2014年9月 

  

Audio Blu-Ray Disc Review

「THE BEATLES A HARD DAY'S NIGHT」(vap VPXU71322)
 もしザ・ビートルズのキャリアに本作がなかったら…と想像してみよう。テレビのある家庭が限られ、ましてビデオクリップもインターネットのない時代である。ザ・ビートルズはイギリス国内と限られた国へのツアー先で熱狂を生むロックンロールの人気バンドに止まっていたに違いない。
 リチャード・レスターはTV出身の監督である。優れた映像の力で彼らの音楽に生き生きとした同時代の等身大の生命が吹き込まれ、その瞬間全世界との絆が生まれた。彼らが世界的アイドルでなくミュージシャンの域に止まっていったら、これ以後の音楽活動の質は変わらなくてもバンドの後半の光景は別のものになっていただろう。ツアーを休止することもなく1970年代にパワーが衰えてもだらだらと活動を続けていたかもしれない。
 後戻りの許されなかった一期一会の時代から選ばれたバンド。彼らの運命のターニングポイントがここに刻印されている。
 モノクロ映像はハイビジョン化でそれなりの改善が認められる。セリフはナロウレンジで歪みが多い。音声はモノと5.1CHリミックスだがハイレゾ音声(96kHz)を採用して欲しかった。一方でアップルの音源のアーカイブが進んでいるのだから。(大橋伸太郎)

Audio Blu-Ray Disc Review

「ピアノ・レッスン」(東宝TBR24571D)
 前半の印象的なシーン、海岸に置き去りにされたピアノをエイダが弾く場面の有名なテーマ曲の旋律は、普通ならセリフを担当するセンターチャンネルからのみ再生される。一般に音楽を担当するLRのスピーカーからはオケが控えめに鳴るだけ。ピアノはエイダの〈声〉である。
 エイダはピアノのキーの一本を外してべインズに愛のしるしとして贈る。嫉妬に狂った夫は彼女の指の一本を奪うが、それは一心同体だったピアノが哀れな夫を唆し自分から男に心を移したエイダへ復讐したのである。そしてラスト。ピアノはエイダを完全な沈黙の世界(海底)へ連れ去り合一を遂げようとするが、エイダは絆を断ち切って生還する。本作はジェーン・カンピオンのオリジナル脚本だが見事なストーリーテリング。'90年代を代表するロマンといえよう。
 映像の美しさで評判になった映画である。HDリマスタはまずまず良好でニュージーランドの密林の遠近感は秀逸だが、暗部で女優の表情に色むらが乗ったり、さちったり、もう一息。
 本作はアナログのドルビーステレオ(ドルビーサラウンド)時代の映画だが、デジタルディスクリート化に当りピアノの旋律をセンターチャンネルに配置、映画のテーマ(原題はThe piano)に密着したまことに的確なリミックスである。しかも96kHzのハイレゾ。名作が見事に蘇った。(大橋伸太郎)