2013年4月 

ミュージカル・剣幸主演「ミー・アンド・マイ・ガール」
2月28日 富山公演!・・・本田浩子
 ミュージカル「ミー・アンド・マイ・ガール」は、ノエル・ゲイの音楽で1937年にロンドンで初演され、80年代にはロンドンとブロードウェイで再演されて、大きな話題となった作品。日本では1987年に宝塚で初演され、かつて男役トップスターだった剣幸が主役のビルを演じて、宝塚では珍しい、ほぼ一年のロングラン公演となった、剣幸の当たり役としても知られている。今回昨年の「ハロー・ドーリー」http://www.musicpenclub.com/talk-201203.htmlに続いて、富山市民文化事業団主催で、剣幸が男役を離れて20数年経って若者のビル役に再挑戦するという、その意気に感じ、昨年の二月に続いて雪国富山に向かう。

 物語は1930年代後半、イギリスの名門貴族ヘアフォード伯爵家では、後継ぎ問題で親族会議の真っ最中。というのも、亡くなった伯爵にはロンドンの下町ランべスで育ったビルという息子がいることが判明したからだ。伯爵の遺言によれば、その息子を捜し出し、貴族にふさわしい人間ならば、全財産を彼に譲ると書いてあった。ビルの従姉妹のジャッキー(秋山エリサ)は、従兄弟のジェラルド(高山光乗)と婚約しているが、この際、お金目当てで、ジェラルドとの婚約を解消して、ビルを射止めようと目論む。

 親族の貴族が揃ったところにビルが登場するや、貴族とは程遠い無教養な若者に親族たちは仰天する。かつての宝塚公演ではこのシーンに剣が登場するや、居並ぶ貴族とは趣がガラリと違う、天真爛漫というか礼儀も何も心得ない少々いかれた若者振りで会場を沸かせた。あれから20数年経って、どんな若者になっているか、不安と楽しみ半々、興味津々で舞台に釘付けになった。地元富山出身の剣ビルは、期待に充分応える無教養な若者になり切って溌剌と登場、会場から拍手が沸き起こった。コックニー訛りの若者が、叔母にあたるマリア侯爵夫人(中尾ミエ)の徹底的な厳しい教育で、紳士になっていく様は、楽曲の素晴らしさに加えて、コミカルに、時にビルの恋人サリー(野田久美子)との恋がしんみりと描かれていて、飽きさせない。http://www.musicpenclub.com/talk-200805.html

 因みにコックニー訛りをしゃべるということは、ロンドンのEast Endランべス近辺に住む下層階級の育ちを象徴、dayはダイ、Sunday はサンダイ、isn't it?は、イーントゥイットに近い発音をするので、上流階級でないことは二言、三言喋れば分かってしまう。ニューヨークのブルックリン訛りなどもこれに近く、どんなに気取ってもオシャレをしても、子供の時からしみついている訛りは中々消せない。「マイ・フェア・レディ」の主人公の花売り娘のイライザもこのコックニー訛りを話す典型的な下層階級出身、「ミー・アンド・マイ・ガール」が「マイ・フェア・レディ」の男性版とも言われるゆえんである。

 ビルには同じランべス出身の恋人サリーがいるが、そんな身分違いの結婚を叔母にあたる侯爵夫人が許す筈もなく、ビルは特訓につぐ特訓にしごかれて、初めは使用人たちが働くキッチンに出没したりしては、ひんしゅくを買っていたが、次第に貴族らしくなっていく。そんなビルの変貌にサリーは、ビルの幸せの為に身を引くことを決意して、ビルを貴族として紹介するパーティにランべスの仲間たちを引き連れて、庶民性たっぷりのランべス・ウオークを披露する。身分違いを悟らせようと一芝居演じたサリーの計画は、かえってビルにランべスに帰る思いを募らせてしまう。ランべス・ウォークの陽気な曲に合わせて歌い踊る一幕の終わりのこのシーンは圧巻で、舞台から役者たちが歌い踊りながら、客席に降りてくる。これはロンドン再演、宝塚初演と同じ演出だが、今回の観客も手拍子で応えて盛り上がり、踊り出したくなる楽しいシーンとなった。

 サリーがいなくなってからのビルの落ち込みはひどく、侯爵夫人はいっそサリーに戻って欲しいとぼやく程、一方サリーの愛の深さに心動かされたジョン男爵(宝田明)は、ランベスのサリーを訪ねて彼女をヒギンズ教授の元に連れていき、レディを目指させる。いよいよ、伯爵邸を飛び出してランベスに戻ろうとするビルの前に、見間違えるほど優雅に変身したサリーが現れ、ビルは「バッキャロー、今までどこにいやがった!」と叫び、ハッピー・エンドで幕となる。

 リズム感抜群の心地よい演出は、ダンサーで振付師でもある本間憲一、振付・演出協力にロジャー・カステヤーノが加わり、明快な訳詞・翻訳寺崎秀臣・柳田麻友子で、楽しさ溢れる舞台を繰り広げた。浅地直樹が弁護士のバーチェスターを、本間ひとしが耳の遠いトリング男爵を軽妙に演じ、ランべス・キングとランべス・クイーンの安福毅と高谷あゆみが舞台にアクセントを添え、ジャッキー役とジェラルド役は若い恋人同士のすれ違いをしっかりと演じ切り、観客を引っ張った。そして何よりも、ベテラン宝田明、中尾ミエ両氏の出演は絵空事になりがちな貴族社会に、しっかりとリアリティーをもたらす好演で、剣ビルの天真爛漫で自然体の演技を支え切った。

 劇中歌、「一流の弁護士」、「ミー&マイガール」、「一度ハートを取られたら」、「ランベス・ウォーク」、「愛が世界を回す」などの名曲揃いに加え、2012年春から本間憲一氏の指導の下、練習に励んだ地元のメンバーが、ランべス・キャストとして41名参加、「ランべス・ウォーク」を盛り上げる大きなパワーとなって炸裂した。はるばる富山まででかけた甲斐があり、ミュージカル・コメディを満喫して、幕が下りても去り難い思いで、大釜宏之指揮の音楽に耳を傾けた。

<写真提供:(公財)富山市民文化事業団>

このページのトップへ