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シェイクスピア・レヴュー「笑いすぎたハムレット」に笑った・・・本田浩子
年の瀬も押し迫った12月28日、博品館劇場に足を運んだ。タイトルから充分想像される通り、これはもうバカバカしいのを通り越して、とにかく面白くて舞台から一刻も目を離せない、年末笑い納めの観劇・感激! とあいなった。脚本・演出・振付だけでなく出演もしてしまう、怪人中村龍史率いるマッスル・ミュージカル劇団とタップを踏ませたら多分当代随一、自身脚本・演出・振付もこなす玉野和紀が久々にがっちりスクラムを組んでの舞台で、その上、歌姫、土居裕子が参加するとあっては、師走とはいえ観るっきゃない。同好の士はたくさんいるらしく、博品館の劇場に向かうエレベーターの前はいつになく人の渦、8階の劇場までたどり着くのが困難という状況がまずおかしい。
舞台は一応ハムレットのストーリー通り、亡き国王の亡霊が現れた騒ぎから始まるが、衛兵達が歌うのが「ブルー・シャトー」とくれば、笑うしかないが、何故か違和感がない。そこに登場する王子姿のハムレットは玉野和紀、どうやらおつむが弱いらしく、先王から頭の弱いのを隠す為に、・・・すべきか・・・せざるべきかそれが問題だと、何でももっともらしく言うようにと教わっているので、決断できないとこの台詞を言ってはタップを踏む。タップを楽しみに足を運んだ人にはちょっと気の毒、これ以外は殆ど踏まずに、専ら歌!と演技で頑張っていた。タップの極端に少ない玉野氏の舞台を観るのは私も初めてで、これは一級のギャグ、何ともおかしくて楽しい。無茶苦茶な劇の進行にともなって次々と歌われる曲といえば、「どうにもとまらない」「よこはまたそがれ」「氷雨」「透明人間」「お嫁サンバ」とこれは歌謡昭和史のオン・パレード、楽しいやら、おかしいやら。おまけに全く唐突にマッスル・ミュージカル劇団の面目躍如とばかりにアクロバットというのか、息をのむようなダンスで空中を舞ったり、驚きと感動の連続で、この楽しさと興奮は全く観た者にしか分からないかもしれない。それでいて、ハムレットの本筋は外していないのは作、演出の冴え、そして出演者全員の溢れるような情熱が観客を最後まで引っ張り込むのは見事としかいいようがない。倒れて死んでいる土居裕子扮するオフィーリアが、床に倒れたまま、私のお墓の前で・・・と「千の風になって」で見事な歌声を響かせて会場を沸かせてくれた。
出演は先王と双子!?の弟のクローディアスが水木英昭、ホレイシオが西村直人、ボローニアスが中村龍史、オフィーリアが土居裕子、何故か劇中劇が「ロメオとジュリエット」で、そのジュリエットが宝塚を退団したばかりの七帆ひかる、川本成、堀口文宏他、中村JAPANドラマティックカンパニーメンバーの面々。
出演者全員に惜しみない拍手を送って、笑い納めの舞台を後にした。
懐かしの「ファニー・ガール(Funny Girl)」を観て・・・本田浩子
父の仕事の関係で1962年から5年間をニューヨークで生活していた私は、当時まさにミュージカル黄金時代に居合わせた幸せをフルに謳歌、週末ともなればブロードウェイに足を運び、ミュージカルを堪能して次の週からのエネルギーを胸一杯に吸い込んでの青春時代を過ごしていた。今では嘘のような話だが、5〜8ドルでも、まあまあの席の切符が手に入るのも嬉しかったし、当時のミュージカルはミュージカル・コメディ(Musical Comedy)とうたっていて、殆どはハッピー・エンディングだったので、ひたすら楽しく時を過ごすことができた。
そんな中で実在のコメディアンヌ、ファニー・ブライス(Fanny Brice)の半生を描いた『ファニー・ガール(Funny Girl)』は華やかな彼女の舞台での成功を描く一方、私生活においては、やり手のビジネスマン/ギャンブラー、ニッキー・アーンスタイン(Nicky Arnstein)との波乱にとんだ結婚生活と悲劇的な別れをしっかりと描いていて印象深かった。深く愛し合う二人が様々な思いを胸に「サヨナラ」を言う最後のシーンは今も胸に焼き付いていて、まだ恋も愛もよく分からなかった20代に入ったばかりの私には見ているだけで辛く悲しく、胸が痛くなった。
