2015年10月 

  

楽しさ満載の「ピピン」来日公演・・・・・・本田悦久(川上 博)
 1972年10月23日にブロードウェイで初演されたスティーヴン・シュワルツ作詞・作曲、ボブ・フォッシー演出・振付 のミュージカル「ピピン」は、1,944回続演した。2013年3月23日にブロードウェイで再演された「ピピン」は、ダイアン・パウラスの新演出で今年1月4日まで上演された。この時の演出家、キャストを中心にしたカンパニーが、キョードー東京の企画・制作・招聘で来日し、9月4日から20日まで東急シアターオーブで上演された (筆者の観劇日は初日)。

 筆者が1973年1月13日にブロードウェイのインペリアル・シアターで観た折には、フォッシーのダンス・シーンに圧倒されたが、今回は、フォッシーのダンスを踏襲しながら、サーカス一座が物語を展開するという、エキサイティングな舞台になっている。まずは今回ブロードウェイ再演で、狂言回し役のリーディング・プレイヤー (L・P) を演じて、大好評だったガブリエル・マクリントンが登場する。黒のコスチューム姿の彼女の登場は、鍛えぬいた激しく魅力的な動きと歌で、観客を舞台に釘付けにする。

 一座が披露するのは、王子ピピン (ブライアン・フローレス) の物語。大学を卒業したピピンは、父王チャールズ (ジョン・ルービンスタイン) が統治する故郷に帰るが、義母ファストラーダ (サブリナ・ハーパー) や彼女の取り巻きたちに邪魔されて、父親となかなか会えない。戦いを控えた父王は、ファストラーダとの間に生まれたルイス (エリック・アルテミス) 等、兵士たちを激励していた。父に気に入られたいピピンも慣れぬ戦いに参加するが、戦争の残虐さに耐えられない。この戦争シーンでは、命綱の無い空中ブランコやアクロバティックな演技でサーカス一座が大活躍、観客を魅了し続ける。ピピンは心が満たされないまま、66歳の祖母のバーサ (プリシラ・ロペス) を訪れる。バーサは「人生を楽しみなさい」と歌い、サーカス団員かと思わせるようなダイナミックなダンスを披露して、会場を沸かす。

 自由に生きる祖母に刺激されて、旅を続けるピピンは、様々な愛を経験し、L・Pに専制君主的な父王の悪政を聞かされて、父を殺して国王になり、改善しようとするが、結局は自分も父と同じ過ちを犯すだけと知る。そこはサーカス、L・Pのマジックで父王は生き返り、ピピンは旅を続けるものの心は迷い、疲れ果てて倒れ込んでしまう。そんな彼を助けたのが、農場を切り盛りする未亡人のキャサリン (ブラッドリー・ベンジャミン) 。ピピンは農場を手伝いなから、平凡な生活に心の平和を取り戻すが、そんな生活にも飽きて、又もや放浪を続ける。L・Pはピピンが燃え盛る火に飛び込むという、センセーショナルなフィナーレを計画しているのだが、それも人生かと覚悟したピピンの目に映ったのは、キャサリンだった。L・Pはじめ、一座の期待に反して、ピピンは最も平凡な生活を選ぶ。

 富も教養もあり、次期国王を約束されながら、人生に特別な何かを求めていたピピンの放浪の旅は、観客も期待したセンセーショナルなフィナーレではなく、意外に平凡な結末を迎えるが、サーカスという設定が変幻自在で物語を盛り上げる。特にブロードウェイで活躍したL・Pの圧倒的な存在感は、タイトル・ロールのピピンよりも、主役の感が強く、舞台を華やかに彩る。実は初演時 (1972) に若い義母ファストラーダを演じたプリシラが御年67歳になって、祖母のバーサになっているが、サーカスの一員かと思わせる激しい動きで観客を酔わせるのも見逃せない。彼女は、「コーラス・ライン」のブロードウェイ初演 (1975) でダイアナ役をこなした名ダンサーと聞けば、その華やかさにも納得だし、父王が、実は初演時のピピンと知れば、楽しさは倍増する。

 ミュージカル・ナンバーは、オープニング・シーンでL・Pが歌う「マジック・トゥ・ドゥ」、ピピンの澄み切った歌声の「コーナー・オブ・ザ・スカイ」、サーカス一座が戦場で歌う「グローリー」、祖母ファストラーダがピピンを励ます「スプレッド・ア・リトル・サンシャイン」、ピピンとキャサリンの「ラブ・ソング」等々、いずれも変化に富む魅力的なナンバー。
 懐かしさと楽しさを満喫したひと時だった。

