めてやりたい。今後の虚心坦懐な活躍を祈りたい。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(チェロ)】

「ヨーヨー・マ|アンコール / J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番よりプレリュード、他全18曲 / ヨーヨー・マ(チェロ)、キャサリン・ストット(ピアノ)、トン・コープマン(オルガン、指揮)、ジェイムス・テイラー(ヴォーカル&ギター)他」(ソニー・ミュージックジャパン・インターナショナル、ソニーRCA/SICC-30303)
 丁度1年前の3月、今回と同じような小品集「ソングス・フロム・アーク・オブ・ライフ」がリリースされた事を思い出す。この時はリサイタル・パートナーのピアニスト、キャサリン・ストットとの企画から収録までのコラボだったが、今回はクラシックのキャサリン・ストット、トン・コープマンをはじめ、多岐に亘るジャンルのミュージシャンとのコラボである。例えばジェームス・テイラー、デイヴ・ブルーベック、エンニオ・モリコーネ、ジョン・ウィリアムス等。如何にもヨーヨー・マらしい今の時代の選曲である。何しろ聴いていて楽しいアルバムである。そしてこのCDパンフレットの表紙のヨーヨー・マはクラシックのリサイタルでは見ることの出来ない楽しさに溢れている顔である。(廣兼 正明)

Classic DVD Review【協奏曲(ピアノ・オケ合わせリハーサル)】

「ラン・ラン&アーノンクール ミッション・モーツァルト/ モーツァルト:ピアノ協奏曲 第17番 ト長調K.453、第24番 ハ短調 K.453/ ラン・ラン(ピアノ)、アーノンクール指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団」(ソニー・ミュージックジャパン・インターナショナル、ソニー・クラシカル/SIBC-199)
 このDVDはアーノンクールとラン・ランが共演したモーツァルトのピアノ協奏曲第17番と第24番の演奏会そのもののDVDではない。今年(2016年)3月に86才でなくなった巨匠アーノンクールの追悼映像として、それ以前の2014年4月14〜17日にウィーン、ムジークフェラインザールで行われたリハーサルの模様を編集したDVDである。しかし普段は見ることも出来ない貴重なDVDともいえる。このソリストと指揮者の練習での我々が初めて見る風景は実に面白く楽しいものであることがわかる。ラン・ランとアーノンクールの年の差は50才で、まさにお爺さんと孫である。このDVDを見ていると知らず知らずのうちに本当のお爺さんと孫の様に思えてくるから不思議なものだ。我々が知っているアーノンクールは誠に厳しく自説は曲げない老人なのだが、どう言う訳かラン・ランの要求には弱く、何回かはラン・ランの意見をOKしてしまう。伴奏するウィーン・フィルのメンバーも関与しないところが面白い。まだ色々なシーンもあるが、この指揮者とソリストは互いに相手の素晴らしさを認め合っており、二人とも今回の邂逅を喜んでいることが良く分かる。兎に角百聞は一見に如かず、是非ご覧になることをお薦めしたい。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【室内楽】

「ディオティマ弦楽四重奏団」(8月27・28日、吉祥寺シアター)
 ディオティマ弦楽四重奏団は、ブーレーズが意図通りの演奏は不可能と考えていた『弦楽四重奏のための書』についてブーレーズとディスカッションを繰り返し、五度目の改訂に至らしめた。今回の公演では、IIIa、IIIb、IIIc、Vを初日に、VIを二日目に聴くことができた。
 ポスト・ウェーベルン的な難曲で、極度に切り詰めた語法である短いフレーズ、トリル、フラジオレット、頻繁に起きる休止などを、4人が曲芸のように展開するのは異様なまでの迫力が感じられた。
 シェーンベルクの弦楽四重奏曲とブーレーズ、そしてベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲を組み合わせるプログラムは、シェーンベルクが自作4曲とベートーヴェンの後期4曲を組み合わせて発表したことにヒントを得たという。
 初日はシェーンベルク弦楽四重奏曲第3番とベートーヴェン第14番、2日目はシェーンベルク弦楽四重奏曲第4番と、ベートーヴェン第15番の組み合わせだった。
 シェーンベルクでのディオティマの緻密で清冽、情感ある演奏は「不協和音の美」「障壁からの美」を感じさせた。
 ベートーヴェン後期2曲におけるディオティマの演奏は、一言で言って、端正なものだった。緻密なアンサンブルを誇る彼らにとって、正確に弾くことは難しくないだろう。課題はその先にある。どうしたらベートーヴェンの魂に到達することができるのか。あるいは、優れた弦楽四重奏団のレベルを超えられるのか。2日目の第15番が、その糸口になるかもしれないと思った。第3楽章モルト・アダージョ『病癒えたものの神に対する聖なる感謝の歌 リディア旋法による』とベートーヴェンが書き添えた主題の歌わせ方、ハーモニーの美しさ、音楽の深さは、ディオティマ弦楽四重奏団がその課題を乗り越える日がそれほど遠くないことを示していた。
(長谷川京介)

