2014年1月 

  

Classic CD Review【室内楽曲(弦楽六重奏曲)】

「ブラームス:弦楽六重奏曲 第1番 変ロ長調Op.18、弦楽六重奏曲 第2番 ト長調Op.36/プラジャーク四重奏団、ペトル・ホルマン(VaⅡ),ウラディミール・フォルティン(VcⅡ)」(キングインターナショナル、Praga Digitals、PRDDSD-250297)
 チェコ楽壇の精鋭たちによるブラームスの弦楽六重奏曲の全集である。弦の国の奏者なので完全に安心して聴ける。昔ルイ・マル監督の「恋人たち」の主題曲として一躍有名になったこの美しいメロディは、いつ聴いても身につまされる魅力を湛えており、一度聴いたら決して忘れられない。さて今回のレコーディングは2013年6月にスタジオ録音された最新盤である。少し速めのテンポで始まるが、ブラームスの曲は何と言ってもいぶし銀の音色を持つチェコの弦がぴったりである。ブラームスの室内楽はそのどれもが美しいが、弦楽六重奏曲になるとその音の厚さに身も心も捕らわれてしまう。特に第1番は圧倒的な魅力を持っており、特に有名な第2楽章の恋人の主題でのむせび泣く第1ヴィオラの聴かせどころではヴィオラ冥利に尽きるとも言えよう。この第2楽章第4変奏のD-durで第1ヴィオラがG線で弾き始める箇所など、ブラームス・ファンならずとも泣けてくる。(廣兼 正明)

Classic CD Review【室内楽曲(弦楽四重奏曲)】

「ハイドン(ホフシュテッター作):弦楽四重奏曲第17番《セレナード》、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第4番&第16番/バリリ四重奏団」(ユニバーサル ミュージック、TBS ヴィンテージ クラシックス TYGE-60010)
 又々懐かしい演奏がTBS VINTAGE CLASSICSからリリースされた。1957に初の来日公演が実現し小ウィーン・フィルとして多くの室内楽ファンを楽しませた呉れたバリリ四重奏団もその後リーダー、ワルター・バリリが右腕関節麻痺に罹り、来日もこの時の一度限りで終止符を打つことになったのは心から残念であった。筆者は確かサンケイホールで彼らのシューベルト、a-moll《ロザムンデ》を聴いたのだが、まるで神様の演奏のような気がして、その後この曲の第1楽章でバリリが弾いたもの悲しいa-mollのモティーフは今のこの時まで頭の片隅に残っている。さて、本来に戻って、このCDに収録されているハイドンのセレナード(現在はハイドンより10歳上のロマン・ホフシュテッターの作品であることが判明している)は譜面づらは簡単だが、これを音楽的に演奏するのは可成り難しいとも言える。しかし、これが一旦彼らにかかると、途端にウィーン・フィルの音に化身してしまう。特に第2楽章の美しさは絶品である。ここでバリリは嫌みの無いポルタメントを駆使して、これ以上ない美しさを表現する。次のベートーヴェンOp.135ではそれ程に速くないテンポで見事な構成美を繰り広げる。そしてかの有名な終楽章でのテンポと感情の移入の素晴らしさは如何にも彼等らしい。最後に演奏されている第4番は初期唯一の短調による名曲であり、バリリの憂いを込めた彼らしい出だしが最高のムードを醸し出す。最後に当時たった14歳だった宗倫匡氏がバリリにレッスンを受けている模様も入っており興味深い。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(チェロ)】

「シューベルト:アルペジォーネ・ソナタ他/ゴーティエ・カピュソン(チェロ)、フランク・ブラレイ(ピアノ)」(ワーナーミュージック・ジャパン、エラートUCCG-1642~3)
 1981年フランスのシャンベリ生まれ。5歳からチェロを始め、2001年のフランス'New Talent of the Year'を獲得して以来、一気に頭角を現したチェリストである。このところ毎年のようにアルゲリッチに呼ばれて、兄のルノーとルガノ・フェスティヴァルにも参加しており、今やアルゲリッチ&フレンズの一員としても大活躍である。 彼の演奏は何と言ってもその大らかさが持ち味で、このような天真爛漫なシューベルトの魅力を久し振りに堪能させてもらった。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【プーランク特集】

「没後50年記念 フランシス・プーランクの夕べ」(10月23日 東京オペラシティ コンサートホール
 フランシス・プーランクはパリ生まれの作曲家。生年は1899年だからデューク・エリントンと同い年ということになる。いわゆる“フランス6人組”のひとりだが、ポップな部分と剥き出しのアヴァンギャルド性を持ち合わせている点など、クラシックや現代音楽のプロパーではない僕のような聴き手はやっぱりエリントンの名前を引き合いに出したくなる。この日、プーランクの楽曲を奏でたのは鈴木雅明指揮の東京フィルハーモニー交響楽団、新国立劇場合唱団、そして主に70〜80年代生まれの気鋭ソリストの面々。第1部はピアノ独奏やデュオなど、第2部は大人数によるナンバーが並んだが、ぼくが個人的に興味を抱いたのはフルート&ピアノの「フルート・ソナタ」、5本の木管がピアノと共に玄妙なアンサンブルを奏でる「六重奏曲」だ。音の迷宮に迷い込んでいくような気持ちよさ。それを強く感じたのである。(原田 和典)

