2007年6月 

<Now and Then> 
「ウィーンの古き佳き時代」を偲ばせる往年のウェストミンスター室内楽―ウィーン・コンツェルトハウス、バリリの雅を心ゆくまで楽しむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・廣兼 正明
 先月ユニバーサルミュージックからLP・モノラル時代に一世を風靡したウィーン・コンツェルトハウス、バリリによる室内楽の名盤が新しいマスターにより、まとめて6セット30枚が新装再発売された。まだ買いそびれていた室内楽好きのオールド・ファンにとって、これはまたとない朗報である。
ウェストミンスター・レーベルを最初に日本プレスで販売したのは日本コロムビア(発売元・日本ウェストミンスター)であり、定かではないが1954、5年だったのではないかと思う。日本での第1回発売新譜は、ウィーン・コンツェルトハウスQr.とバドゥーラ=スコダによるシューベルトの「鱒」と「死と乙女」だったと記憶しているが、当時の日本に於けるLPの品質は決して良くなく、往々にしてマスターテープやスタンパーの不良等で発売中止や発売延期が多発していた時代だった。その上、アメリカ等から送られてくるマスターテープも孫の代のもの(オリジナルから2回に亘ってダビングされたもので、アナログなるが故の音質の劣化が大きいものが多かった)が殆どだったようだ。
案の定、「鱒」もマスターテープの不良で発売が2カ月程度遅れたようだった。そして待ちに待ったLPは輸入盤の様に厚いボール紙製の「アメリカ式(通称A式)」ジャケットではなく、薄いコート紙で折り返しカバー付きの「日本式(N式)」ジャケットに入ったものであり、ジャケットのデザインもアメリカのものとは異なる日本独自のものだった。当時アメリカ発売のウェストミンスターのジャケットは経費節減のためか3色印刷で通していた。
ウェストミンスター・オリジナル盤(日本では輸入盤として入ってきていた)は「ナチュラル・バランス」と称し、微妙な弦の倍音が実にリアルに録られており、欧米各社の室内楽LPの中でも特に優れていた。多くの室内楽ファンにとって、ウェストミンスター輸入盤の室内楽の音は干天の慈雨の様なものだったのだろう、多くのファンがこの音に虜になったのは事実だった。しかし3,500円が高価だったことは否めない。
その後アメリカで出ていた月刊LPカタログである「シュワン」や「ロング・プレーイング」などを買い求め、当時地下鉄銀座線銀座駅の改札横にあった「ハルモニア」や銀座7丁目の「日楽銀座店」で入荷したてのウェストミンスターのお目当て盤を見たり(お金のないとき)、買ったり、予約したりしたものである。
大分前置きが長くなったが、今回発売のウィーン・コンツェルトハウスQr.とバリリQr.等の素晴らしいCDに話を戻そう。6セット30枚とは以下の通りである。

●モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ集/バリリ(Vn)、バドゥーラ=スコダ(Pf)〉
(UCCW-3001〜3〈3枚組〉)

 このセットだけがクァルテットではなく、バリリとスコダのデュオである。バリリの音は弓が弦に吸い付いている、と表現するのが相応しいような独特な雰囲気を持った音である。これがバリリ・ファンにとっての応えられない魅力なのだ。一方スコダは最初に出たウィーン・コンツェルトハウスと協演した「鱒」が大ヒットして一躍時代の寵児となったウィーンのピアニストである。実に軽やかなそして踊るようなタッチの演奏は長い間の「鱒」の決定盤として、今なお多くのファンの心を虜にしている。誠に真面目風な演奏をするバリリと軽妙洒脱なスコダのデュオは、ウィーンという場所を共有して、根本的に合いそうにない二人の演奏スタイルを、魔法のようにものの見事に融合させてしまった。全部で11曲が収録されているが、変ロ長調 K.378が入っていないのが残念である。
●シューベルト:弦楽四重奏曲全集/ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団
(UCCW-3004〜9〈6枚組〉)

