2015年8月 

  

Classic CD Review【協奏曲(ピアノ)】


「サン=サーンス:ピアノ協奏曲 第1番 ニ長調 作品17、第2番 ト短調 作品22、第3番 変ホ長調 作品29、第4番 ハ短調 作品44、第5番 ヘ長調 「エジプト風」 作品103、動物の謝肉祭 /アルド・チッコリーニ(ピアノ)、セルジュ・ボド指揮、パリ管弦楽団〈協奏曲〉、アルド・チッコリーニ&アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ)、ジョルジュ・プレートル指揮、パリ音楽院管弦楽団〈動物の謝肉祭〉」(ワーナーミュージック・ジャパン、ワーナー・クラシックス/WPCS-23173〜4)
 ワーナー・クラシックの再発シリーズ「クラシック・マスターズ」の7月下旬発売の中から今回は2つのアイテムを紹介したい。先ず最初はフランスのメンデルスゾーンとも言われるフランス近代音楽の巨匠サン=サーンスのピアノ協奏曲全曲と組曲「動物の謝肉祭」を、今年2月に89歳で惜しくも他界したイタリア・ミラノ生まれ、後にフランスに帰化して フランス音楽の発展に尽くしたピアニスト、アルド・チッコリーニは完成されたテクニックと卓越した表現力でサン=サーンスには打って付けともいえる理想的な演奏を披露してくれる。特に第4番第2楽章の後半第2部の最も美しい部分はオーケストラも含め心に沁みる。現在それ程多くないサン=サーンスのピアノ協奏曲全曲盤の中では最も推奨出来る演奏といえよう。そして最後に収められている「動物の謝肉祭」はもう一台のピアノを弾くのはアレクシス・ワイゼンベルクてあり、11曲目の「ピアニスト」のデュオでは二人とも実に楽しげに下手なピアニストを演じているのがおかしい。又、有名な「白鳥」のチェロ、ロベール・コルディエの控えめな演奏は実に美しい。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ピアノ)】

「フォーレ:舟歌(全13曲)、即興曲(全5曲)、ヴァルス・カプリス(4曲)、8つの小品 作品84、マズルカ 作品32、無言歌 作品17、 ドリー(ピアノ連弾のための6つの小品) 作品56、バイロイトの想い出(ワーグナーの「指輪」によるファンタジア〈ピアノ連弾〉) / ジャン・フィリップ・コラール(ピアノ)、ブルーノ・リグット(ピアノ連弾)」 (ワーナーミュージック・ジャパン、ワーナー・クラシックス/WPCS-23169〜70)
  前項に続いて、フォーレの作風の変遷を知ることの出来る創作意欲が強かった時期に作られた、ピアノ曲である「舟歌」13曲を始めとする、彼の全ピアノ曲の約3分の2を収録した2枚組である。ここにはフォーレ18歳から76歳までの58 年間の 作品を聴くことが出来る。一言で言って彼の作品は先ず優雅さに満ちあふれ、そこに優しさがにじみ出ている、他には真似のできない作品が殆どである。しかし彼の作品を演奏するに相応しいピアニストがいない限り、聴く人はそのムードに浸ることは出来ない。筆者はこのCDで演奏しているフランスのピアニスト、ジャン=フィリップ・コラールが正にフォーレを弾くために生まれてきたピアニストの最右翼の一人であると考えている。作曲者フォーレも素晴らしいピアニストだったと伝えられているが、このコラールの演奏も恐らくフォーレが今の世に生きていて、もし彼の演奏を聴いたとしたら必ずや喜んだろうと思う。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【ピアノ】