バーブラ・ストライサンド(Barbra Streisand)主演の1964年のこの舞台での彼女の歌唱力は圧倒的で、幕が下りても拍手が鳴りやまなかったのを鮮明に覚えている。中でもセンチメンタルな甘いバラード「ピープル(People)」、そしてアップテンポの明るい「あたしのパレードに雨を降らさないで ( Don't Rain on My Parade)」は、まさにショー・ストッピング・ナンバーとなり、この二曲ともバーブラの十八番となった。
そんな想い出の作品を、宝塚男役のトップスターでその見事な歌唱力で、2007年退団後はミュージカル『マルグリット(Marguerite)』(田代万里生との写真参照)で女優として華麗なデビューを果たした春野寿美礼が主役を務め、その母親役をやはり元宝塚トップスターで、数々のミュージカル舞台で活躍する剣 幸(最近では『森の中で、天使はバスを降りた(Spitfire Grill)』(写真参照)で話題となった。) が演ずるとあっては、とても見逃す訳にはいかない。その上、ファニーの成長を温かく見守る隣人の世話好きなおばちゃん役を歌唱力抜群の田中利花 (同じく『森の中で、天使は・・』でもその存在感を示した) が出演すると知っては、観る前から自ずと胸が弾み、年明け早々の1月8日に赤坂アクトに足を運んだ。
ファニー憧れの男性ニックには、劇団青年座の綱島剛太郎が好演、個性派俳優橋本じゅんがファニーの友人、エディの役で舞台を生き生きと盛り上げていた。企画・制作梅田芸術劇場主催の舞台は期待を遙かに超えて、宝塚の現役演出家、正塚晴彦の指揮の下、阿部裕、小山萌子、藤浦功一、遠山大輔他の出演で見事な仕上がりとなっていて、年始め初の観劇は満足度の高いものだった。
写真提供:マルグリット/ 田中亜紀 森の中で、天使はバスを降りた/東宝 ファニー・ガール/ 伊ヶ崎忍
“ケンウッド・トワイライトイベント MPCJスペシャル Vol.8”
歌劇《金剛蔵王》アンカラ初演報告!
台本作者と初演指揮者が語る初演秘話・・・廣兼正明
年が明けて1月14日夜、丁度1週間前の1月7日にトルコの「アンカラ国立絵画彫刻美術館オペレッタ劇場」で行われた日本・トルコ友好120周年記念「トルコに於ける日本年」の参加プログラムである「歌劇《金剛蔵王》」高嶋みどり作曲(文化庁助成、在トルコ日本大使館後援)で、このオペラ公演の企画・脚本を担当した音楽評論家・石田一志氏とウィーン在住の初演指揮者のユキ・モリモト氏により、ビデオ、スライド使用のホットなホットなトーク・ショーがケンウッド・スクエアー丸の内で行われた。
●歌劇《金剛蔵王》アンカラ上演の意味
先ず、アンカラで上演した歌劇《金剛蔵王》とはどんなオペラなのか、そして何故このオペラを日本・トルコ友好120周年に上演したのか。これは企画・脚本担当の石田氏の説明でようやく納得、そもそもこのオペラの基となった作品は坪内逍遙の有名な戯曲「役行者」であり、内容は端的に言って行者(人間の精神力)と獣神(野生の自然力)の闘いである。この戯曲はフランスなどでも大正時代から知られ、外国でも理解される題材であることから、脚本の石田氏はこの戯曲を再構成して能楽の精神性に身体的表現の魅力を増すために歌唱と演技を付け加えたオペラの台本に仕立てたと言う。尚、《金剛蔵王》のタイトルは平安時代末期に成立した「修験道」と関係が深い「金剛蔵王権現」から取っている。
●少ない練習時間で奇跡のできあがり
演奏会形式の試演は、10月に上野の東京文化会館小ホールで行われており、精霊役の合唱を重用したこのトルコ版の合唱パートは、現地の合唱団に歌ってもらうことになっていて、早く練習に入っていた。しかし、演奏家だけを運ぶ予定の大規模な打楽器などの楽器調達が行き詰まってしまった。間際になって海外経験の豊富なモリモト氏によって、アンカラのオーケストラの主席奏者たちの協力が得られることになった。しかし、日本からのパート譜の到着が練習に間に合わず、モリモト氏自身が2日も徹夜してパート譜を書き起こしたそうだ。アウェイでのコンサートでは差し当たって指揮者受難の場面となる。オーケストラは日本とトルコの混合編成、声楽ソリスト4名は日本、コーラスはトルコ、舞は日本、そして琴と能楽は日本で、全体での練習はたった2日だけとなってしまった。トルコのコーラスは発声、発音ともに素晴らしかった。オーケストラのコンマスも音程と音色は超一流だが、現代曲に慣れていないのか譜読みがいい加減。しかも尚かつ肝心なところで指揮者を見ない等々、指揮者モリモト氏の不安は最大だったという。しかし、当日はその不安も吹っ飛ぶような最高の演奏、観客の評判も上々と言うことで無事終了となった。
●トルコ音楽と西ヨーロッパ音楽の違い、モリモト氏の驚くべき新説!