写真:(c)Verena Chen

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「アジアユースオーケストラ東京公演 初日」(8月29日、東京文化会館)
 毎年夏の終わりの定例行事、アジアユースオーケストラの東京公演が今年も開催された。アジア各地から厳しいオーディションで選ばれた若者達による爽やかで純粋な演奏は、いつも心が洗われるような気がする。 
 初日の指揮はジェームズ・ジャッド。ドヴォルザークの交響曲第8番では、若いオーケストラが弾きやすいようテンポを遅めにとる。弦と管のバランスが良く、すっきりしている。旋律を良く歌わせ(第3楽章が典型)、最後のコーダに向かって、緊密に盛り上げる点が見事だった。
 後半のチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」は名演だった。これもテンポはやや遅め。演奏時間は50分近かったのではないだろうか。対抗配置の分離の良い弦は、チェロ、ヴィオラも充実していて、内声部の厚みもある。コントラバスは10台で低音をしっかり支える。
 第4楽章最後チェロとコントラバスの弱音が消え、ジャッドのタクトが下りても、まるで時間が止まったように、拍手もなにも起こらない。静寂は28秒続いた。誰かが小さくブラヴォを叫び拍手をする。そうだ、終わったのだとやっと他の聴衆も拍手を始めた。コンサートマスターをはじめ多くの奏者が目に涙を浮かべているのは感動的だった。(長谷川京介)

写真:(c) アジアユースオーケストラ

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「アジアユースオーケストラ東京公演 2日目」(8月30日、東京文化会館)
 前日ジェームズ・ジャッドと名演を聴かせてくれたアジアユースオーケストラを、今日は芸術監督のリチャード・パンチャスが指揮したが、正直面白くない演奏になってしまった。
 パンチャスはイチニ・イチニと単純なリズムを刻む指揮が多く、フレーズを示す動作が少ない。音楽が単調で重い。速い部分は、小刻みに腕と手を動かすため、音楽が縮こまり固くなる。
 コープランドのバレエ組曲「アパラチアの春」は、間延びした感じがあった。
 後半のホルストの組曲「惑星」も、管弦楽が鳴り響くだけという印象。アジアユースオーケストラは、ヴィオラの響きがよいこと、ホルンの健闘、木管のうまさ、ユースオーケストラにしては弱音がよくコントロールできている、といった美点が多々感じられたのが救いだった。AYO女声コーラスは、舞台裏から歌ったが、音程の悪さは残念だった。アンコールに「スターウォーズのテーマ」、恒例のエルガー「ニムロッド」が演奏された。
 国別の参加人数は、台湾が一番多く28人。次いで中国本土26人、香港18人、日本13人の順。3週間の厳しい練習のあと、3週間のツアー、16回のコンサートを行った。ホテルのルームメイトは滞在地ごとに変え、交流を図るとのこと。17歳から20歳前後の若者たちにとって忘れられない夏になったことだろう。(長谷川京介)