「小山実稚恵の世界〜ピアノで綴るロマンの旅 第19回」(6月27日、オーチャードホール)
 10年目を迎えたリサイタルシリーズ、今回の題は「思い出のアルバム」。プログラムから旅や出会いや回想という思い出にまつわるテーマが浮かび上がる。
 シューベルトの後期三大ソナタのひとつ第19番第2楽章の歌心に満ちた繊細さがこの日一番のききものだった。無人の会場で小山一人が弾いているような、孤独で時が止まったような感覚に囚われた。
 全体にペダルの使用が多いようだったが、大きな会場を意識した音響的な配慮からだろうか。好みの問題だが、個人的にはペダルの少ないクリアで強い打鍵のシューベルトが好きだ。
 シューマンの「フモレスケ」は見事な演奏だった。緩急の変化や、夢見がちな世界と醒めた感覚の転換が自在で、切迫した第5部と第6部コーダのスケールが大きい表現も印象に残った。
 1曲目のJ.S.バッハのカプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」は優しくしみじみとした味わいがあり、御者のラッパが高らかに鳴る最後のフーガの天井高く昇って行くような響きもよかった。
 アルベニス「入り江のざわめき」、ショパンの「ノクターン第17番」そしてシューベルトのソナタまで後半の3曲を休まず一気に弾いたが、それが音楽全体に緊張感を与えていた。
 アンコールは今年4月出たアルバム「シューベルト:即興曲集」から作品142-2、90-2、90-3の3曲が演奏された。(長谷川 京介)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「東京都交響楽団第791回定期演奏会Aシリーズ」(6月29日、東京文化会館)
 ショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」は、都響の真摯さとオレグ・カエターニの誠実さが相まって緻密で繊細な演奏になった。
 第1楽章アダージョ全体を支配する静けさの表情(トランペットの最初のソロのミスは痛いが、その後は立ち直った)、第3楽章アダージョのヴィオラによる「ロシアの葬送」の深みある響き、第4楽章のイングリッシュホルンによるしみじみとした旋律など、弱音の美しさを聴くことができたのは収穫だった。
 第2楽章は全楽器が咆哮するクライマックスから最初のアダージョが再現する静けさへの転換の見事さが光った。
 激しさ、力強さという点では、もう少し外連味たっぷりな演奏もあり得たかもしれない。ティンパニや小太鼓、そして金管には今ひとつの爆発力が欲しかった。しかし、カエターニの解釈はそちらには向かわず、悲劇的、英雄的なこの曲の内面に踏み込んで行った。その結果、最後の鐘が打ち鳴らされる劇的なコーダの後にもたらされたのは、興奮ではなく胸にじわりと沁みてくるような感銘だった。
 前半に演奏されたブリテンの「ロシアの葬送」、タンスマンの「フレスコバルディの主題による変奏曲」にもカエターニの深みに向かう指揮が示されていた。(長谷川 京介)

Classic CONCERT Review【ピアノ】

「アンティ・シーララ ピアノ・リサイタル」(6月30日、浜離宮朝日ホール)
 1979年フィンランド、ヘルシンキ生まれ、2003年のリーズ国際コンクールで優勝、ペライアと内田光子に習ったことがあるアンティ・シーララはクリスタルで切れ味の良い美しい音を持っており、みずみずしさもある。
 シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」は技巧的には完璧。オイゼピウスのイニシャルE(沈着と思索)とフロレスタンのF(明るさと積極性)がつくそれぞれの曲の性格を凛とした表現で弾き分ける。演奏全体にあたかもコンクールの本選に臨むような張りつめた空気が感じられるが、もう少し余裕とポエジーがあれば音楽に奥行きが出たのではないだろうか。
 ベートーヴェンのソナタ第31番第1楽章はテンポがやや速く、展開部の第1主題の転調は味わいが少なかったが、第3楽章フーガの壮大なスケール感には唸った。
 スクリャービンのソナタ第10番は「トリル・ソナタ」のタイトルもあるが、数多く出るトリルの氷の結晶のような響きが素晴らしい。アンコールに弾かれたショパンのノクターン第2番は氷でできた王宮のような冷たく光り輝く美しさがあり、この夜最も感銘が深かった。(長谷川 京介)
写真: (c)Volker Beushausen

