2014年5月 

  

Classic CD Review【管弦楽曲】

「ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》、パストラール、ストコフスキー:J.S.バッハ・トランスクリプションズ|トッカータとフーガ ニ短調 BWV565、フーガ ト短調 BWV578《小フーガ》、パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582/ヤニック・ネゼ=セガン指揮、フィラデルフィア管弦楽団」 (ユニバーサル ミュージック、ドイツ・グラモフォン/UCCG-1652)
 ストコフスキー・ファンにとっては嬉しい1枚だろう。ネゼ=セガンは音楽監督就任後初めてのCDで、フィラデルフィア管とは切っても切れない縁があるストコフスキーをとりあげた。先ずはストコフスキーがアメリカ初演した「春の祭典」、そしてストコフスキーと言えば必ず出てくる、バッハの「トッカータとフーガ」ニ短調、他2曲のバッハ・トランスクリプションズを持ってきたことで、フィラデルフィア管の大先輩にご挨拶申し上げたのだろう。特にストコフスキー好きのオールド・ファンは、SP時代から聴いていたあのストコフスキー・サウンドによる華麗な演奏をも含め、懐かしい気持ちになるのではなかろうか。ネゼ=セガンは「春の祭典」に関して、矢張りストコフスキーの豪華絢爛な音作りを目指したのだろう、自信に溢れた幅のある美しい音からそれは十分推測できる。そして後半のバッハでは、筆者の手元にあるストコフスキーが1947年録音の「トッカータとフーガ」ニ短調と1950年録音の「小フーガ」ト短調(ともにデジタル化されたCDで演奏者名はLeopold Stokowski and his Symphony Orchestra)の演奏を20年振りに聴いてみた。ここではネゼ=セガンが如何にしてストコフスキーの演奏を再現することに重きを置いたかが理解できる。(廣兼 正明)

Classic CD Review【協奏曲(ピアノ)】

「ブラームス:ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 Op.83/マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)、クリスティアン・ティーレマン指揮、シュターツカペレ・ドレスデン」(ユニバーサル ミュージック、ドイツ・グラモフォン/UCCG-1651)
 ポリーニ3枚目のブラームス:ピアノ協奏曲第2番である。2011年の暮れ近くに発売された、ポリーニの今回と同じティーレマン、シュターツカペレ・ドレスデンの組み合わせによる第1番の名演を思い浮かべ聴いてみた。ポリーニの円熟度は歳を経るに従って益々高まってくる。すでに老境の世界に入っているのだが、まったく老いを感じさせない。そしてオーケストラとの和合の上手さは絶品で、まさに解け込むという言い方がぴったりする。第1番を聴いたときにも感じたことだが、ソロを際だって目立たせることはない。言い方を変えるならば、ピアノはオケの一楽器としてあるもので、オケとうまく混ざり合って初めて最高の効果が現れる、特にブラームスの協奏曲にはそのような特性が感じられる。そして今回驚いたのは、ティーレマンの作り出す音楽の素晴らしさだった。特に第1楽章のピアノのカデンツァの後、オーケストラだけの部分に於けるティーレマンの作り出す情緒豊かな音楽性は聴きものだ。それにしてもこのソロと指揮者の相性の良さは格別である。ポリーニの名盤がここに又誕生したことを喜びたい。 (廣兼 正明)

Classic CD Review【協奏曲(ピアノ)他】

限定盤

通常CD

「ユンディ・リ/ベートーヴェン:《皇帝》、シューマン:幻想曲/ユンディ・リ(ピアノ)、ダニエル・ハーディング指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」(ユニバーサル ミュージック、ドイツ・グラモフォン/UCCG-1650)
 中国出身ピアニストの活躍がこのところ話題になっているが、その中で現在いろいろな面から最も人気が高いのがユンディ・リである。2000年に中国人として初めてショパン・コンクールでのグランプリをとって以来、リスト、モーツァルトを初め、プロコフィエフ、ラヴェルの協奏曲もレパートリーに加え、いよいよベートーヴェンの3大ソナタの収録を経て2014年1月、2月にかけて今回のピアノ協奏曲、それも《皇帝》とシューマンの《幻想曲》に挑んだのだ。そして何と《皇帝》ではダニエル・ハーディングとベルリン・フィルというユンディにとっては願ってもない最高のサポート陣との協演となった。案の定ユンディの演奏は非常に大きく、堂々とした皇帝らしい演奏だった。両端の雄大な楽章に挟まれた第2楽章の優雅な演奏は両楽章に対して絶妙なバランスがとれており見事である。
 シューマンの幻想曲ではユンディのこの曲に対する感情移入が素晴らしい。特に第3楽章では彼の想いが曲を美しく昇華させた。ラン・ラン、ユジャ・ワンとともに、世界で活躍するユンディの将来が楽しみである。今回のユンディ・リのCDは2通りあり、限定盤にはDVDが添付されており、《皇帝》の練習風景を視ることが出来る。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ピアノ)】

