2017年12月 

  

永田文夫先生を偲ぶコンサート・・・・・三塚 博
 10月20日渋谷区代々木のけやきホールで「浜崎久美子法定訳詞普及コンサート」(主催:日仏シャンソン協会)が開催された。音楽執筆者協議会(ミュージック・ペンクラブの前身)の立ち上げメンバーであり、ミュージック・ペンクラブ・ジャパンの会長を務めた永田文夫先生の業績を偲ばせる心温まるコンサートだった。

 シャンソン、カンツォーネ、ラテンと半世紀以上に亘って評論活動をされ、名曲を解説した一連の著作物は今も辞書としての役割が大きい。訳詞家としても活躍され、日本訳詩家協会長を務められた。エンリコ・マシアスの「恋心」は多くの皆さんが口ずさめる日本語詞だ。

 1987年、名古屋に「永田文夫シャンソン研究所」を開設し、初代所長に就任する。岸洋子や金子由香利に続く新しい才能を発掘・育成することがその目的だった。先生は当時「身近なところにいた親しい歌手たちもいつの間にか遠くなり寂しい思いをしていた」と研究所設立の動機を語っていた。なぜ名古屋を選んだのか、2代目所長加藤修滋氏によると東京の雑音を嫌ったのだという。また教育機関とはいえ教える・学ぶという視点より、どの様に日本語でシャンソンを歌えば本場で評価されるのかをお互いに研究することに重きが置かれたという。その結果フランス・シャンソン界は、日本人が日本語で歌うシャンソンに注目するようになる。シャルル・アズナブール氏らのバックアップもあり、この成果はフランス国営TV、FRANCE2でも紹介された。このステージに立つ浜崎久美子、岡山加代子、青山桂子、黒川泰子、林夏子の各氏はそれぞれが本国フランスで高い評価を受けるに至ったのである。

 開演に先立ち生前の元気な姿や、フランス国営放送のニュースの模様などが手短に上映された。第一部は「永田文夫氏を偲んで」。パリ同時多発テロ犠牲者追悼歌「哀しみのバタクラン」(加藤修滋作詞作曲)をオープニング曲に、先生が訳詞を手がけた「インシャラー」「涙のベルジュ」「エストレリータ」「涙」「青春へのリサイタル」「声のない恋」の6曲が5人の歌姫によって日本語詞で歌われた。第一部の最後に登場したのが奥様でタンゴ界の女王、前田はるみさん。「シャンソン研究所」の顧問を務め、後進に歌唱法の模範を示すなど、公私ともに最良のパートナーであった。「恋心」そしてタンゴの名曲「フレンテ・アル・マル」「ラ・クンパルシータ」の3曲を味わい深く聴かせた。年齢を感じさせないダイナミックな歌唱に観客からは「ブラボー」の声も掛けられた。

 第二部はアズナブール、ミッシェル・フュガーン、エンリコ・マシアスらの名曲集。バトンタッチを受けた加藤修滋氏が全て訳詞を手がけた14曲で「珠玉の法定訳詞シャンソン」の副題で披露された。

 89歳でこの世を去った永田文夫先生の遺志は、ゆかりの深い音楽家たちの手によって、連綿と受け継がれていくことだろう。


帝劇ミュージカル「レディ・ベス」再演!・・・・・本田浩子
 10月13日、3年振りの「レディ・ベス」を観に帝劇に向かう。イギリスの黄金時代を築いたエリザベス一世女王が君主になる迄には数々の試練が待ち受けていた。これはその歴史の物語であり、同時にクリエイター、脚本・歌詞のミヒャエル・クンツェ、演出・訳詞の小池修一郎、音楽のシルヴェスター・リーヴァイの描くラブストーリーでもある。40数年間の女王時代に、王位継承者を望まれ、貴族との結婚を幾度となく勧められても、エリザベスが独身を貫き通したのは、若き日の燃えるような恋故という、大胆な発想から生み出されたこのミュージカルは観客を夢のような世界へと誘う。

 16世紀ヘンリー8世とキャサリン王妃の娘メアリー(吉沢梨絵/未来優希のダブルねこの日は吉沢)が女王の座につくと、熱心なカトリック教徒のメアリーは、プロテスタントの信徒の弾圧に手厳しく臨んだ。又、ベス(花總まり/平野綾のダブルこの日は花總)の母アン・ブーリン(和音美桜)と結婚するために、キャサリンと離縁(カトリックは離婚を認めない為、ヘンリーはプロテスタントになった)したことを恨んでいた。実際にはベスがわずか二歳の時に、アンは不義密通の罪を着せられロンドン塔で処刑されているので、メアリー女王の恨みは異母妹のベスに向けられていた。大司教のスティーブン・ガーディナー(石川禅)は、メアリー女王の為、又カトリックの権威を守る為にも、父王ヘンリーの影響を強く受けているベスを排除する機会を狙っていた。

