2013年5月 

ミュージック・ペンクラブ・ジャパン45周年記念式典を開催、
百名に迫る参加者が絆を確かめ合い、感動を分かち合った!
(4月5日文京スカイホール~東京都文京区)
春の嵐の前夜、多数の音楽関係者参集の下、MPCJ45周年記念式典が盛大に執り行われた

明日から春の嵐という4月5日金曜日、文京スカイホール(東京都文京区)を会場に、第48回総会に続いてミュージック・ペンクラブ・ジャパン45周年記念式典が執り行われた。

記念式典は、第25回ミュージック・ペンクラブ・ジャパン音楽賞授賞式、45周年記念パーティを兼ねた総合式典である。したがって音楽関係者が多数ご参集し、参加人員は96名にのぼり内会員が32名であった。

午後4時、当会会長・貝山知弘の開会の辞に続き、レコード業界、コンサートマネジメント業界、そしてオーディオ業界の3分野を代表し、(株)ワーナーミュージック・ジャパンの石坂敬一会長兼CEO、(株)ウドー音楽事務所の長澤通孝取締役興行部長、アキュフェーズ株式会社の斎藤重正代表取締役社長が祝辞を述べ、斎藤氏の御発声のもと授賞式がスタートした。以下、四氏のスピーチから紹介する。

開会挨拶

会長・貝山知弘


「多方面からお忙しい中、大勢の方がご参集下さり御礼を申し上げます。当会は創立から45年が経ちました。創立の瞬間、私がそこには居りませんでした。その時期私は東宝株式会社の社員でした。映画音楽の作曲依頼をする音楽事務業務からスタートし、その時期は新進プロデューサーとして数本の映画を製作したばかりでした。そういう人生の夏の時期ですので、1968年という年を鮮明に覚えています。

アメリカはヴェトナム戦争が泥沼化していました。リチャード・ニクソンが大統領に就任し、若者達を中心に国境を越えて反体制運動が高まっていました。私は虚無的なスナイパーを主人公に映画『狙撃』を製作しました。

激動の時期に当会が発足したことは象徴的だったと思います。若者や芸術家が過激な主張を掲げて集団で行動していました。それに対して当会は、音楽評論に携わる「個」の集合体として発足しました。その対比は非常に意義深いことに思います。

それから45年が経ちました。長いといえば長く短いといえば短い。そんな感慨があります。ただ一つ確かなことは、諸先輩が最初は40人くらいの有志で忙しい中で当会を立ち上げ、その志を引き継いだ方々が会の仕組を地道に積み上げていった、その事実だけは確かなものとして今日実感出来ます。

当初は音楽執筆者の地位向上つまりギャランティの交渉が本義だったのですが、段々に会の存在目的に「音楽普及」の社会的な意義が含まれていきました。「ミュージック・ペンクラブ・ジャパン」(以下MPCJと略記)に名称を改めたのも、もはや個の連帯に止まらない社会的意識の高まりがあってこそでした。

私は会長に就任して日が浅いのですが、一つだけモットーにしていることに、当会の核の部分つまりギャランティ初め音楽評論家の地位の向上という初心を守りつつ、国際的に当会の存在感と活動を知らしめる、具体的にはペンクラブ音楽賞の結果を広く発信していくことに努力したいと思っています。二年の任期ですので、出来ることに限りがありますが、私の在任中にそれだけは実現したいと思います。

今年の正月にレコード協会のパーティに招かれました。その席上でも日本で製作されたレコードの海外への進出が議題になっていました。私達も政府に訴えバックアップを引き出し日本の音楽の海外への進出を支援していくべきだと思います。幸い当会会員には各国音楽と各国語に通じた方が多く、そのネットワークを活かして成果が期待出来るものと思います。

本日のパーティは私達の手作りですので至らない点もあろうかと思いますが、短い時間をお寛ぎいただければ.幸いです。皆様ご来場有難うございました。」

祝辞

(株)ワーナーミュージック・ジャパン
代表取締役会長兼CEO 石坂敬一 様

「本日はお招き頂き誠に有難うございます。日本の音楽産業と音楽文化の歴史は約百年になります。エジソンが円筒型の音楽再生装置を発明したのが1870年代のことでした。そしてそれを改良した円盤型再生装置が明治二十年代に在日アメリカ大使館を通じ、睦仁天皇陛下へ献上されたのが、我が国の音楽産業の始まりを告げる出来事でした。

