2011年2月 

CONCERT Review (イギリス・バーミンガム発)
Andreas Scholl Sings Purcell - at Birmingham Town Hall・・・・・・・・by Mika Inouchi
「アンドレアス・ショル、パーセルを歌う」バーミンガム・タウン・ホール・・・井内 美香
 ドイツ出身のカウンター・テナーのアンドレアス・ショルAndreas Schollが昨年末発表したアルバム「おお、孤独よO Solitude」の内容をフューチャーしたコンサート・ツアーを1月16日に英国バーミンガムでスタートした。このCDは英国を代表する作曲家ヘンリー・パーセルの音楽を、歌曲から宮廷音楽、劇音楽までを集めたアンソロジーであり、カウンター・テナーにとって重要なレパートリーであるパーセルをショルが初録音したことで注目されている。


 ショルはザ・プロムスに出演したこともあり、英国では広く愛されているアーティストだ。昨年12月にもロンドン、バービカン・センターでフィリップ・ジャルスキーとのデュオでパーセルの曲を集めたコンサートを行ったばかりである。今回のツアーはこれまでに何枚ものアルバムを一緒に録音しているアカデミア・ビザンティーナAccademia Bizantinaとの共演である。指揮とコンサート・マスターを務めるステファノ・モンタナーリが率いる12名のメンバーが参加した。会場となったバーミンガムのタウン・ホールは1834年にオープンした由緒ある会場だが、2007年に全面的に改装され1086席の音響の良いシュー・ボックス型のコンサート・ホールである。


 今回のコンサートは(CD録音直前の)昨年7月にフランス、ボーヌの古楽音楽祭で演奏され、Arte TVでインターネット生中継されたものとほぼ同じ内容。アカデミア・ビザンティーナによる付随音楽「解かれたゴルディアスの結び目The Gordian Knot Unty'd」組曲の演奏で始まり、その次にショルが登場して「 音楽が愛の糧であるならばIf music be the food of love」「薔薇よりも甘くSweeter than roses」、そして「夕べの讃歌 Evening Hymn:いまや太陽はその光を覆い隠しNow that the sun hath veil'd his light」を続けて歌う。ショルは始めの数曲は歌に少し固さがあるようであったが、透明感のある独特の美声は健在。そして再び器楽曲となり「アーサー王King Arthur」からシャコンヌが演奏されると、前半の重要曲「ダイドーとエネアスDido and Aeneas」から「私が地に伏す時(ダイドーの嘆き)When I am laid in earth」へ。ショルは観客に「この曲はご存知の通り本来女性が歌うものですが、その美しさと感情表現は性別を超えたものだと信じて私も歌う事にしました」と話しかけてから歌へ。その細やかな表現は、死に行くカルタゴの女王ダイドーの悲劇を鮮やかに描き出した。

 休憩時間を挟んで後半は「アーサー王」からの「コールド・ソングCold song」でスタート。弦の不気味な音色がショルの演劇的表現に色を添える。そして器楽曲のパヴァーヌとヴァイオリン3台がソロを奏でるト短調のシャコンヌが演奏された後、音楽の守護聖人、聖セシリアの祝日のためのオード「来たれ、歓喜よWelcome to all the pleasures」が高らかに歌われた。この日のクライマックスとなったのは次の「おお、孤独よ」。アルバムのタイトルにもなっているこの曲の「おお、孤独よ、我が甘美なる選択よ…」で始まる長い歌は、ショルの知的で繊細な感情表現が観客に強く訴えかけた一曲となった。続く「つかの間の音楽Music for a while」は「つかの間の音楽が、あなたの全ての心配を慰めてくれる」という、琴線に触れる歌詞とメロディーを持つ名曲で、こちらも「おお、孤独よ」と同じ緊張を保った素晴らしい演奏であった。

 次に、これまでとは違う雰囲気を持った器楽曲「ト長調ソナタ、作品797」が演奏された後は、プログラム最後の曲となった「アーサー王」からの「最も美しき島よFairest Isle」が歌われた。ヴィーナスが英国を讃えるこの歌は、英国の観客へのオマージュとして最後を飾るのにふさわしい。高貴な美しさを持つ曲をショルは格調高く歌いあげ、また間奏部分にはモンタナーリのヴァイオリンによる華麗なソロが曲に華を添えた。コンサートは大喝采のうちに幕を閉じ、アンコールでは「妖精の女王」から「魅惑的な一夜One Charming night」などが演奏された。

 終演後、地下のコーヒー・ショップでCDサイン会が行われ、観客の長い列が出来た。サイン会でショルに少し話を聞く。「パーセルは一部の音楽学者などだけではなく、幅広い観客を感動させることが出来る音楽です。今回のコンサートの曲目として、私は自分自身が愛している、これまで自分が親しんできた曲を選びました。「アーサー王」の「コールド・ソング」などは子供の頃にポップ・ソングとしてヒットしていて、それがパーセルの曲だとも知らずに聴いていたものです。「おお、孤独よ」はアルフレッド・デラーの録音を愛聴していました。このアルバムの曲は私自身が愛している曲なのです。パーセルは芸術としてではなく人間に向けて音楽を書いた、それがパーセルの偉大さだと思います。彼の普遍性が21世紀の今日にも愛されているのです。」「イギリスはカウンター・テナーの伝統がありますから、ここで歌うのは易しくもあり、難しくもあります。カウンター・テナーがどんなものかを説明する必要が無い代わりに、アルフレッド・デラー、ジェームズ・ボーマンなどの伝説的歌手達がいた土壌で、しかも英語の歌を歌うわけですから。でも、幸いな事にバーミンガムの観客はとても温かく受け入れてくれました。」


 ツアーはバーミンガムの二日後マンチェスターで演奏会が行われた後、2月にミュンヘン、ウィーン(ムジークフェライン)、リュブリャーナ、ケルン、ハノーファー、ベルリン(コンツェルトハウス)などで続けられる予定となっている。


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