2014年4月 

  

Classic CD Review【交響曲、管弦楽曲】

「マーラー:交響曲「大地の歌」、ブゾーニ:悲歌的子守歌 作品42/デイヴィッド・ジンマン指揮、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団、スーザン・グラハム(メッゾ・ソプラノ)、クリスティアン・エルスナー(テノール)」 (ソニー・ミュージックエンターテインメント、RCA SICC-10210)
 3年4ヶ月振りのリリースでジンマン/チューリヒ・トーンハレによる11曲のマーラー交響曲全集が完結した。収録年で見ると、ナンバーの付いている交響曲10曲は2006年から2010年の5年余を費やし録音されたが、2012年録音の「大地の歌」は約7年間の総決算として、ジンマン自身がマーラーの代表作として挙げており、このコンビ最後を飾るに相応しい曲と考えていたのだろう。ジンマンによるとマーラーは人が人生を終える時に、哀しみだけではなく喜びも平等に思い出すであろう、そして「大地の歌」に於いてはそれが取り上げられていると言っている。約30分近く続く終楽章「告別」は、暗さに満ちたオーボエのメロディで始まるが、色々な想い出を経て、最後には明るく希望に満ちた「花が咲き新緑が覆う大地の春」という内容の詩をメッゾ・ソプラノに歌わせて曲を終える。ジンマンは確固たる信念をもった彼なりの解釈でマーラー交響曲チクルス録音を完成した。CDを聴くと、いつになくチューリヒ・トーンハレの音が生き生きとしているように聞こえるのはこのコンビにとって最後のマーラー録音だったからかも知れない。
 尚、余白にカプリングされているブゾーニの悲歌的子守歌は[母親の棺に寄せる男の子守歌]の副題通り、父親の死後数ヶ月後に亡くなった母親への追悼作品である。深い悲しみを感じさせる静謐な曲であり、「大地の歌」とのカプリングに最適な感じがする。 (廣兼 正明)

Classic CD Review【管弦楽曲】

「レスピーギ:「ブラジルの印象」、バレエ音楽「風変わりな店」 / ジョン・ネシュリング指揮、リエージュ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団」(キングインターナショナル、BIS SA-2050)
 2013年4月にベルギーのリエージュで録音され、レスピーギの2つのオーケストラ曲をカプリングしたこのCDはイタリアの作曲家の作品を、ブラジル生まれの指揮者が、ベルギーのオーケストラと組んで録音されたものだが、不思議なほど違和感を感じない。というよりも実に暖かい雰囲気を持った演奏と言える。最初幻想的なムードから始まる「ブラジルの印象」は、レスピーギが1927年夏に自作を指揮するためにブラジルのサンパウロに滞在したときの印象を、ブラジルのテーマとリズムを取り入れて「熱帯の夜」、「ブタンタン」、「歌と踊り」の3曲にまとめたもので、ブラジルでのプレミエで大成功を収めている。そして後半の「風変わりな店」はレスピーギがディアギレフのロシア・バレエ団からの依頼で、ロッシーニの小品集「老年のいたずら」からレスピーギらしい8曲の機知に富んだ作品を見事に作り上げている。そしてネシュリングの棒捌きは最初の曲でブラジルのムードを横溢させ、後半は原曲ロッシーニ独特の楽しさを盛り上げ、楽しいバレエの世界へと誘ってくれた。筆者も今まで聴く機会のなかったリエージュ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団だが、このCDで、さすがベルギー最高のオーケストラであることを納得させてくれた。(廣兼 正明)

Classic CD Review【協奏曲(ピアノ)】

「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集② 第2番&第4番 / レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ/指揮)、マーラー・チェンバー・オーケストラ」(ソニー・ミュージック、ソニー・クラシカル/SICC-30152)
 ノールウェイ生まれでファンから大きな期待を集めているアンスネスのベートーヴェン協奏曲全集プロジェクト第2集(第2番と第4番)がリリースされる。第1集(第1番と第3番)を聴いたのが1年半前だったが、その時これ程までに美しい音色でベートーヴェンを弾くピアニストには、始めてお目にかかったかのような気がしたのを覚えている。彼の粒の揃った美しいタッチによるスケールとトリル、オケと一体となった寸分の隙もない完璧なアンサンブル、それに加えてアンスネスの演奏は音楽性に富んでおり、オーケストラに対してはフレーズの一つ一つの音に対して細心の注意を払って表現するように求めている。このほかにどうしても外せないのが、アンスネスとマーラー・チェンバー・オーケストラ(MCO)の相性の良さであろう。MCOなくしてはこの見事な演奏は成り立たないと言っても決して過言ではない。ノン・ヴィブラートのピリオド奏法によるMCOの伴奏は、このオケの質の高さを証明するとともに、アンスネスの考えているベートーヴェンの演奏を実現するための最高のオーケストラと言えるだろう。そして今年の来日では4月6日の兵庫県立文化センターを始めとし、8日に武蔵野市民会館、9日に東京オペラシティ・コンサートホールでリサイタルが行われる。(廣兼 正明)

