2013年10月 

  

Classic CD Review【協奏曲(ピアノ)】

「ブラームス:ピアノ協奏曲第1番&第2番 / エレーヌ・グリモー(ピアノ)、アンドリス・ネルソンス指揮、バイエルン放送交響楽団(第1番)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(第2番)」(ユニバーサル ミュージック、ドイツ・グラモフォン UCCG-1637〜8〈2枚組〉)
 グリモー初の第2番と再録の第1番との2枚組。この2曲はともにライヴ録音で第1番が2012年4月、ミュンヘンのヘラクレスザールでバイエルン放響と、第2番が同年11月、ウィーンのムジークフェラインでウィーン・フィルとの演奏会での収録。97年に第1番をエラート・レーベルからザンデルリンク指揮、ベルリン国立Oで初めて録音しているから、その後約15年振りの再録である。グリモーは第2番を取り上げる迄にはブラームス同様長い時間が必要だったと言う。彼女が語っているように、第1番は青年時代の感情豊かなブラームスに成り切り、第2番は穏やかに流れる内省的で老成したブラームスという二つの姿を見事に聴かせてくれる。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ピアノ)】

「カーネギー・リサイタル、スクリャービン:ピアノ・ソナタ第2番《幻想ソナタ》、リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調、ショパン:24の前奏曲、他 / ダニール・トリフォノフ(ピアノ)」(ユニバーサル ミュージック、ドイツ・グラモフォン UCCG-1636)
 ダニール・トリフォノフは1991年生まれ、今年22歳、ロシアの新鋭天才ピアニストである。2011年にチャイコフスキー・コンクールを、そして同じ年にアルトゥール・ルービンシュタイン・コンクールをも連覇して一躍勇名を馳せ、今年2月にはカーネギーホールでプロ・デビューを果たしたという実績を作り上げた。このまれに見る天才のデビュー演奏会を聴こうと、この夜のカーネギーホールは満員の聴衆で満たされたのである。このCDはこの日のライヴ・レコーディングで、演奏はスクリャービンの第2番ソナタから始まり、リストのピアノ・ソナタを中に、ショパンの24の前奏曲で締めるというプログラムである。特に印象に残ったのはリストで見せた弱音の速いパッセージでの粒の揃った歯切れの良い美しいタッチと、強奏でもバランス的に全く乱れのない制御の利いた音作りである。最後のショパンではさりげない中にも、彼の感じたショパンの心をさりげなく聴衆に受け渡す上手さの術を見せてくれた。 (廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ピアノ)】

「ショパン:ポロネーズ集 / ラファウ・ブレハッチ(ピアノ)」(ユニバーサル ミュージック、ドイツ・グラモフォン UCCG-1633)
 2005年のショパン・コンクールで完全優勝を勝ち取ったブレハッチの、ハンブルクのハールブルクで今年1月に収録した最新盤である。 収録されているのは「軍隊」、「英雄」、「幻想」を含んだ通常「ポロネーズ集」と言われている7曲である。全体的には気品が漂う叙情的な演奏であるが、「軍隊」、「英雄」の2曲も含め、大きな山や深い谷を作らず、どちらかというと、極く健康的とも言えるスムーズな曲作りに徹している。ライナーノーツの表紙にあるブレハッチの写真を見ながら聴いていると、ショパンもこのような演奏をしたのだろうかと思いを巡らしてしまう。ショパンの祖国愛は「迸り出る」のではなく「内に秘めた」ものだったのだろうか。兎に角聴いた後の爽やかさが清々しい。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ヴァイオリン&ピアノ)】

「ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ全集(第3集) 第1番〜第5番/ 樫本大進(ヴァイオリン)、コンスタンチン・リフシッツ(ピアノ)」(ワーナーミュージック、ワーナー WPCS-12618〜9〈2枚組〉)
 この2枚セットで期待していた樫本大進とリフシッツのコンビによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタが完結した。1年前に初めてこのコンビによる作品30の3曲を聴いた時、筆者は彼らの年に似合わない、あまりにも完成度の高いベートーヴェンに大きな驚きを感じた。それと同時に52、3年前にフィリップスから送られてきたD.オイストラフ/オボーリンのマスターテープを聴いた時の記憶が重なった。オイストラフ/オボーリン盤はその後現在まで決定盤の地位を確保している名盤だが、この大進/リフシッツ盤はそれに勝るとも劣らない。特に「スプリング・ソナタ」の最初の主題はまさに”春風駘蕩”そのものであり、May Breezeのような心地よさが身体全体で感じられる。大進の傑出した表現力と音の美しさは、蓋し絶品である。そして彼はオーケストラの統率者、室内楽奏者、そしてソリストとして今後益々大きな存在となって行くことだろう。 (廣兼 正明)