Classic CONCERT Review【室内楽(ヴァイオリン)】

「青木尚佳ヴァイオリン・リサイタル」(7月1日、浜離宮朝日ホール)
 その演奏はおおらかで素直、スケールが大きい。テクニックは安定しており、音色はやわらかく美しい。聴く者を大きな世界で包容する。
 タルティーニのヴァイオリン・ソナタ「悪魔のトリル」は難所であるアレグロアッサイ中間部の高音でトリルしながら低音で旋律を弾く部分や、超絶技巧を要するカデンツァの1000以上というトリルも完璧だった。
 ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第8番も作品の雰囲気に合う軽快さと柔らかさがあった。惜しむらくは今井正のピアノがややきつく、青木尚佳の伸びやかな音楽とマッチしていないように感じられたことだったが、幸いシマノフスキの「ノクターンとタランテラ」は二人の息がぴったりと合っていた。青木尚佳のヴァイオリンは凄味があった。妖艶であり、祝祭的。この作品の理想的な演奏と思わせた。
 サン=サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番はこの日の白眉。完璧な技巧、美しくどこまでも伸びやかで、ヴァイオリンが天に向かって羽ばたいていくような気がした。第2楽章は今井のピアノに夢見るようなロマンティックな表情がほしかったが、後で聞いた話では今井はリサイタル直前に腰を痛め、鎮痛剤を打ちながらの出演だったと言う。体調が万全でなかったのは気の毒だった。
 しかし第4楽章でヴァイオリンとピアノが丁々発止にやりあうところでは今井もヴィルトゥオーソ的な演奏で存在感を示した。二人とも白熱した演奏だったが、音楽に崩れはなく爽快なコーダはブラヴォを呼んだ。
 アンコールは3曲、ラヴェルの「ハバネラ形式の小品」、クライスラーの「愛の喜び」そしてドビュッシーの「美しき夕暮れ」。ドビュッシーの最後の弱音が消えていき場内が長い静寂に包まれた時は胸が熱くなった。
 青木尚佳はロン=ティボー=クレスパン国際コンクール第2位、中国国際ヴァイオリンコンクール第2位の将来を嘱望される若手ヴァイオリニストだが、ひとつだけ注文があるとすれば、その音楽にコクと味わい、甘さと辛さ、重量感など、聴き手が身体で実感できるようなものが加わったらまさに鬼に金棒だろう。それらは演奏を重ねるうちに徐々に身に付いてくるものではないだろうか。
 おりしもチャイコフスキーコンクール優勝者発表のニュースが流れる中、日本に青木尚佳というヴァイオリニストが存在することが誇らしく思えるような素晴らしいリサイタルだった。(長谷川 京介)
写真:(c)井村重人

