2016年3月 

  

Popular ALBUM Review


「ホームワード・バウンド/リンカーン・ブライニー」(MUZAK.Inc/ MZCF1328)
 さわやかなハーモニーに包まれたメローな歌いっぷりが70年代80年代のウェストコーストへと誘う、どこか懐かしい作品だ。サブ・タイトルにThe Seasons of Simon & Garfunkelとあるように収録曲12曲のうち「フランク・ロイド・ライトに捧げる歌」「早く家に帰りたい」「4月になれば彼女は」など9曲はS&Gのナンバー、そして3曲がPサイモン独立後のものだ。サンバ・ボサノヴァ調に仕上げたり、レゲエ調で聞かせたり、しっとりジャジーに歌い上げたりと、目先を変えたアイデアで聴かせる。リンカーン・ブライニーは1964年カリフォルニア州生まれのジャズ・シンガーで、多くの有名歌手と接する機会の多いセッション・ミュージシャンとしての経歴を持つ。マイケル・フランクスやチェット・ベイカー、ジョアン・ジルベルトらの歌唱スタイルの系譜にあるようだ。本作品は自身が影響を受けたというシンガーズ・アンリミテッドの多重録音技術を応用して、一曲一曲丁寧にハーモナイズしている。それがリンカーンのソフトなヴォーカルと絡み合い魅力を一層引き立てている。まるでコーラス・グループの作品を聴いているようでもある。
(三塚 博)


Popular ALBUM Review


「Speaking In Tongues /ルシアーナ・スーザ」(Sunnyside Communications / 輸入盤)
 サンパウロ出身、NYやLAを本拠地に活躍するジャズ・シンガー、ルシアーナ・スーザの通算11枚目の作品。けだるさを孕んだ声をまるで楽器のように巧みに操りながら展開する軽妙なスキャット。彼女をサポートするミュージシャンたちのエネルギッシュな演奏をさらにパワーアップさせる印象すら起こるパフォーマンスだ。リターン・トゥ・フォエヴァーのころのフローラ・プリムをすこしばかり思い起こさせるが、そこここに理知的でクールな空気を漂わせる。ジャズ修士号を持ち、教育者としてジャズのエリートたちを育成し、作曲家としては多くの著名な交響楽団と仕事をしてきていることが糧なっているのだろう。ハード・ドライヴィングなドラムス、シンコペーションを多用した複雑なリズムの中にハーモニカと彼女のスキャットが絡み合う。9曲中6曲が彼女のオリジナル。どの曲も計算しつくされたかのようにリズムを縦糸に、旋律を横糸にして緻密に綴られている。(三塚 博)


Popular ALBUM Review


「The Best Things In Life / Scott Hamilton-Karin Krog」(Stunt STUCD 15192)
 イタリアに住むスコット・ハミルトンがノルウエーのカ—リン・クローグと初共演でデンマークで録音したアルバム。二人は、ビリー・ホリデイの生誕百年の昨年、スカンジナビアをツアーした。その後で吹き込まれたものだ。カーリン・クローグは、フリー・ジャズからラグ・タイムまで状況に応じて何でもこなしてしまうヴァーサタイルなシンガーだが、今回は、「I Must Have That Man」「What a little Moonlight Can Do」などビリー・ホリデイとレスター・ヤングに纏わる作品を中心にスコット・ハミルトンとの共演で大変リラックスした雰囲気でオーソドックスなジャズを聞かせる。「Sometimes I'm Happy」は、レスター・ヤングのレコードのスラム・スチュアートのベース・ソロを彼女がヴォーカライズしている。本作の目玉かもしれない。リズム陣は、ヤン・ラングレン(p)ハンス・バッケンロス(b)クリスチャン・ロス(ds)とツアーのメンバーだ。10曲中3曲では、カルテットの演奏で聞かせる。ベテランの二人が邂逅を楽しんでいるといった楽しいアルバムだ。曲目解説のライナー・ノートは、カーリン自身が書いている。(高田敬三)