Classic CD Review【宗教曲(声楽)】

「ヴェルディ:レクイエム / アニヤ・ハルテロス(ソプラノ)、 エリーナ・ガランチャ(メッゾ・ソプラノ)、ヨナス・カウフマン(テノール)、ルネ・パーペ(バス)、ダニエル・バレンボイム指揮、ミラノ・スカラ座歌劇場管弦楽曲・合唱団」(ユニバーサル ミュージック、デッカ UCCD-1377〜8〈2枚組〉)
 バレンボイムはムーティが2005年にスカラ座から去った翌年、ミラノ・スカラ座首席客演指揮者となり、2011年10月正式にミラノ・スカラ座音楽監督に就任した。そして翌2012、13年のヴェルディ生誕200年シーズンの開幕演奏会として行われた「レクイエム」のライヴを収録したのがこのCDである。ソリスト陣には流石バレンボイムらしく、現在最高とも言える実力を誇る歌手たちが馳せ参じている。ヴェルディが尊敬していた詩人マンツォーニの死を契機にじっくり1年をかけて作り上げたこのレクイエムは、旋律の美しさをソリストに、劇的な激しさを合唱に求めている。そしてこの劇的効果はまさにオペラの手法を用いた宗教音楽である。例えば最初の「レクイエム(永遠の安息を)」の独唱、合唱とバックのオーケストラの静かな祈りの気分を感じる所から「怒りの日」の怒濤の絶叫に入った途端の温度差の激しさなど、全曲にヴェルディのオペラ作曲手法が明白に現れている。バレンボイムはソリストと合唱にソット・ヴオーチエを大切に、そして地味に且つ十分に歌わせている。またオーケストラとしては慣れ親しんでいるスカラ座の舞台であり、バレンボイムの見事な統率力もプラスして、感動的な「レクイエム」が後世に残された。 (廣兼 正明)

Classic BOOK Review

「音楽史影の仕掛人」小宮正安著(春秋社)
 書名が物語るように、音楽史を彩る影の主役ともいうべき著名な人物25人の働きぶりを興味深く語ったもう一つの西洋音楽史。私たちが知っていそうで、実はくわしくは知らない音楽を影で支えた人間たちの実際の仕事や人間像を検証した好著。登場する25人の顔ぶれにも、本書のユニークな視座がうかがえる。チャールズ・バーニー、ヒエロニムス・フォン・コロレド、ゴットフリート・ファン・スヴィーテン、ルドルフ大公、ゲーテ、イニャス・プレイエル、ドメニコ・バルバヤ、シンドラー、マイアベーア、マリー・ダグー、フリードリヒ・ヴィーク、ハンス・フォン・ビューロー、ヨアヒム、ハンスリック、ジムロック、メック夫人、アッリーゴ・ボーイト、アルフレート・フォン・モンテヌォーヴォ、ニコライ・ダーリ、ホフマンスタール、ディアギレフ、ナディア・ブーランジェ、クーセヴィツキー、デリック・クック、フレンニコフといった面々が本書の主役を演じている。「月刊都響」の連載が元になっているが、話題は多岐にわたり、音楽をめぐる社会や政治や文化のさまざまな側面が描き出され、名曲が誕生した背景が豊かな広がりと奥行きをもって語られている。(青澤 唯夫)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「日本フィルハーモニー交響楽団 第653回定期演奏会(生誕200年記念オール・ワーグナー・プログラム)
 ようやく秋風が吹くようになった東京六本木は、あたかも「バイロイト音楽祭」のような華やいだ雰囲気に包まれたワーグナーの作品ばかりの演奏会であった。前半の「ジークフリート牧歌」では静かに音楽の世界に引き込まれ、「《トリスタンとイゾルデ》より前奏曲と愛の死」ではエディス・ハーラー(ソプラノ)の柔らかい美しい声に陶酔した。圧巻は後半「《ワルキューレ》より第一幕」で上手から登場したジークムント役のサイモン・オニール(テノール)はミステリアスな雰囲気、次いでジークリンデ役のエディス・ハーラー(ソプラノ)が登場、やがてフンディング役のマーティン・スネル(バス)が登場、何やら不穏な空気が漂う。歌詞は字幕スーパーで流れ理解しやすかった。オーケストラの特に弦楽器はピアニッシッシモからフォルティッシッシモまでの表情を素晴らしいダイナミックスの変化でこの楽劇の流れを盛り上げ、観客はいつの間にかワーグナーの壮大な世界に引き込まれた。指揮者ピエタリ・インキネンは母国フィンランドの国立オペラでの経験も豊かであり、一つのオペラとして表現しているようだった。普通ではオケピットの中なので見られないが、演奏会形式であったからこそオーケストラを満喫できた。(斎藤 好司)
〈写真撮影:浦野俊之〉