写真:(c) アジアユースオーケストラ

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「反田恭平 3夜連続ピアノコンサート 追加公演」(9月7日、築地・浜離宮朝日ホール)
 弱冠22歳、目覚ましい勢いで注目と人気を集める反田恭平の追加公演が行なわれた。8月30日から9月1日まで3夜連続、別内容で行なわれた(それぞれ「ドイツ」「フランス」「ロシア」)コンサートは即座にソールド・アウト。ただちに平日昼の追加公演が3日間も組まれた。ぼくが見に行った9月7日は「ドイツ」の再演。バッハ「パルティータ第2番 ハ短調BWV826」、ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調op.13 「悲愴」」などがプレイされた。当たり前だがステージにはピアノ一台のみ。ポピュラー音楽のようにMCも入らないので、音楽が鳴っている間、観客は反田の右横顔と右腕を見るにとどまる。鍵盤も見えない。だがこれが飽きない。腕の先では指が強烈なテンションで鍵盤上を舞っているのだろう、体は微動だにしないが感情は高ぶっているのだろう、と想像させずにはおかない情熱が音からたちのぼるのだ。11月には新作『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番/パガニーニの主題による狂詩曲』を発売。こちらも楽しみだ。(原田和典)

撮影:堀田力丸

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「パーヴォ・ヤルヴィ NHK交響楽団 マーラー交響曲第8番《千人の交響曲》」(9月8日、NHKホール)
 これまでマーラーの交響曲第1番「巨人」、第2番「復活」と忘れがたい名演奏を聴かせてくれたヤルヴィとN響だが、今回の「千人の交響曲」は、見事にコントロールされたオーケストラと合唱のまとまりの良さは感心したものの、感動は少なかった。ヤルヴィの沈着冷静な音楽づくりと、一貫性のない作品の性格のためかもしれない。
 第1部は速めのテンポで進められていく中、どこがどうと感じる前に、展開部まで来てしまった。展開部の合唱の二重フーガが始まると、ようやく高揚感が生まれ、演奏も熱を帯びてきた。そして終結部の盛り上がり方もさすがと思わせた。
 第2部では、法悦の教父を歌ったバリトンのミヒャエル・ナジの歌唱が際立って素晴らしい。声量、奥行き、格調、存在感、いずれも高いレベル。ソプラノのエリン・ウォールも満足すべき声量、歌唱力で存在感は抜群。ほかの歌手陣もレベルは水準だが、この二人に較べると訴えてくるものは少なかった。テノールのミヒャエル・シャーデは、巨大なNHKホールでの歌唱には、繊細すぎるのかもしれない。マリア崇拝の博士が合唱とともに歌い上げる部分では、無理が感じられた。N響は、弦(18型)が繊細な響きで、特にシャーデが歌い終わった後、ハープとともにヴァイオリンが奏でる美しい「愛の主題」は、コクがあり、極上だった。
 この日最も感動したのは、最後の「神秘の合唱」。高揚感があると同時に、音楽に心が入り、高い世界に昇っていく何ものかを感じることができた。
 合唱は新国立劇場合唱団、栗友会合唱団、NHK東京児童合唱団で、NHKホールという巨大な会場のため、彼らの本領は発揮できなかったかもしれないが、よくまとまっていた。(長谷川京介)

写真:(c) Julia Baier

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「上岡敏之 新日本フィルハーモニー交響楽団」(9月9日、サントリーホール)
 R.シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」は冒頭のトランペットをはじめ、オーケストラは抑えられ、静的な演奏で始まった。展開部「学問について」のコントラバスから始まるゆっくりと静かなところは深みがあった。壮大であるべきフーガから再現部の高揚感も盛り上がらず、欲求不満を感じる。以降全体に大きな山はないまま終わる。印象としては幻のような「ツァラトゥストラ」だった。それは常に懐疑から抜け出せないニーチェ自身のようでもあったが、上岡が新日本フィルからどういう音楽を引き出したいのか理解できなかった。
 これに較べると、後半のR.シュトラウス「英雄の生涯」は、上岡のやりたいことがストレートに伝わってきた。冒頭は、しなやかな英雄の主題で開始する。新日本フィルの優秀な木管と、繊細な弦、確実な金管の力を生かしつつ、きめ細かく演奏をすすめていく。響きはクリアで、特に繊細な弱音が印象的だった。
 「英雄の戦場」のバンダのトランペットはいまにひとつだったが、戦闘の勝利を決定づけるクライマックスは、前半の鬱憤を晴らしてくれるような高揚感があった。「英雄の業績」でのオーボエのソロ、「英雄の引退と業績」でのイングリッシュホルン、ホルンのソロも決まる。最後の総奏は粘りがあった。
 定期演奏会では稀なアンコール、≪サロメから「サロメの踊り」≫が今夜の頂点だった。祝祭的で明るく、色彩感にあふれる演奏を聴いていると、上岡と新日本フィルの目指すものの一端が見えた気がした。
(長谷川京介)