Photo:(c)Shinobu Ikazaki



(余談) 筆者は前述のブロードウェイの他に、外国では2005年11月19日にソウルのチュングム・アートホールで韓国語版「ピピン」に出会っている。ハン・ジンス演出、チョイ・スン・グォン、イム・チュン・ギル、キム・ジンテ、他の出演。国内では1976年4月7日、帝劇。堀内完演出、上条恒彦、草笛光子、財津一郎、三益愛子、他の出演。2007年10月9日、天王洲アイル・銀河劇場。上島幸夫演出、KIMERU、杏子、鈴木蘭々、石原慎一、他の出演。2008年7月12日、銀河劇場。上島幸夫演出、北村丘子、宮本真希、ジェームス小野田、大澄賢也、他の出演。

 色々な「ピピン」を観てきたが、今回の来日カンパニーの “サーカス” ミュージカルは最高!!

キースの人間が、人生が、音楽が彷彿とするカッコいいアルバムだ・・・池野 徹
 23年振りのキース・リチャーズのニューアルバム「Crosseyed Heart」は大人のロックだった。今までは歌がうまいとは思わなかったキースだが、驚いた。しわがれたヴォイスが心地良く共鳴している。ストーンズ時代のキースは、問題を抱えたミュージッシャンの時代もあったが、そこをくぐり抜けたキースの世界を魅せてくれている。キースのギターリフは勿論、信頼すべきミュージッシャンと共演。また楽曲にも思い入れを込めている。曲のジャンルは、ブルースから、フォークソング、レゲエ、ロックンロールそしてストーンズ調のロックもある。そのレパートリーを広くパフォームしている。何よりも、キースのヴォーカルに余裕と暖かさが溢れているのだ。一昔前のフランク・シナトラを聞いてるかのごときリラックスした心地良さがあるのだ。ギターのイントロに始まる「Crosseyed Heart」のスローブルースはカッコイイ。ノラ・ジョーンズとのデュオ「Illusion」はお洒落だ。「Good Night Irene」は暖かい。まさにキースの生き様が浮かびあがるね。以前にキースへのテレビインタビューで、「これからの人生は」と聞かれたのに対しキースは、"Stay Alive..."と一声だけ応えていたのを思い出す。
日本初来日時のキースとともに