Popular ALBUM Review


「ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番 / 小林有沙」( オクタヴィア・レコード / OVCL-00122)
 美貌と才能を併せ持つクラシック界希望の若手ピアニスト小林有沙待望のセカンド・アルバム『ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番』は、今本人が最も望む楽曲を自信を持って演奏した秀逸の作品に仕上がった。ラフマニノフの「ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品36」は、感情の起伏が激しい楽曲を見事なまでに力強くも優雅に、ピアノの響きを損なわない大人の香り漂う演奏を聴かせる。「コレルリの主題による変奏曲 作品42」は、単に短い曲を淡々と弾き熟すのではなく、1曲1曲1音1音を大事に表現しながら、全体を大曲として捉えていて、聴き応え充分な演奏だ。「ひな菊」「ヴォカリーズ」は、甘美な余韻に包まれ、「愛の悲しみ」「愛の喜び」では、感性の赴くままに自由な小林有沙が存在する。正に、このアルバムこそが今現在の小林有沙なのだ。当分、小林有沙の活躍から、目が離せそうにない。(上田 和秀)


Popular BOOK Review


「瀬川昌久自選著作集〜チャーリー・パーカーとビッグ・バンドと私」(河出書房新社)
 音楽評論家瀬川昌久が、1954年から2014年までの60年に及ぶ著作活動の中で書き上げた多くの論文を、自らの手で編んだ音楽評論集。その時代その時点での数々の話題が筆者の見聞とともに浮かび上がってくるのでドキュメンタリー・フィルムでも観ているような心持にさせられる。1950年代のNY滞在記に始まる全6章からなっているが、第2章ビッグ・バンドの系譜は圧巻で研究資料としても貴重だ。とりわけギル・エヴァンス論から筆者のギルへの情熱がひしひしと伝わってくる。日本のジャズ史と題した第3章は、最長老の音楽評論家として戦前戦後の日本のジャズの変遷を目の当たりにしてきた筆者ならではの文脈が温かい。今日、学生ビッグ・バンドの育成に助力したり、地道に活動するジャズ・バンドやミュージシャンに光を当てたりする姿と重なる。巻末の蓮實重彦との対談「ジャズと映画をめぐって」には年輪を重ねあった方々ならではの話の展開に引き込まれる。(三塚 博)


Popular CONCERT Review


「アルバート・ハモンド」 (1月29日 ビルボードライブ東京)
 「カリフォルニアの青い空」で知られるアルバート・ハモンド、何と43年ぶりの来日公演だという。歌声からは爽やかなイメージがあるが、ステージは実にエネルギッシュ。ギターを弾きながら、とても71歳とは思えぬ伸びのある歌声でお馴染の曲を歌い継いでいく。そう、彼はシンガーである以前に売れっ子ソングライターとしてフリオ・イグレシアス、カーペンターズ等々、これまでに数多くのヒット曲を提供。その殆どがシンプルで親しみ易いのが特徴で、この日もそれらをセルフ・カヴァー、懐かしさと同時に一緒に口ずさめる楽しさにも触れ、彼が優れたメロディーメイカーであることを再認識させられたりもした。時にはフリオの物真似をしたり、客席に降りてファン・サービスをしたり、一緒に歌わせたりと、ステージ運びもベテランの域。お待ちかねのラスト・ナンバー「カリフォルニアの青い空」まで終始、会場も盛り上がりっ放しだった。
(滝上よう子)