「小菅優/ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集第3巻「自然」 /小菅優(ピアノ)」 (ソニー・ミュージックエンターテインメント、RCA SICC-10211~2〈2枚組〉)
 小菅優のベートーヴェン・ピアノ・ソナタ・チクルスの第3弾は第15番ニ長調 作品28「田園」、第25番ト長調 作品79、第21番ハ長調作品53「ワルトシュタイン」(以上CD1)、第19番ト短調 作品49-1、第20番ト長調 作品49-2、第4番変ホ長調 作品7、第26番変ホ長調 作品81a「告別」(以上CD2)の7曲である。彼女のデビュー時には、素晴らしいテクニックを持った若いピアニストと言うだけの印象しかなかったが、2012年のカメラータ・ザルツブルクとのモーツァルト後期8曲をすべて聴いたときには、そこに大きな成長の跡を感じたことを思い出す。今回リリースされたCDは、彼女がベートーヴェンのソナタ全曲演奏という一つの大きな目標に向かって、次第に上り調子になってきたということであろう。すでに第1巻「出発」、第2巻「愛」と聴いてみたが、今回はその時より深みのある演奏で楽しませてくれた。残る11曲 を期待して待ちたい。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(オーボエ)】

「若尾圭介inパリ〜フランス・オーボエ作品集〜/若尾圭介(オーボエ)、広瀬悦子(ピアノ)、マルク・トレネル(ファゴット)」 (ワーナーミュージック・ジャパン、ワーナー・クラシックス WPCS-12677)
 ボストン交響楽団のオーボエ奏者、若尾圭介が、フランスの作曲家であるサン=サーンス、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル、プーランクたちが残した曲をオリジナルであるプーランクの2曲の室内楽はそのままの形で、その他の5曲はオーボエ・ソロ用にアレンジしてパリのエスプリ溢れる洒落た1枚のCDを作り上げた。これはフランス音楽を得意としているボストン交響楽団で24年も務めた若尾だからこそ出来た企画であり、また演奏である。若尾の音色には強さと柔らかさが同居しており、歌う部分では艶があり美しい歌となる。特にパリを本拠地として活躍するオーボイストのデイヴィッド・ワルターがアレンジしたラヴェルの「ソナチネ」と最後に収録されているプーランクの「オーボエ、ファゴット、ピアノのためのトリオ」は若尾の神髄が発揮された名演と言える。そして最後のトリオでの洒落たリズムと歌い方はフランス音楽を我が物にした若尾の真骨頂とも言える演奏ではないだろうか。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ホルン)】

「ラウダーツィオ(讃美)クロール:賛美、ミサ・ムータ、J.S.バッハ:主よ人の望みの喜びよ、フィンガー:ピッコロ・ホルンとオーケストラのための協奏曲よりアダージョ、ドープラ:スコットランドの歌による変奏曲、ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ/水野信行(ホルン、ピッコロ・ホルン)、吉野直子(ハープ)、室住素子(オルガン)」(ユニバーサル ミュージック・ジャパン、N&F MF27001)
 今回はピアノ以外に、珍しくオーボエとホルンのソロCD2枚がリリースされた。それが共に日本人が演奏したもので、日本の管楽器奏者も世界で立派に活躍する時代になったことを、これらのCDが立証している。今回N&FからCDを出した水野信行は高校時代からホルンを学び始め、1970年からドイツに留学、ホルンの名手ペーター・ダムに師事、1980年から2003年までバンベルク交響楽団の首席ホルン奏者を勤め上げた逸材の先駆者である。水野は師から多くのことを教えられたが、その中で大切な二つことがあると言う。一つは自然ななだらかなフレーズを作って歌うことと、二つ目はホルンを金管楽器的と思わず、他のいろいろな歌、木管、弦楽器、ピアノなどと一緒に演奏出来るオールラウンドな楽器でありたい、と言うことである。 筆者がこのCDを聴いて先ず驚いたのは、発音の素晴らしさ、そして歌が満ちあふれていることだった。日本人離れした魅力ある音色、タンギング技術に長けていること、美しいフレージング、最後に入っているラヴェルの「パヴァーヌ」の幻想的とも言える美しさ等々、室住素子のオルガン、吉野直子のハープが水野の作りだした音楽に華を添えている。録音が素晴らしいこともこのCDの長所の一つであろう。 (廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【リサイタル(ピアノ)】

