手越祐也の挑戦
松島 耒仁子(クニコ)
大手事務所を円満退社したアイドルがその後、活発に活動できているかと言えば、そうとは言えないと私は思う。
2016年のSMAPの解散独立は長くアイドル社会に王国を築き上げてきたジャニーズ事務所の行く手を大きく揺るがすものになったのは疑う余地のないことだ。独立した3人のその後の活動拠点がTVからネットに移ったのは、彼らの意思というより、その場所にしか活動拠点を見出せない社会的状況もあっただろう。
あれから5年。彼らはネット配信という媒体を使って地道に活動を築き上げ、彼らを支える強固なファン層と共に芸能界の中で居場所を確保し続けてきた。
ジャニーズ事務所では、彼らの後を追って、その後も解散・独立が続き、ジャニー喜多川氏亡き後はさらにその動きが加速している。その流れの中での手越祐也の独立も円満退社という形で発表された。
円満退社という言葉の響きは非常に良好な両者の関係を示すものであるが、大手事務所を独立した芸能人達が、それまでと同じような活発な活動ができるかと言えば、それは非常に限られた分野によるものと言える。最近ではミュージカル俳優の城田優が独立しているが、彼の場合、事務所の力でポジションを築き仕事をしてきたというよりは、彼独自の力、即ち、ミュージカル俳優という実力主義の世界の中でポジションを築き上げてきたものが大きいと言えるだろう。それゆえ、何作も出演予定が決まっている彼の場合、事務所を出ても大きく影響がなかったと思われる。なぜなら、舞台俳優は個々の力によって成立する職業だからだ。
しかし、アイドルはそうは行かない。アイドルという職業は一種作られた職業であり、そのイメージを事務所によって徹底的に管理されている。その管理下のもと、仕事があるのであって、デビュー当初は実力よりも人気が先行する職業である。さらにグループ活動の場合は、個々の力を磨き発揮していく機会が少ない。個々に実力を持ったとしても、それが個人特有のものなのか、それともアイドルというイメージの中で作り上げられたものなのかも見極めが非常に難しいものである。それは本人に於いても自分の実力を見誤ることがある。それゆえ、独立した後、それまでの活動を越えていける人間はごく少数に限られる。掛け値なしに自分を客観的に判断し、自分の実力に自信が持てる人間だけが生き残っていける世界なのである。
手越祐也はアイドルグループNEWS のメインボーカルを務めた人間である。グループ活動当時から、歌手としての実力が高いと評価されていた。確かにNEWS の楽曲を聴けば、彼抜きにしてハーモニーは成り立たない。彼が間違いなくグループを引っ張っていたのは疑いようのない事実でもある。
そんな彼が独立した。そして彼が自分の活動場所の拠点として選んだ場所がYouTubeだった。自分のチャンネルを持ち、登録者数は170万人を超える。配信をすれば常に少なくても数万回の視聴回数がある。今やYouTubeはTVという放送媒体を大きく超えた市場であることは否めない。音楽番組自体が減り、歌手のメディアへの露出は減り、活動はライブ中心に変わってきている。そんな中で誰もが気軽に視聴できるYouTubeという媒体は、活動拠点として大きなポジションを占めようとしているのである。
彼は昨年6月に独立して以降、自分のチャンネルを使って地道に歌手活動を続けてきた。大手事務所を独立した歌手に楽曲を提供してくれるクリエイターは自分で探さなくてはならない。しかし、それは決して安易な道とは言えない。彼はそんな中で、話題になっている楽曲のカバーを配信し続けた。それはある意味、彼自身の挑戦だったとも言える。今までアイドル曲しか主に歌ってこなかった彼が、ソロアーティストとして自分の実力が本当に通用するのか、どんな曲でも歌うことが出来るのか、さらにそれは評価に値するものなのか。そんな歌手として自分の実力を世間に問う挑戦だったかもしれない。彼がこの一年に配信した楽曲は、10曲をくだらない。「猫」「夜に駆ける」「炎」「虹」などのJPOP に限らず、映画アラジンの「ホール・ニューワールド」など、「〇〇を歌ってみた!」というタイトルと共に配信される楽曲は、その軽いノリとは裏腹に非常にどれもクオリティーの高いものであり、歌手としての実力を内外にアピールするものだったと言える。それらの活動を経て、7月に正式にオリジナル曲「シナモン」を配信デビューさせた。この配信デビューは、今後、12月まで月に一度の形で新曲が配信され、12月にはオリジナルアルバムの発売が予定されているという。
歌手として非常にクオリティーの高いものを配信して実力を示す一方で、ユーチューバーのひかるをはじめとする数々の分野を超えた人間とコラボし、彼自身のパーソナルをアピールし続ける。このコラボによって、それまで手越祐也をアイドルとしてしか見てこなかった層を取り込み、ユーチューバーとしての魅力を伝えることに成功している。
即ち、彼はこの一年、セルフプロデュースし続ける中で、歌手手越祐也と人間手越祐也というものを世間にアピールし続けたのだ。そうやって、アイドルのポジションからソロアーティストへの転身を図っているのである。
この挑戦は、今後、大手事務所を独立するアイドル達の一つの活動の指標となるべきものだろう。YouTubeという新しい配信コンテンツから、メジャーデビューしていないアーティストの楽曲がバズり、その後、正式にデビューするという事象は、YOASOBIや藤井風などが証明しており、再生回数1億回を突破する北村匠海の「猫」のように、配信によって歌手活動そのものが安定していくという事象も生まれている。そういう意味で手越祐也のセルフプロデュースの仕方は、多くのアーティストを目指す人間に一つの方法を示したという点で価値のあるものと言える。
今後、彼がどのような活動を独自に展開していくのかということも含めて、彼の挑戦は価値のあるものだと言えるだろう。