Classic CONCERT Review【室内楽(チェロ)】

「ミハル・カニュカ ベートーヴェン:チェロ・ソナタ全曲演奏会」(7月6日、武蔵野市民文化会館小ホール)
 ミハル・カニュカのチェロはフランスのクリスチャン・パヨン2006年製、弓は同じフランスのニコル・デュシュリュー2000年製。明るい楽器の響きと穏やかでユーモアにあふれたカニュカの人間性が一体になった温かみのあるリサイタルだった。
 三輪郁のピアノは生き生きとした滑らかな動きがあり、長年ウィーンを拠点として活動してきた彼女のベートーヴェンへの深い理解と共感を感じる演奏だった。二人は緊密に対話を交わしながら、スムーズな流れを作っていく。
 5曲は番号順に演奏された。第1番と第2番の間にベートーヴェン自らが編曲したホルン・ソナタのチェロ版を挟み、第3番の前後に休憩を置いた。最後に第4番と第5番。全曲を一夜に弾くきついプログラムなので、提示部を含めた繰り返しは無かった。アンコールは「魔笛の主題による7つの変奏曲」からアダージョ。午後7時に始まったコンサートの終演は9時45分になった。
 個々の演奏だが、第1番は作風通り軽やか、第2番の序奏は打って変わって深刻な表情があった。第3番はカニュカと三輪の対話の密度が濃く、第3楽章の喜びに満ちた第1主題の表情も生き生きとしていた。第5番の第2楽章アダージョ・コン・モルト・センティメント・ダフェットはもっと情感を込めて天国的に演奏してほしかったが、第3楽章フーガの鮮やかな演奏は素晴らしかった。
 ミハル・カニュカの明るく生きる喜びに満ちたチェロと三輪郁の流麗なピアノは相性が良く、室内楽の楽しさと音楽の喜びを存分に味あわせてくれた。(長谷川 京介)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「ハーディング 新日本フィル マーラー《復活》」(7月11日、すみだトリフォニーホール)
 ハーディングらしいドライでクール、個性的な独特のマーラーだった。フォルティシモに熱狂はなく醒めており、ピアニシモは繊細この上ない。極めてダイナミックでありながら細やかな表情が終始保たれている。全体がクリアで切れ味があり、見通しがよい。
 第1楽章冒頭のコントラバスの荒々しさの強調はその先への期待を持たせる。第2楽章はやや速めのテンポで、フレーズの伸び縮みが強調され、舞踏会のような優雅なワルツは皮肉たっぷりに描かれる。第3楽章スケルツォは切れ味が良く、細やかな表情の中にシニカルな笑いを感じる。
 一方第4楽章の「原光」は、アルトのクリスティアーネ・ストーティンの深々とした歌唱により厳粛な雰囲気が出る。そして第5楽章は合唱が始まるまで、嵐のような激しい世界が続く。オルガンも加わった最後のクライマックスでもハーディングは冷静で、新日本フィルと栗友会合唱団、ソリストから熱い演奏を引き出す。オーケストラと合唱を思いのままに操るハーディングはやはり一流の指揮者だと思う。
 過去の巨匠たちの後を追うことはしないハーディングが、諧謔的な味わいを加えながら、壮大な叙事詩のようなマーラーを聴かせることで存在感を示したのではないかと思った。
 新日本フィルは健闘。第1楽章展開部最後の大音量は馬力のない車がエンジンをふかしすぎエンストを起こす寸前のようだったが、クラリネット、Esクラリネット、フルート、ピッコロ、オーボエ、イングリッシュホルンの木管群はベストの演奏を聴かせた。金管はトロンボーンのソロが素晴らしく、演奏後ハーディングは自ら奏者のもとに向かい立たせていた。
 第4楽章「原光」では、アルトの歌唱の後に出るトランペットの二重奏に安定感がなく、ホルンは健闘したが、わずかに正確さを欠いていた。弦はコントラバスが刻むリズムが正確で音楽を支えていた。栗友会合唱団はよくまとまり素晴らしかった。欲を言えばより立体的な響きが加わったら最高のコーラスと言えるだろう。
(長谷川 京介)
写真:(c)Harald Hoffmann

Classic CONCERT Review【オーケストラ(協奏曲)】

「アンサンブル・ウィーン=ベルリン&新日本フィル オール・モーツァルト・コンチェルト・プログラム」(7月13日、すみだトリフォニーホール)
 2014年、新メンバーで設立されたアンサンブル・ウィーン=ベルリン。今回の来日公演ではオーボエのジョナサン・ケリー(ベルリン・フィル首席)の代わりに、クレメンス・ホラーク(ウィーン・フィル首席)が出演した。指揮はハンスイェルク・シェレンベルガー。
 1曲目のファゴット協奏曲はリヒャルト・ガラー(ウィーン交響楽団首席)。第1楽章展開部の見事さ、第2楽章の旋律美と温かな音色、そして両楽章の自由に羽ばたくようなカデンツァという素晴らしい演奏。
 次のオーボエ協奏曲でホラークはリードの状態が本調子でなかったのか、譜面がめくれてしまったハプニングのためか、すこし精細を欠いたが、それでもウィンナ・オーボエの独特の音と確実なテクニックはよく伝わってきた。
 前半最後はホルン協奏曲第4番。シュテファン・ドール(ベルリン・フィル首席)の音は少し前に聴いたラデク・バボラークに較べると重さと渋みを感じさせる。豪快で楽天的な演奏は会場を沸かせた。
 後半のフルート協奏曲第1番は、カール=ハインツ・シュッツ(ウィーン・フィル首席)。華麗な響きと完璧なテクニックに加え、ステージ映えする姿は女性ファンからの拍手も多かった。楽章を進むにつれて乗りが良くなっていった。
 最後に登場したアンドレアス・オッテンザマー(ベルリン・フィル首席)によるクラリネット協奏曲は、完璧なテクニックと、自由自在に動くフレーズが現代的なモーツァルトを感じさせたが、第2楽章アダージョ再現部で聴かせた天国的な静謐さには感動した。これを聴けただけでもコンサートに来た甲斐があった。
 アンコールは5人が登場、ブラームスのスラヴ舞曲第15番が演奏されたが、アンサンブル・ウィーン=ベルリンとしての魅力が全開だった。
(長谷川 京介)
撮影者:三浦興一  写真提供:すみだトリフォニーホール