それから百年以上が経ち、音楽産業の脈々とした流れが何故まで現代に至っているのかというと、音楽の文化的価値を伝えることに甚大な努力を払ってきた文化人、評論家達がいたからです。こうした方々の存在あって日本は世界でも最も音楽産業が盛んな国になりました。

他国に目を移してみましょう。実は、音楽産業の名に相応しいものが築かれた国は世界で十カ国足らずしかありません。中南米、アラブ、どこにも固有の伝統音楽、地方音楽がありますが産業の域に達してはいません。匠の世界あるいは工房的存在に閉じ込められているといっていいでしょう。

日本がアジアで屈指の音楽産業の隆盛を成し遂げたのも、音楽家の努力そして輸入文化としての音楽の紹介と批評そして産業を支えてきた文化人達の力です。その意味で、MPCJの45周年のアニバーサリーは賞賛に相応しいものと心よりお慶び申し上げます。

私事を申せば、昭和二十年生まれの私は1950年代にアメリカのポピュラー音楽に魅せられました。若い私は、ポピュラー音楽の母胎のフォークミュージックのルーツを知りたい一心で、西にアパラチア山脈を背負ったノースカロライナ州へ旅立ちました。

アメリカ民謡のルーツはブリティッシュ・フォークミュージックにあります。16世紀エリザベス王朝時代の音楽家達、それを継承したアメリカのパール・アイヴス、やや傾向を異にしますが、レッドベリーの音楽を知り深く傾倒しました。

その後何人かの優れた有識者の力をお借りして、私の傾倒するルーツミュージックの音だけで伝えきれない魅力と歴史について、日本での知識の普及を試みました。その後私は東芝に入社し音楽産業を職業としましたが、それ以後、MPCJそして所属会員の方々と「音楽普及」の道を共に歩んできた実感があります。

ぜひ新しい世代に、日本や海外の音楽の魅力、海外の音楽の知られざる背景、独特の発展を遂げた我が国の音楽産業の存在について伝えて頂きたいのです。

日本の音楽評論の世界に私からお願いしたいことがあります。史料の収集・分析・解説・結論という作業に関して日本の音楽評論、研究は今や世界的に群を抜いて高いレベルにあります。「ローリングストーン」、「レコード・レビュー」、「ダウンビート」ら1960~70年代にアメリカ文化を支えたジャーナリズムに現在昔日の面影はありません。

皆さんに音楽評論文化を後百年、二百年、支えて頂きたいものと私は願います。今日は有難うございました。」

祝辞

(株)ウドー音楽事務所
社長代理 取締役興行部長 長澤通孝 様

「ミュージック・ペンクラブ・ジャパンの創立45周年おめでとうございます。出席させていただき身に余る光栄です。MPCJの歴史と1967年創業の弊社のそれは重なるものが多いのです。私共は音楽家の招聘を社業としておりますが、今日に至るまで続けることが出来たのもMPCJの会員の皆様のお陰と思っていますし、日本での洋楽コンサートの歴史を皆様と共に築き上げたのだという感慨に浸っております。

今後MPCJの皆様には弊社招聘のコンサートに留まらず、音楽コンサート全てを温かい目で時には厳しく批評していただき、それを励みに私共もよりよい招聘活動をしてまいりたいと思います。本日は弊社会長有働と社長二宮の代理として出席させて頂きました。有難うございました。」

祝辞、乾杯ご発声

アキュフェーズ株式会社
代表取締役社長 斎藤重正 様

「MPCJ創立45周年誠におめでとうございます。先立つ40周年の記念に作られたCDをお預かりし閲覧いたしました。その中に会の創立に携わった方々の座談会があり拝読させて頂きました。大変なご苦労を経て会を発足させ、それが今日このように花開いたことに感動致しました。その後、今日ご出席の皆様の尽力の甲斐あって発展を続け文化的事業にまで活動を広げておられることに敬意を表します。

