アメリカが誇る国民的女性シンガー、リンダ・ロンシュタット。彼女が70年代、ウェスト・コーストの歌姫として一世を風靡していたアサイラム時代の名盤5作品が紙ジャケにて復刻!!・・・小松崎健郎
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リンダ・ロンシュタットのアルバムで最初に買ったのは「風にさらわれた恋」だった。たしか中学2年の時(78年)だったように記憶しているから、発売からおよそ2年経ってからということになる。当時の僕はビートルズ、ストーンズ、キンクスといったブリティッシュ・ビート勢、ザ・バーズ、そしてパンク/ニュー・ウェーヴに夢中になっていたわけで、そんな僕がリンダに触手を伸ばすに至った理由はというと、ちょっと不純なのだが、可憐でありながらも親しみやすいルックス、これに尽きるのだ。
当時、僕たち中学生のロック好き少年の間で、もっとも"アイドル"的な存在として人気を集めていたのが、スティーヴィー・ニックス(フリートウッド・マック)とリンダであった。しかも2人とも、それぞれ<恋多き女性>として、ある意味ゴシップ欄の常連というべき存在だった。イーグルスの「魔女のささやき」はリンダのことを歌ったナンバーとされるが、実際に、J・D・サウザーを始めとするイーグルス・ファミリーはもちろんのこと、ミック・ジャガーらロック・スター、さらには政財界の大物たちとのラヴ・アフェアは当時、音楽雑誌以外の一般のメディアでも大きく取り上げられていたのである。そんなこんなも、まだウブだった中学生ロック・ファンたちの妄想を膨らますには十分すぎるほどであった。
話を元に戻そう。70年代、リンダは音楽的には、いわゆるウェスト・コースト・ロック、シンガー・ソングライターの括りでとらえられていた。ただし、たとえばジョニ・ミッチェルやキャロル・キングといった自作自演をモットーとする<女流シンガー・ソングライター>とは、まったく立ち位置そのものからして違っていたのである。そう、リンダこそは<優れた解釈者>であり、なおかつ他人の作品をも歌声ひとつで自らのオリジナル作品へと昇華させる天性の才能を持った<表現者>だったのだ。 しかも、彼女の<楽曲至上主義>ともいうべきスタンスが、多くの有能でありながらもチャンスに恵まれなかった無名作曲家たちをスポットライトの当たる場所に引き上げたという点も特筆すべきことであろう。初めて購入したリンダのLP『風にさらわれた恋』は、僕にカーラ・ボノフなる素晴らしいシンガー/ソングライターの存在を教えてくれた。80年代以降のリンダは、様々な音楽的トライアル、変遷を続けながら、現在に至るまで僕たちに新たな音楽との出会いの場を提供し続けてくれる稀有な存在なのだ。
さて、そんなリンダにとって<第1期黄金時代>ともいうべきアサイラム時代の初期5タイトルが、米国オリジナル盤を忠実に再現した紙ジャケ仕様(タスキは当時の日本盤オビ)、最新リマスタリング音源にて今回復刻された。
『風にさらわれた恋』を買ってから32年、当時は気づかなかった、ポピュラー・ミュージックに於いて<歌心>や<解釈>といったものがどれだけ大切なのかということを、あらためてリンダは問いかけてくれる。
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「ドント・クライ・ナウ」
(ワーナーミュージック・ジャパン/WPCR-13853)
73年発表。当時のリンダの恋人であったJ・D・サウザーがプロデュースを手がけた、アサイラム・レーベル移籍第1弾。エリック・ジャスティン・カズとリビー・タイタスの共作であり、以後、数多くのシンガーが取り上げることになる名曲「ラヴ・ハズ・ノー・プライド」をはじめ、イーグルスでお馴染みの「ならず者」など選曲の妙が特に光る。米45位。RIAA公認ゴールド・ディスク獲得。 |
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「哀しみのプリズナー」(ワーナーミュージック・ジャパン/WPCR-13854)
リンダが飛翔するうえで多大な貢献を果たしたのが、ジェームス・テイラーとのコラボレートで一躍"時の人"ともなったプロデューサー、ピーター・アッシャーの存在だった。彼と組んでの最初のアルバム「Heart Like A Wheel」(74年)は契約上の問題からキャピトルからの発売となったが、これが200万枚を売り上げ米1位となったことで押しも推されぬ人気歌手の仲間入りを果たす。
続く本作は再びアサイラムに籍を移してのもので、ポップ、ロック、フォーク、R&Bから満遍なく"名曲"を選び出しリンダ流に調理しているのが最高だ。リヴァイヴァル・ヒットさせた、モータウン・クラシックの「ヒート・ウェイヴ」(米5位)の解釈の素晴らしさといったらない。米4位。プラチナ・ディスク獲得。 |
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「風にさらわれた恋」(ワーナーミュージック・ジャパン/WPCR-13855)
76年発表。ジョン・コッシュによるジャケットも素晴らしい。定番となった感のあるオールディーズ・カヴァーは、ここではバディ・ホリーの「ザットル・ビー・ザ・デイ」でシングルとしても大ヒット(米11位)。まだ無名だったカーラ・ボノフのナンバーを3曲取り上げた他、ドン・ヘンリーとのデュオで歌ったタイトル曲(ウォーレン・ジヴォン作)も大きな話題となった。米3位。プラチナ・ディスク獲得。 |
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「夢はひとつだけ」(ワーナーミュージック・ジャパン/WPCR-13856)
バディ・ホリーの「イッツ・ソー・イージー」(米5位)、ロイ・オービソンの「ブルー・バイユー」(米3位)、と2曲のカヴァー・ヒットを収めた77年の作品。米国だけで350万枚を売り上げ、5週連続で米アルバム・チャートの首位の座をキープした。トリプル・プラチナ・ディスク獲得。シンガー/ソングライター的なサウンドから、よりロック色が強まったのもまた本作の特徴であり、ストーンズのカヴァー「ダイスをころがせ」はストーンズ・ファンのみならず評論家、玄人筋のロック・ファンをも唸らせたほどだ。 |
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「ミス・アメリカ」(ワーナーミュージック・ジャパン/WPCR-13857)
78年発表。ジャケットに写る髪をバッサリ切ったリンダの表情からは、シンガー/ソングライターやウェスト・コースト・ブームがAORやディスコに取って代わられ、またパンク、ニュー・ウェーヴやパワー・ポップの台頭といった、この時期の音楽界の変革を前にしての一種の決意表明のような趣すら漂う。それを裏付けるかのように、前作でのロック路線をさらに前進させた選曲が目を引く。オープニングがチャック・ベリーで、ラストがプレスリー・ナンバーということからも顕著といえるだろう。当時、スター街道まっしぐらだったニュー・ウェーヴ・アーティスト、エルヴィス・コステロの「アリソン」のカヴァーは彼女にとって新境地を切り開いたとして絶賛された。米1位。プラチナ・ディスク獲得。
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