「マエストロ・オザワ80歳バースデー・コンサート」
(9月1日、キッセイ文化ホール)・・・長谷川京介
 文字通り「世界のオザワ」を象徴するような豪華ゲストと、サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)を始め小澤征爾スイス国際アカデミー、小澤国際室内楽アカデミー奥志賀、小澤征爾音楽塾オーケストラにOMF合唱団、OMF児童合唱団という総勢数百人にもなろうかという出演者たちが入れ替わり立ち替わりステージに登場する。クラシックだけではなく、マーカス・ロバーツ・トリオ、ジェームス・テイラーと彼のバンドも加わるというガラ・コンサートの極致とも言うべき絢爛豪華な祝祭イベントだった。
 オーケストラから歌曲、弦楽合奏へ、そしてジャズやポップスへとステージ転換は大変で時間がかかるが、その間は世界各国からの著名アーティスト、オーケストラによるビデオメッセージがスクリーンに映し出され、観客を退屈させない工夫がなされていた。このビデオは本当にぜいたくなもので、ラトル&ベルリン・フィルがこのためだけに朝9時にベルリンのフィルハーモニーに集結、リハーサルのあと全員燕尾服礼服で小澤征爾のために1分間のストラヴィンスキー編曲「ハッピーバースデートゥーユー」を演奏、ウィーン・フィルのメンバーやボストン交響楽団とタングルウッド祝祭合唱団による「ハッピーバースデートゥーユー」の演奏と合唱、ヨーヨー・マやピーター・ゼルキン、ボストン・レッド・ソックスの上原浩治ほかのメッセージまで、よくぞここまでと驚くような内容だった。
 プログラム冊子に掲載された著名人のメッセージは音楽界だけではなく、長嶋茂雄、王貞治などスポーツ界、吉永小百合、山田洋次など映画界から作家の村上春樹まで小澤征爾の人脈の凄さを示していたが、行きつけの成城の蕎麦屋「増田屋」のお姉さんや築地の鮨屋さんからのメッセージもあり、小澤征爾の飾らない人柄が表れていた。
 コンサートは終始心温まる家庭的な雰囲気が保たれ、出演者たちに笑顔が絶えないのは小澤征爾という人間が持つ魅力によるものと言えそうだ。
 第1部はロバート・スパーノ指揮サイトウ・キネン・オーケストラによるバーンスタイン「キャンディード」序曲で開幕。続いて司会の有働由美子が進行を担当し、ジャン=ポール・フーシェクール(テノール)によるプーランクの歌曲とリディア・トイシャー(ソプラノ)によるR.シュトラウス「子守歌」が披露された。(ピアノ:小林万里子)
 ついで、メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲第1楽章を小澤征爾スイス国際アカデミー、小澤国際室内楽アカデミー奥志賀が大編成で演奏。小澤征爾は立ち上がってブラヴォと拍手を送り若者たちを讃えていた。
 バリトンのマティアス・ゲルネによるメンデルスゾーン「エリヤ」からの「主よ、足れり、わが命をとりたまえ」の深々とした歌唱(共演:スパーノ指揮SKO)のあと、マーカス・ロバーツ・トリオによるビートが身体の奥深くから躍動してくるような「ビリー・ボーイ」「ベッシーズ・ブルース」、そして「ラプソディー・イン・ブルー」へと続いた。
 第2部は若手歌手たちと小澤征爾音楽塾オーケストラ、OMF合唱団、OMF児童合唱団をナタリー・シュトゥッツマンが指揮してラヴェル「子どもと魔法」の一部が演奏された。
 サイトウ・キネン・オーケストラあるいは水戸室内管弦楽団の首席奏者たち(豊嶋泰嗣、川本嘉子、原田禎夫、ジャック・ズーン、フィリップ・トーンドゥル、ラデク・バボラーク他)によるシュポーアの九重奏曲第2楽章も見もの聴きものだった。
 小澤征爾はジェームス・テイラーとは彼の奥さんを通して親しくなったとのことだが、この偉大なシンガー・ソングライターの「君の友だち」と「ファイア・アンド・レイン」は友人を思う歌。「君がつらいときはいつでも呼んでほしい。すぐに駆けつけるから」「つらい時もうれしい時もいつも君のことを思っている」という歌詞そのままの小澤征爾を気遣う温かな歌声は心に響いた。テイラーは自分の奥さんと子どもを舞台に呼び、OMF合唱団とともに「愛の恵みを」を会場中の手拍子と共に歌い上げた。このステージではスティーヴ・ガットのドラムスも光っていた。
 コンサートの最後にマルタ・アルゲリッチが小澤征爾と手をつないで登場。小澤にとって腰の骨折後初の指揮となるため、指揮台には椅子が用意された。
 アルゲリッチはベートーヴェンの「合唱幻想曲」をコンサートで弾いたことがあっただろうか。譜面を見ながらのピアノはすこしぎこちなかったが、打鍵の迫力はいつもながらのものがあった。
 この曲は20年前サントリーホールでの小澤征爾60歳バースデー・コンサートでピーター・ゼルキンも弾いた。あのときに較べるとオーケストラと合唱の迫力が数段増しているように感じた。
 小澤征爾とサイトウ・キネン・オーケストラ、OMF合唱団の気迫は凄まじいものがあり、そこにアルゲリッチと豪華な独唱陣(ソプラノ:リディア・トイシャー&三宅理恵、アルト:ナタリー・シュトゥッツマン、テノール:福井敬&ジャン・ポール・フーシェクール、バリトン:マティアス・ゲルネ)が加わった火が噴くような演奏は会場のスタンディング・オベイションを呼んだ。小澤征爾はコーダでは立ち上がり足を踏み鳴らしての渾身の指揮だった。
 すべてのプログラムが終わった後、コンサートの合間にあいさつも行った駐日アメリカ大使、キャロライン・ケネディー氏ほか出演者全員が舞台全体に広がり、長男の征悦、長女征良が運んできたバースデーケーキの火を小澤征爾が吹き消すと、アルゲリッチとサイトウ・キネン・オーケストラが「ハッピーバースデートゥーユー」の前奏を弾き始め、会場全体が大合唱で締めくくった。小澤征爾は涙で顔をくしゃくしゃにしていた。
 会場を出ると外はあいにく小雨が降り始めていたが、祝砲として甲冑の武士たちによる鉄砲の射撃が披露され、また夜空には花火が上がり、小澤征爾の80歳の誕生日を祝った。
 雨のため屋外から隣の体育館に場所を移し、地元8団体261人の大吹奏楽団に、サイトウ・キネン・オーケストラの金管も加わってチャイコフスキー「1812年」序曲が演奏された。小澤征爾は指揮をする村上雅俊の後ろで身体を揺らしたりリズムをとったり、ここでも元気な姿を見せていた。
 マエストロ・オザワが今後も健康で長く活躍されることを心から祈りたい。
写真:(c)マエストロ・オザワ80歳を祝う会実行委員会

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