Classic CONCERT Review【声楽曲(バリトン)】

「本岩孝之コンサート〜CD”バリトンでうたう愛の歌”発売を記念して」 2013年11月22日 自由学園明日館
  本岩孝之はバスの音域から、バリトン、テノール、カウンターテナーまで、4オクターブにわたる驚異的な音域と幅広いレパートリーを、類い稀な美しい声で歌いこなす声楽家である。 今回のコンサートでは、バリトンで歌われたが、言葉も旋律のこなし方も立派で、確信を持って歌えているせいか、声も以前に比べてはるかに伸びが出ており、充分に聴きごたえがあった。長い間の努力が身を結んで、プログラム前半の古典歌曲、そして後半のカンツォーネの表現として最も高い水準に達したと云ってもよい。
 最初に「カロ・ミオ・ベン」、「私を死なせて」、「君を愛す」の3曲が歌われたが、どの作品も愛への強い共感が歌い込められており、節回しが自然であった。ただ曲によっては素朴な気分をもう少しすっきりと歌いだして欲しいものもあった。 プログラムの後半は、何といってもカンツォーネの「彼女に告げて」、「情熱」、「忘れな草」が素晴らしい。これらの曲をこれだけ巧みに歌いこなす歌手は少ないのではないだろうか。
 アンコールで歌われたシューベルトの「魔王」は、本岩の美しい声と表情に富んだ声で、聴き手に強く訴え、表現力が実に充実していた。バリトン、テノール、カウンターテナーを歌い分け、その雰囲気は独唱会の域を超えまるでそこにオペラの舞台を見るような錯覚を覚えるほどであった。
 ピアノ伴奏は小ノ澤幸穂。どの楽想にも情感が息づいており、本岩との呼吸の合わせ方が巧みであった。
 本岩孝之は来年の3月甲府で、林望の作劇、二宮玲子の作曲で、MABOROSI~オペラ源氏物語〜でバリトン・光源氏役での主演。甲府から新たな音楽文化の地平を切り開いてゆくことを期待したい。(藤村 貴彦)

Classic CONCERT Review【室内楽】

「日本シベリウス協会 シベリウス生誕150年シリーズ vol.2 デュオ、トリオ、クアルテット、ピアノ・トリオ全曲演奏会」 2013年12月8日、12月9日 すみだトリフォニーホール小ホール
 長い寒い冬、鉛色の空森と沼と湿地、薄暗い暖炉にうずくまっている孤独なもの思い、何よりもまず拠り所を外にではなく、内へ求めざるを得ない現世の宿命、そのところから瞑想へ、音楽へ、神秘的な自然観へ、そして豊穣な北欧的・ロマンティシズムの芸術の創造へ。それらがシベリウスの交響曲の特徴を形造っていると思う。日本ではシベリウスの交響曲はよく演奏されるが、室内楽は滅多に聴く機会は少ない。日
本シベリウス協会は昨年、シベリウスのピアノ作品を紹介し、今年は二期にわたって室内楽作品のコンサートを催した。
 特に二日目のピアノ・トリオ全曲演奏が興味深く、滅多に経験できない美しい演奏会であった。実はこの種の音楽の素晴らしさは言葉で表すのが一番困難なものでそれはそれだけ音楽的に純粋だということだなのだろう。ピアノトリオは4曲演奏され、2曲は日本初演であり、初めて聴く曲なので演奏の良し悪しを記すのは難しいが、今回の音楽監督であるバイオリンの佐藤まどか、チェロのタネリ・ツルネン、ピアノの
フォルケ・グラスベックの呼吸がよく合い、全く作りものの匂いがなく自然な演奏のようであった。音色の弾き分けが多様で穏やかに歌う時はもちろん、速く弾む場合も明暗がしっかりし、聴いていて実に清々しい。特にグラスベックのピアノは音楽性も聴き手に、射すような鮮烈さが魅力的であった。
 佐藤まどかはシベリウスの室内楽を弾くことにかけては当代随一ではないだろうか。緩徐楽章はその美しい音の持続によって充実した叙情が行われ、速い楽章は柔らかくはずむリズムが美しい。また聴いてみたいヴァイオリニストである。次回のシベリウス生誕150年シリーズも楽しみである。(藤村 貴彦)

Classic CONCERT Review【“バッハから現代へ”】

「B→C ビートゥーシー [157] 渡邊玲奈(フルート)」 (12月10日 東京オペラシティ リサイタルホール
 “バッハから現代(コンテンポラリー)へ”をプレゼンテーションする好評シリーズも157回目を迎えた。このライヴを見に行くごとに、日本クラシック界に注目すべき逸材がたくさんいること、将来性ゆたかな気鋭たちが過去を踏まえつつも現在未来に向かって音を放っていることを認識させられる。渡邊玲奈はドイツ出身、東京芸大とベルリン国立音大を卒業したフルート奏者。この日は無伴奏ソロ、ピアノとのデュオ、グラスチャイムとのデュオという編成で、あるときは優しく、あるときは荒々しく、フルートの可能性をとことんまで引き出すかのようなプレイを聴かせた。なかでもオリヴァー・ナッセン作「フルートとグラスチャイムのための《マスク》op.3」は、圧巻のひとこと。ナッセンといえばガンサー・シュラー(マイルス・デイヴィス、オーネット・コールマン、エリック・ドルフィーらと交流した作曲家/音楽学者)の弟子ではないか。音の跳躍の激しい曲想、妙なシンコペーションを感じさせるメロディ・ラインには“屈折した気持ちよさ”があった。この曲に限り渡邊は顔と後頭部にそれぞれマスクをつけて演奏、ライティングにも細かい趣向が凝らされており、まるで一編の演劇を見るような思いがした。(原田 和典)
〈(C)中村風詩人〉