オーディオ業界も音楽業界も、今は冬の時代と認識しております。しかし、私は本物は決してすたれない、という確信を抱いて日々オーディオ製品作りに勤しんでいます。

ペンクラブ会員各位の応援あって初めて、音楽業界もオーディオ業界も発展していくと考えています。今後も絶大なお力を注いで頂けるようお願い申し上げます。それでは、MPCJの創立45周年を祝し今後の発展を記念し、ご列席の皆様のご健勝を願い乾杯を致したいと思います。それではご唱和をお願い致します。<乾杯!> 有難うございました。」

区切りの年2012年度のMPCJ音楽賞授賞式。
全17部門が次々に顕彰され、会場には喜びの渦が…

来賓の祝辞と乾杯発声に引き続き、第25回ミュージック・ペンクラブ・ジャパン音楽賞の授賞式が執り行われた。クラシック、ポピュラー、オーディオの順で次々に受賞者が登壇し授賞式は粛々と進行、当会会長 貝山知弘から表彰状と記念盾が手渡され、会場のスカイホールは厳かな雰囲気の中にも祝福と喜びの温かい空気が満ち溢れていった。以下、会長挨拶と受賞者各位の喜びの言葉を紹介する。



第25回音楽賞授賞式
挨拶
当会会長・貝山知弘

「これから音楽賞の授与を行ないます。これは私どもMPCJにとって今や最も重要な年中行事です。先ほどもご指摘がありましたが、私は、批評は必ず何かを生む、という信念を持っています。それは音楽の場合もオーディオの場合も同じです。正当な批評があってこそ芸術が花開くのではないでしょうか。そういう思いを込め、会員諸氏が激論を重ねて真剣に選んだ結果が今日の賞です。受賞者の皆様、よろしくお受け取りください。」

クラシック
録音・録画部門最優秀作品 外国人アーティスト
CD「チェロのための無伴奏作品集/ミクローシュ・ペレーニ」

ユニバーサル・ミュージック合同会社
ユニバーサルクラシックス&ジャズ チーフマーケティングマネジャー
川内寛子 様


「このたびは貴重な賞をいただきありがとうございました。こうした作品が日本の市場でさらに受け入られていくよう、私共も努力してまいります。有難うございました。」

同 日本人アーティスト
「ショスタコーヴィチ:交響曲第4番/エリアフ・インバル指揮 東京都交響楽団」

オクタヴィア・レコード
取締役
平井 宏 様

取締役副社長
小野 浩様

「このような栄えある賞を頂き有難うございました。インバル、そして東京都響のショスタコーヴィチ交響曲は今全曲録音に向かって進行中です。道半ばにこのような栄えある賞を頂いたのは私達制作陣にとりまして背中を押される思いで嬉しく思います。全集完成に向かい弾みがついた実感が致します。東京都交響楽団が正しく世界水準の演奏をここで聞かせています。

もう一つ、第4番というショスタコ-ヴィチの交響曲中で比較的地味な曲に皆様が焦点を当てて頂いた事について大変嬉しく思います。有難うございました。」

コンサートパフォーマンス部門最優秀賞 外国人アーティスト
「ベートーヴェン交響曲全曲演奏会/バイエルン放送交響楽団首席指揮者・マリス・ヤンソンス殿」

(株)ジャパンアーツ
代表取締役社長
大内栄和 様

「MPC音楽賞を授与頂き誠に有難うございます。その栄誉は指揮者のマエストロ・マリス・ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団員にありますが、招聘元・主催者の私達にとっても大きな喜びです。

コンサートの成功と今日の受賞は今日ここに居られる方々を初め各方面のこれまでのご協力とご支援の賜物と受け止めています。

今回のチクルスの上演に際し四夜にわたり会場を提供頂いた共催のサントリーホール様、主催のフジテレビ、朝日新聞社様の協力の下、公演が成功し受賞へ至ったことを報告申し上げます。

こういう場でありますが、全曲上演の実現にあたり最後の第九に出演する百名近くの合唱団をミュンヘンから招きました。大変な経費が掛かりますが、スポンサーのTDK様のご支援を頂き実現に至りました。各方面の皆様のご協力の賜物と受け止め、この場で感謝申し上げます。」