 このシューベルトは蓋し傑作である。シューベルトの演奏はこんなものだ、ということを室内楽ファンに教えてくれたバイブル的な存在である。「鱒」と共に一世を風靡した「死と乙女」をはじめ、綿々とした情緒に溢れる「ロザムンデ」、内容的に充実したト長調、悲劇性に満ちた「クァルテットザッツ」の後期4曲の素晴らしい演奏と共に特筆されるのは、それ以前の習作的なもの、曲の一部が遺失して残っていないものを含めた13曲の魅力的な表現によるシューベルト像である。我々の知らない「古き佳き時代のウィーン」の雰囲気は斯くの如しだったろう、と連想させるような演奏である。(写真:左からカンパー〈Vn1〉、ティッツェ〈Vn2〉、ヴァイス〈Va〉、クヴァルダ〈Vc〉)
●ハイドン:弦楽四重奏曲集 作品64 & 76/ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団
(UCCW-3010〜13〈4枚組〉)

 シューベルトとともにウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の十八番と云えば、誰しもがハイドンを挙げるだろう。兎に角清楚で麗しく「水も滴る」演奏に終始する。この12曲の中から1曲だけ挙げろ、と云われれば躊躇なく作品64の5「ひばり」を推したい。しかし他の演奏が悪いわけではない。作品76も含めすべてが素晴らしく麗しいので「ひばり」は敢えて、ということにしておきたい。兎に角このセットもウィーンの馨しさをふんだんに散りばめた「古き佳き時代のウィーン・コンツェルトハウス」の演奏なのである。
●ベートーヴェン:弦楽四重奏曲集/ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団
(UCCW-3014〜17〈4枚組〉)

〈第7〜9番 「ラズモフスキー」全3曲、第10番「ハープ」、第12番、第15番、計6曲収録〉
 このセットは中途半端と思われるかも知れないが、残念ながらウィーン・コンツェルトハウスのベートーヴェンはこれしか録音されていないのだ。彼らのシューベルトやハイドンに比較すると、ベートーヴェンでは幾分「古き佳き」は影を潜めてはいるが、メンバーはやはりウィーンの住人、所々でそれは姿を見せる。例えば「ラズモフスキー第1」の第3楽章の幾分のポルタメント、「ラズモフスキー第3」の第3楽章〈メヌエット〉のゆっくりとした独特のテンポ等がそれである。しかし彼らのファンからすると、これが本当のベートーヴェンであって当たり前なのである。

