2013年3月 

オーケストラ・エレティール 第47回定期演奏会」
2月10日 武蔵野市民会館大ホール・・・・・・・・・・・・藤村 貴彦
指揮者の新田ユリ

 オーケストラ・エレティールは、1988年に電気通信大学の卒業生が呼びかけ、学生時代に共演した白百合女子・実践女子の各大学弦楽合奏団の卒業生らとともに結成されたとのこと。現在年二回の定期演奏会を行っている。弦はきれいにそろってさわやかな音を出し、調和のとれたしっくりした美しさを聴かせるのが特徴。今回の定期は、モーツァルトの「交響曲第一番」、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第一番」、ショスタコビッチの「交響曲第一番」というプログラムで初期の3曲である。どの作品も派手な演出抜きの誠実な再現で、良い響きが出ていたし、細かな表情も念入りに磨かれており、好感のもてる音楽であった。
 ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第一番」は指揮者の新田ユリによる独奏で、「弾き振り」のスタイルでの演奏。新田の指揮はこれまで数回接したが、ピアノを聴くのは初めてである。過度な力みや緊張から解放されて、芳醇な音楽性を少しも無理なく発揮していた。新田ユリの指揮の長所は、内容の充実感を持って、穏やかに人の心をとらえることにあるが、ピアノの演奏も同様であり、特に第二楽章が美しかった。旋律の処理の表現が鮮やかで、しかも豊かな音の美しさにも、要所要所くさびが打ち込まれて、しっかりした形式感が保たれている。
 ショスタコビッチの交響曲第一番は出来もなかなか立派な物で、ひたすらまっすぐに頑丈な音楽を作り出しているのが印象に残った。テンポと曲想がめまぐるしく変化する第4楽章が非常に難しいのだが、どのパートもしっかり音を出しており、それでいて機械的な表現は見られなかった。
 日本にはアマチュアオーケストラがどのくらいあるかはわからない。オーケストラ・エレティールの団員の方がたがたも音楽を通して、さらに豊かな人生を歩んでもらいたい。 

第二回ミュージック・ペンクラブ・セミナー「バーブラからノラ、アデルまで。
グラミー賞を彩ったディーヴァたち」を開催。
2013年2月15日、パイオニアプラザ銀座、講師・鈴木道子
雪模様の二月の夜の銀座がここだけは熱かった!

 音楽の歴史を創ったミュージシャンの素顔と魅力を誰よりも知るプロが、肉声でその魅力を語りかける連続セミナーが「ミュージック・ペンクラブ・ジャパン・セミナー」(パイオニアプラザ銀座)である。昨年11月の第一回は、定員の5倍のご応募が殺到する好評ぶりで、残念ながらご来場いただけなかった方にこの場でお詫び申し上げたい。


午後六時半、鈴木道子講師が鮮やかなピンクのスーツで登壇した。

 ミュージック・ペンクラブ・ジャパン・セミナーは好評に応え、今年から偶数月開催となる。第二回が「バーブラからノラ、アデルまで。グラミー賞を彩ったディーヴァたち」と題してさる2月15日に開催された。


天気予報では雪だったが、パイオニアプラザ銀座B1Fスタジオは満員。熱気がうずまいていた。

 新旧の女性アーティストに焦点を当て、彼女達への会見で知った意外な素顔など数々のエピソードを伝える講師は、ポピュラー音楽評論界の重鎮・鈴木道子氏(ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元会長)である。

 東京は午後から雪模様という予報に、聴衆の客足が心配されたが、パイオニアプラザ銀座B1Fスタジオは定刻前に早くも満員となり、聴衆の盛大な拍手に迎えられて鈴木講師が登壇。目にも鮮やかなピンクのスーツに会場の空気が華やかに一変する。

 開口一番、「いま司会者から、器量の大きな女性とご紹介していただきましたが、私が自慢できるのは重量、です。」とかつて音楽ファンがAM/FM放送で耳を欹てたあのビューティフルヴォイスで語るから、聴衆は呆気に取られ次にクスクス笑いだす。この辺りの場をつかむ呼吸は流石に<重鎮>である。