〜アフター・ビートとオン・ザ・ビート
ここでトルコ音楽と西ヨーロッパ音楽の関係についての話に変わる。石田氏によれば、1700年代の半ばからその関係が非常に強いものになってきた。トルコとオーストリアの戦争が終わり、逆にトルコの面白いものを受け入れる風潮が広がったが、その最初がトルコの軍楽隊だった。軍楽隊を最初にトルコ風に作り替えた国はポーランドだったが、このように実用的なものではなく、モーツァルトなど、いろいろな作曲家がトルコ風の音楽をコミカルにそして上から目線で取り入れ始めたのである。そして楽器としては騎兵隊が使っていた鍋型のケテルドラム、タンブリン、トライアングルなどで、これらが近代オーケストラの打楽器編成に大きな影響を与えていることは否めない。その例証としてベートーヴェンの「第九」をあげた。そこからモリモト氏は驚くべき新設を展開した。ヨーロッパ人が1960年代にアフター・ビートのビートルスに突然酔いしれる訳がない、そこで考えついたのは西洋音楽はもともとアフター・ビートの音楽ではなかったのか、ということだった。作曲家の中で唯一ベートーヴェンはトルコ風音楽を他の作曲家と異なり実にシリアスに取り入れており、これが「第九」である。ベートーヴェンの曲は99.9%アフター・ビートで書かれており、彼が唯一オン・ザ・ビートで書いたのは、「第九」の4楽章のコーダ部分である。トルコを含む東洋はオン・ザ・ビート音楽であり、当時のヨーロッパ人にとっては非常に新鮮な感じだったのではなかろうか。ベートーヴェンの「同胞よ!」という呼びかけにつまり東洋も入ってのではないか、というのである。そして今も日本人が「第九」を聴いていて3楽章まで寝ていた聴衆が4楽章になると起きるのか、その後でオン・ザ・ビートの音楽になるからだ。
石田一志氏が主宰の「日本ロシア音楽家協会」がコンサートを行います。詳細は以下の通りです。
HOGAKU T 2010 Tokyo Produced by Kazushi Ishida
現在邦楽界の中核にいる音楽家たちの演奏を海外に紹介するための録音を兼ねた演奏会シリーズの第1回。プロ
グラムは古典と現代曲で構成されています。
宮田沙矢加(箏):『箏独奏曲一番』(小野衛)
山木 七重(箏):『雲井曲』(八橋検校)
高畠 一郎(箏):独奏
善養寺恵介(尺八):独奏
高畠一郎+善養寺恵介:
☆
米澤 浩(尺八)+熊沢栄利子(箏):『秋の曲』(三木稔)
三橋貴風(尺八)+糸井真紀(Vn):
『尺八とヴァイオリンのための音楽』(ユキ・モリモト)
石垣清美(箏):『讃歌』(沢井忠夫)
2010年1月30日(土) 新国立劇場小劇場 13:30開場 14:00開演
入場料:3000円(全自由席)
お問い合わせ:日本ロシア音楽家協会(03)3320−1671
邦楽の友(03)5451−3068
協賛:出光興産株式会社
写真:轟 三津子(1月14日分)
=MPCJ会員からの声=(アイウエオ順)
日本とトルコとの友好120周年記念公演というのがあったんですね。日本音楽を土台としたオペラ『金剛蔵王』の映像や石田一志さんのお話、またユキ・モリモトさんの日本人とヨーロッパ人のリズムに対する感性の違い、日本人はなぜ『第9』が好きなのかといった考察なども有益で、楽しい一夕でした。(鈴木 道子)
あまり知られていない日本とトルコのアーティストによる協同コンサート・イベンントの話、興味深く聞きました。最後の『金剛蔵王』ダイジェスト映像、もっと観たかったです(高田 敬三)
ユキ・モリモトさんの≪AFTER BEAT≫と≪西洋音楽と東洋音楽の違い≫の話は、とても興味深く、共感しました。ベートーヴェンとビートルズを例に解り易く理論的に説明してくれました。クラシックもロックもつながっている。音楽の面白さ素晴らしさを、さらに一歩深く認識した夜でした。(松本 みつぐ)
18世紀の頃、欧州各国で、『ア・ラ・トゥルカ(トルコ風に)』と記された楽譜が増えてきます。これらは「オスマン軍楽をクラシック音楽の枠組の中で再現しようとする欲求の表れ」ともいわれていますが、ベートーヴェンの第九交響曲の第4楽章にも登場する『トルコ風に』の指示記号に関連して、今回ゲスト出演された指揮者のユキ・モリモト氏が語られた解釈と理解は、興味深く、また印象深いものでした。(横堀 朱美)
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