 四面楚歌のような暮らしを強いられているベスの最大の味方は、ベスにあらゆる学問を教えるロジャー・アスカム(山口祐一郎)と幼少からの教育係のキャット・アシュリー(涼風真世)の二人。冒頭アスカムの歌う、「ベスこそ未来の君主と星が言っている」と歌うプロローグは、ベスの波乱に富む未来を観客に想像させる。

 ある日、ベスの屋敷を突然訪れた大司教は、ベスが父王の形見として大事にしている新約聖書をみつけ、反逆罪の証拠とばかりに取り上げてしまう。「他の本とは違う」とそれぞれの思惑を胸に、ベス、アスカム、ガーディナー、キャットの四重唱は圧巻。

 王女に対してあるまじき無礼とベスは馬車で追いかけ、聖書を取り戻そうとする。その道中、ベスは吟遊詩人のロビン(山崎育三郎/加藤和樹のダブル、この日は山崎)と運命的な出会いをする。何物にも束縛されない自由人ロビンとベスは立場の違いを超えて、惹かれあう。自由人ロビンの登場は、彼の歌声と共に一気に舞台に生気を与える。

 ベスは姉の情に縋ろうと異母姉のメアリー女王と面会するが、思惑は大きく外れ、母の不実の罪を侮られ、事態は悪化してしまう。この二人の王女の出会いは、迫力満点、観客を圧倒する。メアリーの圧政は、激しさを増し、プロテスタントの信徒は些細なことから虐殺されていて、民衆のベスを女王にと望む声が大きくなっていく。ベスの人気を恐れ、又カトリックを守る為に、メアリー女王と大司教は示し合わせて、ベスをロンドン塔に幽閉する。

 ベスを想うロビンは身の危険も顧みず、ロンドン塔にベスを訪ね、二人は固く結ばれる。

 一方、スペイン大使(吉野圭吾)は、スペインの繁栄の為に、メアリー女王とスペイン王子フェリペ(古川雄大/平方元基のダブル、この日は古川)との結婚を計画、フェリペは国の為、10歳以上年上との結婚をやむなく承知する。

 イギリスにやってきた若くて頭が切れるフェリペ王子は、民衆の人気者のベスを、イギリスの安泰の為にと、ベスをロンドン塔から釈放する。このフェリペの登場も彼の歌と共に、インパクトが強い。いつ処刑されるかと苦しんでいたベスは、静かな喜びを感じる。

 時が流れ、メアリー女王が亡くなると、いよいよベスの時代がやってきた。共に自由に生きて行こうと、追いすがるロビンにベスは応えず、イギリスとその国民に我が身を捧げることを誓うのだった。

 ベスの若い時代は、いつ命を取られるか苦しい日々だったが、自由気ままなロビンに出会ったことから、生きる喜び、愛する喜びも味わい、心豊かな青春時代を送ることができた。この恋愛物語は、クリエイター達の創作とはいえ、舞台に大きなメリハリを、惜しみなくつけてくれる。リーヴァイの楽曲の素晴らしさに加え、ベスを演ずる花總はじめ、演者全員の演技力、歌唱力に酔いしれるひと時を過ごすことができた。                      

写真提供: 東宝演劇部

ブロードウェイ・ミュージカル「パジャマ・ゲーム」日本初演
・・・・・本田悦久 (川上博)
☆1954年にブロードウェイのセント・ジェイムス劇場で初演され、トニー賞で最優秀ミュージカル作品賞、助演女優賞、振付賞に輝いたヒット・ミュージカル「パジャマ・ゲーム」が、東京: 日本青年館ホール (9月25日-10月15日)、大阪: 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ (10月19日-29日)で上演された。(筆者の観劇日は9月26日)

 作詞・作曲はリチャード・アドラー&ジェリー・ロス、翻訳と日本語訳詞は高橋知伽江。演出は英国のチェアリング・クロス・シアターの芸術監督トム・サザーランドが来日して一仕事、音楽監督は島健。