同 日本人アーティスト
「ショスタコーヴィチ:ベートーヴェン交響曲第4番」

公益財団法人・東京都交響楽団殿
同 事務局参与
守屋新 様

「有難うございました。先ほどオクタヴィア・レコード様からお話がありましたが、この作品の企画に当たり、(地味な曲ゆえに)聴衆を集めるのが大変という思いがあり、また、企画に先立って事前に何度曲を聴いてもなかなか集中出来なくて、確信が得られなかったのです。しかし、昨年3月23日の本番では自分で驚くほど集中して聴くことが出来、今日の演奏はいけるぞ、という実感がありました。

ライブ収録CDは「レコード芸術」のレコードアカデミー賞も頂き、今回の受賞でCDを改めて聴いて「ウン、これはなかなかだな」という思いが込み上げました。東京都交響楽団に帰って楽団員と喜びを分かち合いたいと思います。本日は有難うございました。」

ベストニューアーティスト部門
日下紗矢子 殿

(株)メロス・アーツ・マネジメント

代表取締役
伊藤真二 様

「この度は<ベストニューアーティスト>という素敵な賞を頂き、日下共々光栄に思います、これを新しいスタートにいっそう精進して参りますのでご支援のほどよろしくお願い申し上げます。本日は有難うございました。」

著作出版物部門最優秀賞
「シェーンベルクの旅路」

石田一志 殿

「この本は芸術選奨も頂戴致しました。芸術選奨には部門が色々あるのですが評論の部というのは文芸美術からマンガ評論まで範囲が広くその中から選ばれました。それにも増して、仲間達が選んでくれたMPCJ音楽賞ほど嬉しいことはありません。

ずいぶん時間を掛けて作った本なのですが、今日来て下さった「音楽の友」の高間さんが連載時に気持ちよく原稿を受け取って下さいました。それを春秋社の高梨さんが素晴らしい本に仕上げて下さいました。皆様のご協力あっての本日の受賞と思います。有難うございました。」

特別賞
林 光 殿

故人ご長女
林 夏実 様

「本人(故 林 光)も喜んでいると思います。父がその辺にいそうな気がしてまいりました。有難うございました。」

ポピュラー部門 最優秀録音・録画部門 外国人アーティスト
「ラジオ・ミュージック・ソサエティ/エスペランサ・スポルディング」

ユニバーサル・ミュージック
行方 均 様

「45周年おめでとうございます。そして素晴らしい賞を有難うございます。エスペランサ・スポルディングは先日来日しコンサートを行い高度な音楽性の素晴らしい演奏を聞かせました。

この作品が世に出た時、私はまだEMIの一員で、その後EMIがユニバーサルに合流し、縁あって今日私が賞をお預かりすることになりました。ユニバーサルという会社は20世紀のレコード文化を担った存在です。私達もそれを発展させるべく日々旧作カタログ、新録を充実させて21世紀に継承すべく日々努力してまいります。有難うございました。」

同 日本人アーティスト
「OPUS〜ALL TIME BEST 1975−2012/山下達郎」

スマイルカンパニー
小杉 理宇造 様

「山下の代理で参りました小杉と申します、歴史と伝統ある賞を頂きまして感謝いたします。山下本人が伺えるとよかったのですが、今日も録音の締め切りに追われスタジオに缶詰めになっております。

山下は去年でデビューから35周年が経ちました。今年60歳、還暦まで現役を続けることが出来ました。長年の活動で沢山の受賞を頂きましたが一番カラダ全体にずっしり感じる賞だと思います。今後ともこの賞に恥じないよう、質とポピュラリティを世に訴えていきたいと思います。

本人60歳になってもいささかも情熱は衰えず創作活動をしております。今後ともご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。」

コンサートパフォーマンス部門最優秀賞 外国人アーティスト
「ザ・チーフタンズ 2012結成50周年コンサート」

川島恵子 様

「名誉ある賞を頂き有難うございました。ポピュラー部門の最優秀パフォーマンス(コンサート)ということで大変喜び、また少々驚いています。ザ・チーフタンズはアイルランドの伝統音楽のグループです。それがこのような立派な賞を頂きました。

