10月20日渋谷区代々木のけやきホールで「浜崎久美子法定訳詞普及コンサート」(主催:日仏シャンソン協会)が開催された。音楽執筆者協議会(ミュージック・ペンクラブの前身)の立ち上げメンバーであり、ミュージック・ペンクラブ・ジャパンの会長を務めた永田文夫先生の業績を偲ばせる心温まるコンサートだった。
シャンソン、カンツォーネ、ラテンと半世紀以上に亘って評論活動をされ、名曲を解説した一連の著作物は今も辞書としての役割が大きい。訳詞家としても活躍され、日本訳詩家協会長を務められた。エンリコ・マシアスの「恋心」は多くの皆さんが口ずさめる日本語詞だ。
1987年、名古屋に「永田文夫シャンソン研究所」を開設し、初代所長に就任する。岸洋子や金子由香利に続く新しい才能を発掘・育成することがその目的だった。先生は当時「身近なところにいた親しい歌手たちもいつの間にか遠くなり寂しい思いをしていた」と研究所設立の動機を語っていた。なぜ名古屋を選んだのか、2代目所長加藤修滋氏によると東京の雑音を嫌ったのだという。また教育機関とはいえ教える・学ぶという視点より、どの様に日本語でシャンソンを歌えば本場で評価されるのかをお互いに研究することに重きが置かれたという。その結果フランス・シャンソン界は、日本人が日本語で歌うシャンソンに注目するようになる。シャルル・アズナブール氏らのバックアップもあり、この成果はフランス国営TV、FRANCE2でも紹介された。このステージに立つ浜崎久美子、岡山加代子、青山桂子、黒川泰子、林夏子の各氏はそれぞれが本国フランスで高い評価を受けるに至ったのである。
開演に先立ち生前の元気な姿や、フランス国営放送のニュースの模様などが手短に上映された。第一部は「永田文夫氏を偲んで」。パリ同時多発テロ犠牲者追悼歌「哀しみのバタクラン」(加藤修滋作詞作曲)をオープニング曲に、先生が訳詞を手がけた「インシャラー」「涙のベルジュ」「エストレリータ」「涙」「青春へのリサイタル」「声のない恋」の6曲が5人の歌姫によって日本語詞で歌われた。第一部の最後に登場したのが奥様でタンゴ界の女王、前田はるみさん。「シャンソン研究所」の顧問を務め、後進に歌唱法の模範を示すなど、公私ともに最良のパートナーであった。「恋心」そしてタンゴの名曲「フレンテ・アル・マル」「ラ・クンパルシータ」の3曲を味わい深く聴かせた。年齢を感じさせないダイナミックな歌唱に観客からは「ブラボー」の声も掛けられた。
第二部はアズナブール、ミッシェル・フュガーン、エンリコ・マシアスらの名曲集。バトンタッチを受けた加藤修滋氏が全て訳詞を手がけた14曲で「珠玉の法定訳詞シャンソン」の副題で披露された。
89歳でこの世を去った永田文夫先生の遺志は、ゆかりの深い音楽家たちの手によって、連綿と受け継がれていくことだろう。
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