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ファン・ディエゴ・フローレス、マントヴァ公に挑むードレスデン国立歌劇場
(ザクセン州立歌劇場)の「リゴレット」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・加藤 浩子
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ペルー出身、今年35歳のファン・ディエゴ・フローレスは、ベルカント・テノールの大器として世界を席巻している。3点Dまで喉声で出せるという天賦の高音と、輝かしい声、完璧なテクニックを武器に、とくにロッシーニを初めとするベルカント・オペラに驚異的な力を発揮してきた。
そのフローレスが、このたび、ドレスデン国立歌劇場(正式名称はザクセン州立歌劇場)で、ヴェルディの名作《リゴレット》のマントヴァ公に挑んだ。自分にあったものしか歌わない慎重な姿勢を堅持し、ヴェルディやプッチーニの大半のオペラは「音域が低すぎ」、またボリュームが大きすぎると敬遠してきた彼の、新境地である。同役は母国ペルーのリマで3月に歌っているが、国際的歌劇場で歌うのは初めてで、実質的なロールデビューとなった。関係者の話によると、劇場は2001年からフローレスと交渉したという。大スターの有名役へのデビューとあって、劇場側の受け入れは万全で、当然ながら新プロダクション。ソリストもディアナ・ダムラウら一流どころをそろえ、芸術監督のファビオ・ルイージが指揮を執るという豪華キャストとなった。リハーサル期間も一ヶ月と準備万端で臨んだだけあって、公演は今シーズン一の話題となり、6月21日のプレミエはヨーロッパ全土に中継された。

《リゴレット》は、ヴェルディがベルカントから劇的表現へ移行していく転換期にある作品で、両者が手を取り合って生まれた大傑作である。大半の上演では劇的な側面が強調されてしまうのだが、フローレスの起用は、《リゴレット》がベルカント・オペラでもあることを確認させてくれた。精確無比のテクニックと高音の魅力は第3幕で全開となり、暗い色調の《リゴレット》のなかにあって、漆黒の夜にきらめく銀河のような、クリアで幻想的な美しさをかもしだした。
他のキャストも粒ぞろい。ジルダを歌ったドイツのソプラノ、ディアナ・ダムラウは、昨今注目を集めているコロラトゥーラ・ソプラノだが、柔らかくまた湿り気を帯びた澄んだ美声で、この役の娘らしさを十二分に表現し、涙を誘った。タイトルロールのリゴレットを歌った旧ユーゴスラビア出身のバリトン、ジェリコ・ルチッチも、決して大仰になることなく道化の悲しみに迫る演唱で、喝采を浴びた。だが音楽面での成功の一番の立役者は、指揮のファビオ・ルイージだろう。緩急の呼吸もたくみに、ダイナミックレンジを広く取り、優秀なオーケストラの響きをたっぷりと聴かせる。寄せては返す波のようなルイージの音楽づくりにより溶け込んでいたのは、フローレスよりダムラウやルチッチだったかもしれない。
ベテラン、ニコラウス・レーンホフの演出は、シュールな遊びを交えつつ、宮廷の公的な世界と家庭の私的な世界を暗と明で対比した、説得力のあるもの。スター・テノールのフローレスを際立たせる工夫も、随所にされていた。動物の仮面をかぶった宮廷人たちが行き来する宮殿は、レーンホフによれば「マントヴァ公が女性を狩る狩猟場」。リゴレットの嘆きに打たれる場面で、その宮廷人たちが仮面を外すなど、感情描写も細やかになされていた。有名な第3幕の四重唱では、ジルダからマッダレーナに心を移すマントヴァ公の心が、演技によってなぞられた。新しさを出しつつ、音楽とドラマに齟齬がなく、かつ作品の奥にある人間的なメッセージを汲み取った、名プロダクションだったといえよう。
熱演の連続に、客席は次第に白熱。聴衆すべての集中力が舞台に注がれ、舞台と客席が一体となって呼吸するまれな体験となった。とくに第3幕の有名な四重唱では、音符が途切れても音楽が満ちているという奇跡の瞬間が訪れた。終演後はスタンディングオベーションとなり、ブラヴォーと足踏みが渦巻いた。ドレスデン国立歌劇場には10数回足を運んでいるが、これほどの熱狂を目のあたりにしたのは初めてだった。(6月24日所見)
(Photo:Matthias Cruetziger)
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大野和士、モネ劇場音楽監督最終公演《運命の力》レポート・・・・・・・・加藤 浩子
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ベルギーの首都ブリュッセルにある王立歌劇場、俗称モネ劇場の名前が日本のオペラファンに身近になったのは、6年前に大野和士が音楽監督に就任してからだろう。大野の在任中、モネ劇場は新作の委嘱も含めてプログラムを充実させ、初の日本公演も行った。大野の功績は、地元でも高く評価されている。
その大野が、6年間つとめたモネ劇場の仕事を退くことになった。最後の演目に選ばれたのは、ヴェルディの《運命の力》。劇場の広報誌にあった大野の言葉によると、初めてモネ劇場の管弦楽団を指揮した1999年のコンサートで、プログラムの初めにあったのが《運命の力》の序曲だったから、という「個人的な理由」だそう。4月にスカラ座で指揮した《マクベス》に続き、ヴェルディの連続した季節となった。
大野の指揮は、細かいところをていねいに整理し、着地させながら、基本的にはインテンポで飛ばしていく爽快なもの。ジュセッペ・パタネに師事した経歴をうかがわせる、すっきりした、同時に知的な音楽づくりだった。ともすれば冗長に聴こえがちな《運命の力》の弱点がまったく感じられなかったことは、特筆するべきだろう。
これがオペラ初演出というディルク・タンゲの演出は、残念ながら創意の感じられない単調なものだったが、グアルディアーノ神父を歌ったカルロ・コロンバーラ、プレジオシッラを歌ったマリアンネ・コルネッティなど、ソリストの健闘で舞台は白熱した。主役陣では、レオノーラを歌ったエヴァ=マリア・ウェストブロックが大健闘。ドン・アルヴァール役のゾルタン・トドロヴィッチは、声はあるものの、恵まれた素質を生かしきれるまでに技術が成熟していないことが惜しまれた。
カーテンコールでは、大野に敬意を表して聴衆が総立ちに。オーケストラピットや客席からシャワーのように花が投げられ、マエストロ大野を讃えた。また終演後は舞台の上で、劇場のスタッフたちにより送別会が催されたが、何人もの代表者の謝辞や贈り物に加え、大野への感謝の言葉を日本語でTシャツに書いているメンバーも何人もいて、劇場側の大野への感謝の思いがよく伝わってきた。
余談だが、モネ劇場ではプロンプターを使わない。大野が指揮する時は、演奏中、本人がずっと歌詞を口ずさんでいるとか。オペラ指揮者大野の底力の片鱗を見た気がした。
大野の次のポストは、フランス、リヨン歌劇場の首席指揮者。日本人が、フランスの国立の歌劇場でポストを得るのは初めてである。この春には48歳の若さで紫綬褒章も受章。ますます羽ばたく大野和士に、世界の楽壇の注目が集まっている。
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