ザ・チーフタンズは1962年に結成し50年も活動を続けてきました。そもそも初来日は遅くて1992年、当初は日本でレコードが発売されていなかったので150人とかそれ位の動員でしたが、その後懲りずに10回も日本にやって来て、今回は日本全国十箇所一万五千人の動員を果たしました。これはMPCJの皆様を初め全国の関係者の方々のご協力の賜物として深く感謝申し上げます。

今回の公演はすみだトリフォニーホールで念願のオーケストラ(新日本フィル)との共演を果たしました。また、オーチャードホールでは、和太鼓の林英哲さん、八王子オリンパスでは矢野顕子さんをゲストに迎え、全国でダンサーやミュージシャンにステージに加わって頂き、十箇所全て感動的なステージになりました。リーダー格のパディ・モローニから文が寄せられていますので、読み上げます。

『長年の日本ツアーの中で僕達にとって今回は最も印象的なツアーの一つであり、50周年ワールドツアーの最終を飾るまさにハイライトに相応しいものでした。コンサートに多くの若い世代が来てくれたのも嬉しいことでした。長年にわたる日本との綿密な関係を築けたこと、そしてこのような名誉ある賞を頂いたことに心から感謝致します。皆さん有難うございました。』

パディ・モローニは現在74歳です。しかしステージのエネルギッシュな活躍と構成力を見るにつけ、私達が励まされる思いです。もっと現役を続けて欲しいし、また近い将来日本にやって来てほしいので引き続き皆様の応援を賜りたいと思います。有難うございました!」

日本人アーティスト
上原ひろみ 殿 

「同 ザ・トリオ・プロジェクト」

(株)ヤマハミュージックアーティスト
上原ひろみ担当マネジャー
岡本洋一 様

「この度は栄えある賞を頂きまして本当に有難うございます。これも各地のコンサートが成功に至るようお導きを頂いたプロモーターの皆様、ユニバーサル・ミュージックの皆様、そしてここに居られますMPCJの皆様のお陰と思っております。上原本人は今日(4月6日)サンフランシスコ・ジャズ・フェスティバルを皮切りに、アンソニー・ジャクソン、サイモン・フィリップスと全米のツアーに旅立ちます。再来週ニューヨークのブルーノートで一週間の公演が予定されております。これからもいいステージを披露して皆様の指導の下一歩一歩成長をしていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。本日は有難うございました。」

ベストニューアーティスト部門
アラバマ・シェイクス 殿

ホステス・エンタテイメント株式会社
太田真司 様

「本日は歴史ある賞を受賞いたしましたことを感謝申し上げます。と共に、このバンドを日本でもっと大きな存在にしていかねば、と責任をひしひしと感じております。皆様、本日は有難うございました。」

特別賞
岩浪洋三 殿

故人夫人
岩浪絢子 様

「主人がまだ近くにいるような気がします。この間も部屋へ参りましたらあの人の香水の匂いがしました。あら、いたの、と誰もいない部屋に思わず声を掛けてしまいました。(涙)主人は去年の10月5日に亡くなりました。忘れようとしても、なかなかそれが出来ません。45年前は主人も元気の盛りでした。私にとっても短かった年月でした。こんなに立派な賞を頂きまして本当に有難うございました。(涙)皆様有難うございました。」

オーディオ 最優秀技術開発部門
オンキヨー・エンタテイメント・テクノロジー(e-onkyo)殿

黒澤 拓 様 田中幸成様 

「本日はこのような素晴らしい賞を頂き本当に有難うございました。音楽配信という最新のメディアで少しでもいい音で音楽をお届けしたいという思いから2005年にこのビジネスを始めました。

インターネット上の窓口は当社でも、私達だけではこのビジネスは成り立ちません。貴重な音源を快くご提供いただいたレコード会社の皆様、そして最高の音質で再生できる機器を作って下さるオーディオメーカー、そしてこのサービスを素晴らしい言葉で世に伝えて下さったMPCJのメンバーの方々、全ての方々のご支援ご尽力なしには成り立たなかったと思っております。すべての方々に感謝申し上げたい所存です。