撮影:Yuma Totsuka


Popular CONCERT Review


「若林顕」(1月30日 サントリーホール)
 2014年1月日本の音楽史に衝撃を与えたサントリーホールでのピアノ・リサイタルの再現となるか、それがこの日集まった観客の最大の注目・興味であった。はっきり言って想像を超える演奏に観客全てが驚いたに違いない。スポットライトの下、ステージの中央には、若林顕とスタインウェイだけが存在する。ピアノを相手に喧嘩をするのか、それともピアノを友とし自分自身と戦うのか、勿論後者であることは間違いない。緊張感120%の中で始まった「ラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲 作品42」は、大胆な演奏の中に時折聴かせる狂気に満ちた激しさは、音楽の神(もしかすると悪魔)が乗り移ったのかと思わせる程キレている。「ショパン:12の練習曲 作品25」は、繊細な演奏とピアノの響きが印象的だが、練習曲の枠を超えて、メロディの美しさを表現しながら、鍵盤全てを使いこなし、楽章によって音色を使い分ける見事な演奏を聴かせる。これが若林の真骨頂であり、唯一無二のピアニストなのだ。これ程激しくも美しい、そして切ないエチュードは今迄に存在しない。「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調 作品106ハンマークラヴィーア」は、もう若林がベートーヴェンに見えて来る、そんな魂のこもった演奏となった。若林程の実績があってもこの日のコンサートは緊張を隠せない程力の入った演奏である事は、誰もが感じている事だが、その緊張の中で幾度となく汗を拭い、髪をかき上げる若林の意識に反応するかの様に今宵のスタインウェイは1音1音の音の良さと倍音の響きが美しい、これも若林だから成せる技なのか。いつもの事だが、彼のピアノは呆けた私の頭を覚醒させる。この日の若林顕は、単に日本を代表するピアニストではなく、曲毎に作曲者が乗り移ったかの様な演奏を聴かせた。この日若林顕が如何に気持ちのこもった演奏をしたかは、4回のアンコールにも表れている。演奏終了後、清々しさに満ちた若林顕の姿に、全てを出し切った男の哀愁と生き様を感じた。日本には、これ程優れたピアニストが居る事を日本人として誇りに思う。(上田和秀)


Popular CONCERT Review


「ロバータ・ガンバリ—ニ」 (2月11日 ファースト・ステージ・丸の内コットン・クラブ)
 久し振りのガンバリ—ニは、一月末にブルー・ノートで公演したトランペットのロイ・ハーグローブのクインテットからハーグローブが抜けたサイドメン、ジャスティン・ロビンソン(alt)サリヴァン・フォートナー(p)エイミ—ン・サリーム(b)ジェレミー・クレモンズ(ds)を伴ってのステージだった。ヴァレンタイン・スペシャルというので先ずは、愛の歌、「Where Is Love?」をアカペラでしっとりと歌い上げ、アップ・テンポの「That Old Black Magic」へと続く。ブルーベックの「In Your Own Sweet Way」では、トランペットの様なスキャットでアルトのクレモンスと渡り合う。名盤「Sonny Side Up」のガレスピーとソニー・ステイット、ソニー・ロリンズのソロをヴォーカライズした十八番の「On The Sunny Side Of The Street」は、相変わらず素晴らしい。失恋の歌だというフランス語でピアノとマレットによるドラムスで歌ったバラード「Oblivion」は、今回初めて聞いた歌だが、印象に残るものだった。ボサ・ノヴァの「No More Blues」は、ポルトガル語から英語,そして延々とスキャットでアルトと絡むお得意のパターンだ。一転してピアノとデュオによる「A Time For Love」とメドレーで全員参加してくる「Never Let Me Go」そしてベースとのデュオから入り盛り上げてゆく「This Masquerade」、ジミー・ヒースとの最新アルバムからの「Without A Song」,ドラムスとのデュオから入る「From This Moment On」と歌の構成がワン・パターンになりがちなのが気になる。アンコールは、やはりピアノとのデュオで入る「Fly Me To The Moon」だった。彼女の歌は、スキャットなどテクニックは抜群で第一級品なのに、聴衆の心に訴えてくるものが希薄なのが残念だ。期待が大きすぎるのだろうか。(高田敬三)

写真:米田泰久


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