 物語: 時はブロードウェイ初演の1954年に遡る。スリープ・タイト社のパジャマ工場では、他社に負けないよう労働組合が給料アップにと立ち上がっていた。組合のリーダーはベイブ・ウィリアムス (北翔海莉)と組合の委員長プレッツ (上口耕平)。組合員は時給7セント半の賃上げを要求している。社長ハスラー (佐山陽規)が雇った新工場長シド・ソローキン(新納慎也)は若くてハンサム。昼休みも右腕チャーリー (広瀬友祐)と一生懸命働く彼の噂で持ち切りだった。工場のタイム・キーパーのハインズ (栗原英雄)は、社長秘書である恋人グラディス (大塚千弘) がシドになびくのではと気がかりだ。シドの秘書メイベル (阿知波悟美)は、ハインズを優しく諭し、新工場長は上手くやっていけると思えたが、反抗的な従業員とトラブル発生、駆けつけた労組と工場長、相対するベイブとシドが運命的に出会う。惹かれあう二人だが、ベイブは立場上、つれない素振りをしてしまう。恋と仕事、給料アップとストライキ・・・さてどうなるパジャマ工場?

 「時計と競争」「恋なんかしちゃいない」「もうヤキモチは焼かないよ」「1年に1回」「スモール・トーク」「ヘルナンドの隠れ家」「ヘイ・ゼア」「スティーム・ヒート」「7セント半」等のミュージカル・ナンバーが楽しい。

 宝塚時代は男役だった北翔海莉の変身振りはお見事だった。

舞台写真撮影: 花井智子



(余談) 筆者が初めて「パジャマ・ゲーム」の舞台を観たのは、1976年10月10日、ロサンゼルスのラマダ・イン・ディナー・シアターで、野口久光大先輩と一緒だった。レイ・キャバレリ演出、ベイブ・ウィリアムス役はアン・ペック、シド・ソローキンがマイケル・マギナソン、グラディス・ホチキンスはアンナ・マリア・トレルだった。終演後のスタッフ、キャスト・パーティにも招かれて、出席した。

ドリス・デイが主演した1957年のワーナー映画「パジャマ・ゲーム」は大好きで、今でもDVDで楽しんでいる。

井上陽水と玉置浩二のオトナのハーモニー。・・・・・池野 徹
 1948年生まれの井上陽水。彼の「リバーサイドホテル」を聞いた時、そのリリックスの世界に驚き、男と女の関係に新しい表現をしてるなと思った。日本人の陽水だがその世界は何か上海の雰囲気を感じたのだった。高音に独特のクセを持つ歌い方は日本人なんだけどそうじゃない雰囲気を見せるところが魅力だった。しかし日本の夏を歌った「少年時代」はまさに、懐かしの故郷の世界へ持って行ってくれる素晴らしい歌だ。

 1958年生まれの玉置浩二。37年前陽水のバックバンドとして登場した。1980年代、彼の歌う「碧い瞳のエリス」を聞いた時その透明感のある歌い方で一気に注目したのだった。そのソングスは愛の歌が多く非常に澄んだ高い歌声で歌唱する。日本的な歌手だと思った。

 この陽水が作詞し浩二が作曲した「ワインレッドの心」同じステージで歌われ大ヒットした。このデュエットが31年の時を経てNHKの『SONGSスペシャル』で蘇ったのだ。井上陽水は大麻事件など等で世間を騒がせた時期もあるがエキゾチックな歌手石川セリをゲット。出会ったことがあるが良い彼女であることに違いない。玉置浩二は薬師丸ひろ子をはじめ女性関係で話題を提供したが、今は青田典子を得て絶妙のコンビを見せている。恋多き二人の世界は個性的なラヴソングを展開している。

 番組では、やや緊張感のある浩二のところへ、やや余裕の陽水が現れた。リハーサルはしなくてもお互いのアウンでいこうよと、安全地帯のバックで「夏の終わりのハーモニー」が始まった。「今日のささやきと 昨日の争う声が 二人だけの 恋のハーモニー………」1曲のみだったがその歌の内容の深さは、二人の歌唱力の凄さを充分に魅せるものだった。陽水と浩二は緊張と高揚感に浸っていたが、こんなデュエットは、まさにオトナの関係のソングスだった。何か日本の現世の子どもっぽい歌の世界で、ほんとうにクオーリティあるオトナの歌の世界を感じたのだった。「陽水さんは一番近くて一番遠い人」だと玉置浩二が潤んだ瞳で語っていたのは、眞の男の歌の世界だと感嘆させられた。

(PhotoはNHKのプログラムから)


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