これからも少しでもいい音で音源を届けていきたい思いでビジネスを続けてまいります。本日は有難うございました。」

最優秀録音録画
「ショスタコーヴィチ交響曲第5番」

オクタヴィア・レコード
取締役副社長
小野 浩 様

「今回クラシックとオーディオの両部門で賞を頂きました。ひとえにMPCJの皆様のお陰と感謝いたします。

奇しくもショスタコーヴィチという旧ソ連の作曲家の交響曲作品で、しかもクラシック部門が第4番、オーディオ部門が第5番と別の曲が受賞しショスタコーヴィチに縁のある年になるのかなという思いが致しました。

また、世に数ある録音録画作品で小社のディスクに二部門から賞を授かったことは光栄であります。私共はレコード会社ですので、お客様にいい音楽を少しでも「いい音」でお届けする事を使命と考え常に初心に帰りながら、どういうふうに作ればいいのか自問自答しながら制作を続けていきたい所存です。

今回はSACDシングルレイヤーというオーディオファンが支持するソフト形式で賞を頂いたことを光栄と受け止めます。今回の受賞に恥じないソフト制作をして参ります。今回は有難うございました。」

特別賞
「40年にわたる志と技術開発、一連の記念製品の高い完成度」

アキュフェーズ株式会社
代表取締役社長
斎藤重正 様

「創立45周年そして音楽賞25周年という区切りの年の記念の式典において特別賞という重い賞をいただき、身が引き締まる思いです。

私共の会社は1972年に創業しました。その時期の日本のオーディオ業界は産業的に頂点にありました。日本の電機メーカー、大は東芝から小は個人の家内工業までこぞってオーディオ製品作りに参入し、メイド・イン・ジャパンが円安を武器に世界の優れた先駆者達を駆逐していきました。しかし残念ながらそれは中級品止まりで、一流品では欧米のメーカーとの彼我の差は厳然と存在しました。

私もオーディオメーカー(トリオ)の一員としていつかは一流と呼ばれるものを作りたいという儚い夢を抱いていました。私の師である春日二郎も私以上にそうした思いが強く、ついに春日は私財を投じてブランドを作る決断をしました。私もその仲間に入れて頂きました。それがアキュフェーズという会社の始まりです。

『専門に徹すること、量を追わない、外に資本を求めない』をモットーとし企業経営としては一見後ろ向きなのですが、それを社是に経営を続けて参りました。

それから40年が経ちました。従業員百人足らず売り上げも20億円そこそこの豆粒のような存在ですが、MPCJ会員の先生方の強い支援を頂いて、オーディオファンの間で深く認知をして頂ける会社に成長しました。

私達はオーディオの中のエレクトロニクスという狭い分野に特化して居を定め、社是に「エンリッチ・ライフ・スルー・テクノロジー」というスローガンを掲げています。今後もこれに徹して努力して参りたいと思います。今後ともご支援のほどよろしくお願い申し上げます。」

授賞式に続いて当夜の第三幕パーティが開幕。
心地よい興奮と感動の余韻に包まれ春の宵は深まっていく

文京シビックセンター27階スカイホールからの素晴らしい眺望が暮色に染まろうという午後6時半、厳粛な中にとりどりの歓喜を滲ませた授賞式は終了し、パーティが開幕した。栄誉を称えあう会員と受賞者各位、喜びを分かち合う受賞者各位、そして旧交を温めあう会員と音楽関係者達…。感動のクライマックスを祝福するように、本日のアトラクション、西藤ヒロノブトリオがステージに登場し演奏を始めた。


春の日が暮れなずむ午後6時半、2010年最優秀新人賞受賞の西藤ヒロノブトリオが登場。
ギター:西藤ヒロノブ ベース:高橋佳輝 パーカッション:石川智

しかし、終わりのない宴はない。午後8時半にパーティは閉幕、来賓が退場した後も名残を惜しむように会場はいつまでも熱気が冷めなかった。

当日お運び下さった来賓の皆様、会員各位にこの場でもう一度御礼を申し上げます。そしてミュージック・ペンクラブ・ジャパンと45年の長きにわたり共に歩んで来られました音楽関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

パーティ挨拶
当会副会長・鈴木道子
「ご列席の皆様、授賞式お疲れ様でした。これから祝賀会ですので賑やかにやりたいと思います。もうお食事も出てしまって、私としましては段取りを間違えたかな、という気もいたします。(笑)