●ベートーヴェン:弦楽四重奏曲全集/バリリ四重奏団 (UCCW-3018〜25〈8枚組〉)
 「ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団」と比較すると、同じウィーンでも「バリリ四重奏団」の演奏は大きく異なる。「コンツェルトハウス」はフレージングやアーティキュレーション一つとっても、そこにはそこはかとない「古き佳き時代のウィーン」を感じるのだが、「バリリ」にはそれまでの古いウィーンの伝統から脱却した、戦後の「新しいウィーンの時代」到来を告げる演奏様式へのエポックメーキングな変化を感じてしまう。この変化は両四重奏団の母体、ウィーン・フィルについても同じである。
 「コンツェルトハウス」を聴いた後、「バリリ」を聴くと表現の新鮮さに驚きを感じる。そしてこの異なった演奏様式の二つのクァルテットが同じオーケストラに存在すること自体、ウィーン・フィルの不思議を見る気がする。
このベートーヴェン全集は幾分遅めなテンポで十分に自分たちの主張を表現しながら、ウィーン・スタイルらしさをそこここに残し、新様式に脱皮した素晴らしい演奏を聴かせてくれる。正真正銘ウィーン室内楽の見本でもあろう。(写真:左バリリ〈Vn1〉、上クロチャック〈Vc〉、下シュトラッサー〈Vn2〉、右シュトレンク〈Va〉)
●モーツァルト:弦楽四重奏曲集/バリリ四重奏団 (UCCW-3026〜30〈5枚組〉)
〈第1番〜第14番、第20番〜第22番、計17曲収録〉
 バリリ四重奏団の演奏の中で最も素晴らしいのは、モーツァルトではなかろうか。もちろん上記のベートーヴェンも素晴らしい。しかしモーツァルトには何かプラス・アルファ的なものがある。それは第一にバリリ・トーンとモーツァルトとの相性だろう。ソナタのところでも書いたように、彼のヴァイオリンの特徴は弓と弦の吸い付くような音色にある。特にデタシェ奏法に於いてその素晴らしさが感じられる。
 バリリ四重奏団が上記の17曲をウィーン・コンツェルトハウス・モーツァルトザールで録音したのは1953-55年でバリリの右腕故障が理由で活動を停止したのが1959年だから、その間約4年あったのに残りの6曲を録音しなかったのは何故だろう。このセットの中でCD-5(5-12)プロシャ王第1、第2のチェロ、クロチャックの上手さは抜群である。残りの6曲のないのが今となっては誠に残念と言える。(写真:左からバリリ〈Vn1〉、シュトレンク〈Va〉、シュトラッサー〈Vn2〉、ブラベッツ〈Vc〉)
★エピローグ・・・・・・・・・・・・(写真:バリリ四重奏団、左からバリリ〈Vn1〉、シュトラッサー〈Vn2〉、ブラベッツ〈Vc〉、シュトレンク〈Va〉)
 今から50年前の1957(昭和32)年にバリリ四重奏団が初来日、そして場所は大手町のサンケイホール、その日最後のメイン・プロだったシューベルトの「ロザムンデ」を聴いたときのことである。3つの楽器による2小節の序奏の後、バリリが第1主題を弾きだした途端、その音色に魔法を掛けられたように瞬間体が釘付けになったことを思い出す。E−C−Aの音で始まるこの主題は、シューベルトがppと指示しているが、バリリは少なくともmfに近い音で弾き始めたように今でも記憶している。この音が彼独特の例の吸い付く音だったのである。それまでLPでしか聴いていないバリリの音を生で聴いた(それもクァルテットとして)感激は、今も鮮烈に胸の内に生きている。以来このa-Mollは筆者の頭の中では特別な存在感のある曲となっている。だが彼らが演奏したシューベルトのディスクは「鱒」を除いては今までもこれからも聴くことが出来ない。
 それから5年後、ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団が初来日。こちらは日比谷公会堂での「鱒」でピアノはバデュラ=スコダ、しかし大変残念だったのはヴィオラのエーリヒ・ヴァイスが病気のためだったか、ヘンチュケに変わっており、コントラバスもヨーゼフ・ヘルマンではなく、N響窪田基氏の特別出演だった。スコダは時を合わせてピアノ・リサイタルを開催したが、ウィーン・コンツェルトハウスが四重奏団としてのコンサートだったため、ヘルマンは交換レートが1ドル360円固定レート時代で日本に外貨も少なく、「鱒」だけのために高い交通費をかけて連れてくるわけには行かなかったのだろう。
 ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団とバリリ四重奏団、それとバリリとスコダのデュオを聴いて、ウィーンにも「雅」があったのだとつくづく想う。室内楽、特に弦楽四重奏のお好きな方々にこれらのCDをゆっくりと聴いていただき、心ゆくまでその醍醐味を味わっていただきたい。
 ここに出てきた2つの四重奏団の名手たちはその殆どが既にこの世にはいない。ウィーン・フィルの公式ホームページにある元団員の恩給生活者の欄(Im Ruhestand)には、現在ワルター・バリリだけが載っている。彼は1921年6月16日生まれだから、今年の誕生日で86歳になる。

 この他にもウェストミンスターには魅力のあるLPが数多く発売されており、マスターテープ等の消滅などで出そうにも出せないものが多いと聞く。特に室内楽に於いては例えば格調の高い演奏を当時としては第一級の録音で聴かせる、フィルハーモニア弦楽三重奏団(プーニェ:Vn〔仏〕、リドル:Va〔英〕、ピーニ:Vc〔伊〕)の有名な「セレナーデ」を含むベートーヴェン:弦楽三重奏曲集、モーツァルト:トリオ・ディヴェルティメントなどもあり、出来ればこのような名盤の発売が待たれる。(完)

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