Classic CD Review【室内楽曲(弦楽三重奏)】

「ベートーヴェン:弦楽三重奏曲第1番 変ホ長調 Op.3、セレナード ニ長調 Op.8 / トリオ・ツィンマーマン 〈フランク・ペーター・ツィンマーマン(Vn)、アントワーヌ・タメスティ(Va)、クリスチャン・ポルテラ(Vc)〉」(キングインターナショナル、BIS SA-2087)
 常設の弦楽三重奏団トリオ・ツィンマーマンが待たれていたベートーヴェン初期の室内楽作品、弦楽三重奏曲全5曲を今回の新譜で完成した。このトリオの素晴らしさは何と言っても3人の卓越した技術と音楽性に裏打ちされたアンサンブルの見事さである。弦楽三重奏曲の難しさは3本の弦楽器だけで十分に厚みのある音楽を作り出す事にある。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの各々が、同等に響かなければならない。当然のことだが一人一人がソリストであり、全員がその曲に対してはフレージングもアーティキュレーションも同様な表現力を持っていなければならない。この条件が揃って始めて素晴らしい弦楽三重奏曲が完成するのである。今回の弦楽三重奏曲第1番 作品3と、有名なセレナード 作品8も若いベートーヴェンの音楽を完璧とも言える演奏で十二分に楽しませてくれる。室内楽ファンにとってもこれは嬉しい贈り物である。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ヴァイオリン、ピアノ)】

「ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集/樫本大進(ヴァイオリン)、コンスタンチン・リフシッツ(ピアノ)」 (ワーナーミュージック・ジャパン、ワーナー・クラシックス WPZS-30026~30〈4CD+1DVD〉)
 この全集は当初3集に分けて発売されたのだが、東芝の音楽部門撤退から端を発した世界4大レコード会社の一つであったEMIミュージックのその後の衰退によるレーベル移動が重なり、第1集のEMI、第2集のユニバーサル(レーベルはEMIのまま)、第3集のワーナーミュージック(レーベルはワーナー)と3社に分かれての発売となった経緯がある。そして今回の全集は新しい権利者のワーナーミュージックに落ち着いた訳である。さてこの全集だが、最初に第1集として発売された作品30「アレキサンダー」と呼ばれている3曲、そして第3集の「スプリング」に引きつけられる。その後出た第2集の「クロイツェル」の序奏ではピアノの解釈がどうしてもピンと来ないのが惜しい。しかし4枚のCDを聴くと樫本の完成した音楽が如何に素晴らしいかが解る。尚、ボーナスDVDには2013年1月29日に行われたサントリーホールでの第4番のライヴが収録されている。(廣兼 正明)

Classic CD Review【声楽曲(バロック・オペラ/カウンターテナー)】

「フィリップ・ジャルスキー/ポルポラによるファリネッリのためのアリア集/フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)、チェチーリア・バルトリ(メゾ・ソプラノ)、アンドレア・マルコン指揮、ヴェニス・バロック・オーケストラ」(ワーナーミュージック・ジャパン、エラート WPCS-12639)
 このところ大評判のカウンターテナー、フィリップ・ジャルスキーの来日記念盤、18世紀のナポリ楽派の作曲家ニコラ・ポルポラ(1686-1768)が、当時大スターであったカストラートのファリネッリのために書いたオペラのアリア集である。それにしても現代最高のカウンターテナー、ジャルスキーのコロラテューラの凄さにには舌を巻く。 技巧に裏打ちされた力強い歌唱は男性の独壇場であろう。現代のファリネッリであるジャルスキーが如何に素晴らしいかを知るためには、緩と急二通りの歌唱を聴いてみる必要があろう。2曲目の歌劇『身分の明かされたセミラーミデ』の「かくも慈悲深くあなたの唇が」(緩) と3曲目の『アッシリアの女王セミラーミデ』からの「荒れ狂う嵐の中の船のように」(急)を聴いていただきたい。そして特別ゲストとして歌っている大物メッゾ・ソプラノのチェチーリア・バルトリとの共演場面も4曲目の『ポリフェーモ』の「穏やかなそよ風よ」と6曲目の『ミトリダーテ』より「私が感じているこの喜び」の2曲で興味深く聴くことが出来る。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【室内楽(弦楽四重奏)】

「ワンダフルoneアワー 第8回 ウェールズ弦楽四重奏団」 3月7日 富ヶ谷・Hakuju Hall
  ウェールズ弦楽四重奏団は2006年に結成されたグループ。ミュンヘンARD国際音楽コンクールに入賞し(日本人としては38年ぶり)、09年に正式なデビュー公演を行なった。この日のプログラムはハイドン:弦楽四重奏曲 第75番 ト長調 op.76-1 「エルデーディ四重奏曲 第1番」 、ウェーベルン:弦楽四重奏のための6つのバガデル op.9 、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第16番 ヘ長調 op.135 。2ヴァイオリン、1ヴィオラ、1チェロが、まるでひとつの楽器のような響きで迫ってくるアンサンブルの妙をハイドン曲でアピールし、ウェーベルン曲では自由奔放に弦をかき鳴らし、ラストのベートーヴェン曲(彼が完成させた最後の弦楽四重奏曲)ではメロディを歌いあげるようにプレイした。各楽器の均整のとれたコンビネーションは、クラシック・ファン以外の層にも必ずや快く響くはずだ。(原田 和典)