音楽執筆者協議会から数えて45周年、私も設立メンバーとして参加させて頂きました。特別賞を差し上げた岩浪洋三さん達と、原稿料が余りに安いので何とかならないだろうか、と会を立ち上げたのでした。

今日のお客様にはその時代の交渉相手つまり敵? (笑)もいらっしゃったかと思うのですが、これからは和やかに友達としてお食事をしたいと思います。金曜日の宵らしくフリードリンクです。改めての乾杯で恐縮ですが、今日はこれからよろしくお願いいたします。」

ポニーキャニオン相談役
佐藤 修 様

「すっかり出来上がってしまいました。45周年を迎えたMPCJと本日受賞された方々、改めておめでとうございます。

私見になりますが、「文化」というのは憧れと背伸びが必要と思っています。それを刺激してくれるのが「文章」(言葉)と思っています。いくらトスカニーニやフルトヴェングラーが偉かろうが、チャーリー・パーカーが凄かろうが、レコードを一回や二回聴いて凄いと思えるはずがないのです。それを聴く時にそれまで読んで予備知識として持っていたものに自分の感性がいかにして近づくか、なのです。

高校生の頃、バリー・ベリガンというトランペッターについて書いた文を読みました。そこには『この人は奇跡的にルイ・アームストロングとビックス・バイターベック(コルネット奏者)の影響を50%ずつ受けている。』と書いてありました。これは、なんだか凄そうだ、何を措いても聴かなくちゃ、と思ったのです。(笑)

もし、この文を読まなければ私はバリー・ベリガンに興味を持たなかったに違いありません。レコーディングがどれだけ素晴らしいか、ライブ演奏がどれだけ凄かったか、そうした同時代の目撃者の感動や思い入れが文章という形で残ることが、次の世代に影響を与えていくのだと思います。

今の世の中は軽佻浮薄、軽薄短小がまかり通っています。昔のように文章にかじりつかなくてもちょっと見て聴けば分かるように思ってしまっている。それには致し方ない一面もあります。しかし、文化の深さ・重さ・高さを思い出せるように皆さんが刺激を与えて頂きたい。皆さんの健康を祈念して乾杯を致したいと思います。」

こ来賓への謝辞

当会副会長・石田一志

「天気に恵まれた花金の夜にご参集頂き有難うございました。先ほど鈴木副会長が言いそびれてその後、気にされていたことがあります。それは皆様への御礼のお言葉です。改めて私から御礼を申し上げます。

45周年というお話がありましたが、会の成り立ちを申しますと前身である『音楽執筆者協議会』は、百円単位で四百字五百円、という原稿料の相場を何とか生活につなげるものに出来ないかという思いから始まった会でした。

途中から随分状況が変わっていって私達が働きかけている音楽産業の方方も苦しんでいるのだなという実感を持つようになり、一緒に日本の音楽文化を育てる時期になったという認識から『ミュージック・ペンクラブ・ジャパン』に名称を改めました。

日本の音楽文化は内側の充実も大事ですが、会長のお話にもありましたように外に向けて発信していく時期に入ったと思います。

また、石坂様から音楽産業は世界に十カ国しかないという貴重なお話も伺いました。伝統と革新の両面で音楽文化を育ててきた日本が世界に影響を与える時期と思いました。貝山会長の任期の間に海外発信を実現させたいと思います。

当初は音楽業界と戦う姿勢でメンバーが会を創りましたが、今や共に歩んでいく姿勢へと変わりました。当会のこれからを望見いたしますと、音楽に仕事の道を探す若者達に学生会員として入会して頂き、当会ウェブサイトで評論を発表し正会員がそれにアドバイスを与える仕組等も考えていいと思います。

他に音楽産業の会社に賛助会員という形で当会に加入して頂く、また海外の組織との連携もあっていいと思います。いずれにせよ45年の歴史を踏まえ新たな活動を模索していきたいと思います。その一つの道として法人化も視野に入っています。

今日ご参集頂いた各位に今後ともご協力とご鞭撻を賜り、私達は一つになって日本の音楽文化に貢献したいと思います。今日は有難うございました。」(文責・大橋伸太郎)

〈写真撮影・轟美津子〉

授賞式はつつがなく終了。喜びの輪がが和やかに広がる。

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