写真:(c)K.Miura

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第300回定期演奏会」
 高関健指揮(9月10日(土)東京オペラシティコンサートホール)
 ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」
 高関がプレトークでオーケストラの音色の彩り豊かなことを強調していた。「幻想交響曲」からしてそうだが、ベルリオーズは19世紀前半の管弦楽法の大家と言って良い。それを如実に感じさせてくれたのが、さまざまな情景描写だろう。特に第6景「アウエルバッハの酒場」、第12景「呪文」、第18景「地獄への騎行」〜20景「天国にて〜マルグリットの聖化」など。管楽器、特にオーボエ、フルート、ホルンなどはきれいな響きで聴衆を魅了していた。ベルリオーズはフルートが好きだったのだろうと感じさせられるところがあり、それだけでも楽しめた。さらに、弦楽器の独奏によっても協奏曲的な楽しみ方ができた。もちろん、これらを導き出したのは高関の力だと思う。いつもながら説得力があった。
 独唱もそれぞれよく声が出ていた。しかし、役作りに少々消化不良があったのか、オケや合唱とのアンサンブルはこなしきれていない印象を受けた。
 なお、字幕について一言。これは聴衆へのサービスとして今では不可欠のものだと思う。しかし、演奏会形式で演技がなく歌詞だけが字幕に出されていたので、「ファウスト」をあまりご存じない聴衆は十分な理解を得ることが難しかったのではなかろうか。簡単な「ト書き」を加えるなどの工夫があってもよかったと思う。(石多正男)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「パーヴォ・ヤルヴィ NHK交響楽団」(9月15日、サントリーホール)
 ヤルヴィN響の真価は、NHKホールではわからないことを痛感。音響の良いサントリーホールで聴く演奏は、彼らが世界の一流オーケストラと競うレベルに達していることを感じさせる。
 ムソルグスキー(ラヴェル編)「展覧会の絵」は、きりりと引き締まり、筋肉質で強靭。すみずみまで神経の行き届いた緻密な演奏であり、N響の楽員の技術の高さを改めて認識する。ソニー・ミュージックによる録音が入っており、いつも以上に楽員が燃えているのがわかる。
 第1曲<ノーム>終結部のすさまじさ。第3曲<チュイルリーの庭>の繊細でやわらかな響き。第4曲<ブィドロ>の奥行きのある低音。第5曲<卵のからをつけたひなの踊り>のユーモア。第6曲<サミュエル・ゴールデンベルクとシュミレ>の高音トランペットの正確な演奏。第8曲<カタコンブ>の深み。第9曲<バーバ・ヤガーの小屋>の鮮やかな展開。そして第10曲<キエフの大門>の重心の低いがっちりとして精悍で堂々たる風格。巨大な鐘とその強烈な音も刺激的。見事な演奏だった。
 歌劇「ホヴァンチチナ」第4幕第2場への間奏曲(リムスキー・コルサコフ編)とムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」の原典版も演奏されたが、原典版の野性的な生命力がよくわかった。
 意外にも、と言っては、ヤルヴィに失礼だが、というのは、海外の指揮者が武満徹の作品を指揮すると、キラキラとした衣装を着せたような演奏が多いのだが、ヤルヴィの場合はそういうことはなく、素直に武満の響きを表現していたように思う。
 「ア・ウェイ・ア・ローンⅡ」(1981)と「ハウ・スロー・ザ・ウィンド」(1991)が演奏されたが、いずれもN響の弦の繊細さを引き出していた。特に、弦以外の楽器も入る「ハウ・スロー・ザ・ウィンド」に感銘を受けた。武満は1970年代初め、ガムラン音楽を実際に聴き衝撃を受けたが、そのガムランの響きが一部感じられた。最後に打楽器の音が宙に消えていくさまは、音楽と自然が一体になるようだった。(長谷川京介)

写真:(c)Julia Baier