「エリソ・ヴィルサラーゼ ピアノ・リサイタル」 2月3日 すみだトリフォニーホール
  それにしても寒い夜だった。雨だか雪だかわからないものがパラパラと降り注ぎ、マフラーをしていても隙間から冷気が首筋を刺す。しかしピアノの音はとことん柔らかく暖かだった。しかも一つ一つの音がしっかり立っている。エリソ・ヴィルサラーゼは1942年グルジア生まれ。70年に初来日し、今回は6度目の来訪とのことだ。プログラムはモーツァルト《ドゥゼードの「ジュリ」》の「リゾンは眠った」による9つの変奏曲 ハ長調 K264 (315d) に始まり、続いてブラームス「ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調 作品1」へ。もちろん譜面に従って弾いているのだろうが、僕は偉大な作曲家のスコアを用いて、エリソ本人が自分自身の歌をピアノで紡いでいるような印象を受けた。気持ちいい、面白いと感じているうちに、いつの間にか終演時間を迎えてしまったという感じなのだ。(原田 和典)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「日本フィルハーモニー交響楽団 第658回東京定期演奏会」 3月15日 サントリーホール
  大雪の後、ようやく春らしい風が吹き始めた3月15日、サントリーホールは割れんばかりの拍手で満たされた。プログラム前半は、スクリャーピンのピアノ協奏曲作品20で、浜野与志男のピアノは、指揮者ラザレフへの尊敬を込めた丹精な演奏。休憩後、ショスタコーヴィチの交響曲第7番ハ長調作品60〈レニングラード〉では、首席指揮者アレクサンドル・ラザレフの本領が発揮された。1941年ナチスドイツ軍に包囲されたレニングラードに生まれ育ったショスタコーヴィチが、その精神的昂揚の中で書き上げた作品である。遠くから(pppで)小太鼓の行進風リズムが響いて来る。それは徐々に増幅して反復と変奏へ導く。第3楽章では〈生の歓びと自然への畏敬〉が表現される。第4楽章は低弦のうごめくような弱音の世界が厳しい緊張感と共に戦闘的な爆発へと発展する。広大なロシアの自然と人々の営みが、あたかも目の前に再現されたような昂揚感が会場に拡がった。2011年の大震災から3年を迎えた日本に力強いメッセージを届けてくれたような演奏であった.(斎藤 好司)

Classic CONCERT Review【バロック音楽(室内合奏団)】

「古典音楽協会室内合奏団 第149回定期演奏会《イタリアとドイツの名曲協演》」 3月27日 東京文化会館小ホール
  桜の花が咲き始めた3月27日、温かい音色で知られる古典音楽協会の演奏会があった。昨年60周年を迎えたばかりで、長い伝統を築いて来た。古典と言えば、古楽器による演奏が日本でも一時ブームになったが、すでにストラデバリが輝かしい音を求めて制作していたように、理想の音を描いて、昔に返るのではなく、当時の作曲家達が求めていた「音」を追求してきたこの団の姿勢に賛同したい。編成は基本が13名で古楽器Cemb1名に、現代の楽器Ⅰvn4名,ⅡVn3名、Va2名、Vc2名。DB1名に、Solo Ob1名、Solo Rec1名が加わった室内楽である。曲目はコレッリの「合奏協奏曲」、ヴィヴァルデイの「リコーダー協奏曲」Rec片岡正美、同「ヴァイオリン協奏曲」Vn山元操、J,S,バッハ「チェンバロ協奏曲」Cem佐藤征子、テレマン「オーボエ協奏曲」Ob石橋雅一で、一番聴きごたえがあったのは、ヘンデルの「合奏協奏曲」Vn角道徹・新谷絵美・Vc重松正昭であった。来年は東京文化会館が全館改修で暫くお休みになるので、また3月27日に開催されるのを期待したい。(斎藤 好司)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「メキシコ音楽の祭典─ オーケストラ・コンサート ─」3月30日 東京オペラシティ・コンサートホール
  これは嬉しい企画だ。「メキシコのクラシック音楽」をライヴでお届けしようというプログラム。いったいどんな音響に出会えるのかと、わくわくしながら会場に向かった。28日は室内楽に的を絞っていたが、この30日はオーケストラによる演奏がたっぷり。指揮はホセ・アレアン、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団が担当し、フィーチャリング・ソリストにアドリアン・ユストゥス(ヴァイオリン)、ゴンサロ・グティエレス(ピアノ)が迎えられた。ポピュラー界で大流行した「エストレジータ」(「エストレリータ」という表記もある)の作者でもあるポンセが書いた「ヴァイオリン協奏曲」(「エストレジータ」の一節が何度も挿入される)における矢継ぎ早の展開、チャベス作曲の日本初演「ピアノ協奏曲」の、密林の中を分け入っていくような音のスリル。同じメキシコ出身だから、というわけではないが、僕が真っ先に思い浮かべたのはスタン・ケントン楽団などにスコアを提供したジョニー・リチャーズのサウンド作りだ。やったらめったらスケールが大きく、リズムが利いていて、どぎつくなる寸前までメリハリを強めた響きの数々に体が自然と動き出した。(原田 和典)