じゃじゃ馬? バーブラの意外にも謙虚で真摯な人柄に感激

 三日前の2月12日に発表になったばかりの2012年度のグラミー賞の各部門の授賞内容を手短に紹介した後、最初に紹介したのは、アメリカ・ショウビズ界の女王、バーブラ・ストライサンド。(1963年最優秀アルバム、1978年最優秀楽曲賞)


バーブラ・ストライサンドのコンサートの素晴らしさを熱っぽく語る。

 本名はバーバラだが、ショウビスで成功するには名前を覚えられることも大切、と思い“a”を一つ取ってバーブラにしたエピソードに始まり、昨年10月カナダ・バンクーバーに観に行ったバーブラの素晴らしいエンターテイナーぶりが活き活きと語られ、時空を超えてステージがありありと目に浮かぶ。

 ウーマンリブの闘士として「女性は男性と対等なのでなくあらゆる面で優れている。」と発言し物議を醸したことからじゃじゃ馬女性と思われがちだが、来日公演時のウエルカム・パーティ会場で「(She is)Japanese Leading Female Critic.」と紹介された鈴木講師に、「社会的に尊敬され高い地位にいる女性にお会いできるのは、最高の幸せです。」と目を輝かせて答えたという。バーブラが主演・製作した「スター誕生」がウーマンリブの映画だったことや、意外と謙虚な一面を伝えるエピソードまで披露された。曲は「追憶」と自作曲「スター誕生の愛のテーマ」。

さり気ない自然体のステージに新時代の到来を実感

 二人目はキャロル・キング。(1972年最優秀レコード、アルバム、楽曲賞他)十代で夫のジェリー・ゴフィンと作詞作曲チームを組み「ロコモーション」(リトル・エヴァ)、「アップ・オン・ザ・ルーフ」(ザ・ドリフターズ)、「ウィル・ユー・ラブ・ミー・トゥモロウ」(ザ・シュレルズ)等々のヒット曲を量産、1970年代に歌手として再デビューして人気を得、大ベストセラーアルバム『つづれおり』の成功でシンガー・ソングライター・ブームの牽引車に。

 その後、チャールズ・ラーキーと再婚・離婚、ナチュラリストの新パートナー達とアイダホの原野で自給自足の生活を経て、現在はステージにカムバック、近年の来日公演はいずれも好評である。恋に音楽に、普通の人の三倍の人生を生きた<元祖ナチュラル・ウーマン>といえるだろう。

 鈴木講師が初めてキャロルのステージに接したのは、『つづれおり』をリリースした直後で会場はL.A.のグリーク・シアターだったという。1971年当時はショーアップしたステージに豪華なコスチュームというのが女性アーティストの定石だったが、この夕、屋外ステージにバックバンドの姿はなく、スポットライトの下にはグランドピアノがあるだけ。そこにさり気ないコットンのドレスに身を包み長く豊かな髪をなびかせ、三十歳前のキャロルが登場、その素朴で凛とした美に新時代の到来を実感したという。曲は「きみの友だち」と「イッツ・ツー・レイト」。

ジョニの画家としての才能にほれ込み、日本での個展が実現。

 三人目は鈴木講師と長年交友があり、個人的にも音楽家としての才能を最も高く評価しているジョニ・ミッチェル。(グラミー賞9回受賞)フォークから出発しロック、ジャズ、ポップへと音楽の翼を広げた真のクロスオーバーミュージックの担い手で正真正銘の<才女>である。

 カナダ生まれのジョニは、アメリカで夫婦デュオとしてデビューしたが、ジョニのシンガー兼作曲家としての才能が注目を集め出すとデュオは決裂、結婚を解消し単身でグリニッチビレッジで活躍、CS&Nのデビッド・クロスビーの勧めで西海岸に渡る。折りしも“Both Sides,Now”(「青春の光と影」)がジュディ・コリンズの歌で世界的に大ヒット、セカンドアルバム“Clouds”「ジョニ・ミッチェル」で一躍シンガー・ソングライターの旗手となる。

 ジョニの自宅を訪問した鈴木講師の目を惹きつけたものは、ジョニ自筆の絵画の個性的な美しさだった。そういえば、彼女のレコードの大半はジャケットに自作絵画が使われている。鈴木講師は彼女に日本での展覧会を提案、事実それは渋谷のパルコ美術館で後年実現する。鈴木講師はこの展覧会のプロデューサーを務めている。