Classic CONCERT Review【ヴァイオリン】

「グラーフ・ムルジャ 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル」(7月17日、武蔵野市民文化会館小ホール)
 1994年チャイコフスキー国際3位(1位なし、2位にアナスタシア・チェボタリョーワ)、1996年ロン=ティボー国際3位(1位は樫本大進)のキャリアを持つグラーフ・ムルジャによるパガニーニの「24のカプリース」全曲。
 第12番までの前半は真面目な演奏で、確実なテクニックを見せる。第4番の32分音符、二重音三重音も完璧。第5番のスタッカート、第6番のトレモロなども見事だが、全体として「華」がない。
 ところが、後半に入ると音楽に勢いと流れの良さが出る。ムルジャは肩の力が抜けたようにリラックスし、クリクリとした目を大きく見開きながら弾くと音楽も表情豊かになる。
 第13番の下降する三度の重音、第16番の16分音符の無窮動、第19番のG線だけの激しい動き、最高の聴かせどころ第24番の華やかな技巧など、エンタテインメント性も出ていた。ムルジャは譜面を見ながらの演奏だったが、自信のある曲は暗譜で弾いた。
 サイン会で聞いたら、この曲をステージに乗せるのは36回目とのこと。世界記録ではないかと聞くと、上には上があり、72回目を成し遂げ、さらに続けているヴィクトル・ピカイゼン(1933年〜)がいると言う。使用ヴァイオリンは1707年イタリア、ミラノの「ジョヴァンニ・グランシーノ」だと教えてくれた。
 コンサート後、友人から2011年3月11日の東日本大震災で多くのアーティストがキャンセルするなか、ムルジャは約束通り来日したことを聞いた。アンコールのJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番「アダージョ」はパガニーニの圧倒的な演奏に較べると印象は薄かったが、ムルジャの誠実な人間性を知っていたら受け止め方も違ったかもしれない。(長谷川 京介)

Classic CONCERT Review【ピアノ】

「佐野主聞ピアノ・リサイタル」(7月24日、カワイ表参道 コンサートサロンパウゼ)
 2年間のイスラエル留学から帰国した佐野主聞(さのしもん)のリサイタル。現地では巨匠メナヘム・プレスラーにも気に入られ、来年4月からインディアナ大学に留学する。プレスラーが押すだけあって、みずみずしく爽やかな音楽性がある。
 ハイドンのソナタ第56番第1楽章では本人のプログラム解説通り「心に響く休符や音の間」が生命力を生み出し、副主題の下行音型のタッチが清冽で美しい。
 ブラームスの「3つの間奏曲」は第2番冒頭のアルペッジョ主題の哀愁と第3番冒頭のユニゾン主題の不気味さは作品にふさわしいものがあったが、全体的には表現すべき課題が多すぎ未消化の印象があった。
ショパン「舟歌」はブラームスと違って佐野の自信と余裕が感じられた。第2主題とコーダの鮮烈さが聴く者の胸に迫ってきた。
 後半のショパンのソナタ第3番は、技巧的で大げさな表現をするピアニストが多い中、佐野はそちらをとらず、曲の内面に向かっていく。第3楽章ラルゴは冗長にならず、深みがあった。
 アンコールはプログラムの短さを補うかのように7曲も披露された。
 バッハ:平均律クラヴィーア曲集から第1巻第22番BWV867、ショパン:ノクターン変ニ長調op.27-2、ショパン:仔犬のワルツ(編曲:佐野主聞)、ラフマニノフ:プレリュードop.23-4ニ長調、カプスーチン:24の前奏曲から第23番、9番、17番。編曲が大好きという佐野の「仔犬のワルツ」のユーモアとジャズを思わせるカプスーチンの3曲は楽しかった。
 佐野は日本にいる間に第9回「浜松国際ピアノコンクール」に挑むという。技巧ではなく音楽性で勝負するピアニストだと思うが、その真価が認められることを祈りたい。(長谷川 京介)