 ジョニは現在のポピュラー音楽界に失望し、病を得たこともあり引退を宣言し活動をしていない。鈴木講師はそんなジョニの心境を思いやり「彼女はきっと大好きだったバレエ関係の仕事をしたり、絵を描く毎日を送っているのでしょう。」

 曲は「青春の光と影」そして「シャドウズ・アンド・ライト〜ジュヴェナル・デリンクェント」。

神秘的な深い瞳に国境を越えた音楽家のDNAを見た

 ぐっと世代が若返り、4人目はノラ・ジョーンズ。(2003年最優秀レコード、アルバム、新人賞他)大学在学時からジャズ・ヴォーカリストとして注目を集め順調にプロデビュー、ファーストアルバム『カム・アウェイ・ウィズ・ミー』でグラミー四冠を果たした。ノラの父は先頃物故したシタールの巨匠ラヴィ・シャンカルである。


大きな瞳が神秘的なノラ・ジョーンズ。日本蕎麦がすっかり
気に入ってしまったとか。

 母と自分を残して去った父に対して当然複雑な思いがあって、「私はインド音楽からの影響は一切受けていない。」ときっぱり公言するノラだが、実際に会った彼女の大きな瞳は吸い込まれそうな位神秘的という。来日時に日本蕎麦が気に入ってそればかり食べていた楽しいエピソードも。音楽性にはジャズだけでなく、カントリー、ソウル、ロックなどさまざまで逞しくもある。曲は「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」と「ドンノウ・ホワイ」。

24歳の若さなのに、抜きん出た存在感と歌唱力

 最期を飾るのが、昨年のグラミー主要五部門を制覇し今年も連続受賞したアデル。(2012年最優秀レコード、アルバム賞等)ロンドンの労働者家庭に生まれ、「コックニー」英語(ロンドン庶民のべらんめえ言葉)を堂々としゃべる飾り気ない人柄と、自身の恋愛体験から生まれた率直な歌詞が英語圏で人気だ。


今回のサプライズは終演後の余興。アデルの最新ブルーレイディスクをパイオニアプラザ銀座から来場者にプレゼント。

 しかしそれ以上にまだ24歳の若さなのに歌唱のスケールの大きさから「パンクのバーブラ・ストライサンド」とも呼ばれる。エモーショナルで堂々としたステージにこれからも成長していく大器を感じさせるという。曲は「スカイフォール」と「サムワン・ライク・ユー」。

 締めくくりに2012年度グラミーでベスト・ポップ・ヴォーカル・アルバム部門を受賞したケリー・クラークソンの『ストロンガー』から一曲紹介し、二時間のセミナーは幕を閉じた。

 最後に裏話を一つ。鈴木講師から、キャリアの長いキャロル・キングについて自伝を読んで彼女の来歴を調べておきました、と聞き、筆者も読んでおこうと思いアマゾンで調べたら、2月26日に日本語翻訳版が刊行とある。つまり、このセミナーのために鈴木講師は原書を取り寄せ通読していたのである。この一期一会の真剣な姿勢に筆者はいたく感心させられた。

 事実今回のセミナーのトークの密度は濃く、90分の予定で始まったものの、話があまりに盛り沢山で終始ゆったりペースで進み、終了は定刻を30分オーバーした午後9時。パイオニアプラザ銀座のスタッフがハラハラする場面もあった。しかし、当日お見えになった聴衆からすれば、今日はいいものを聴いた、という満足を胸に家路についたに違いない。セミナーの翌日、筆者の元に寄せられたメールを一つだけ紹介しておこう。

 「充実した昨夜のセミナーから、たくさんの良い刺激を頂いて帰ってまいりました。特にJoni Mitchellの画集を拝見できたことは、望外の喜びです。良いものを紹介したいという、鈴木先生の惜しみないお心遣いに感激しました。お陰様で、とても有意義なひとときを過ごすことができました。ありがとうございます。」(文責・大橋伸太郎)。


セミナーにお力をいただいた、(株)ADKインターナショナル(パイオニアプラザ銀座のイベント運営会社)とパイオニア(株)の方々、鈴木道子(ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元会長)、貝山知弘(同 会長)。

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