2010年8月 

 
Classic ALBUM Review【管弦楽曲】

「チャイコフスキー:バレエ音楽《くるみ割り人形(全曲)》/サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」(EMIミュージック・ジャパン、EMI/TOCE-90150)
 サイモン・ラトル自身大乗りのこの新録音、自らが惚れ込んだ「くるみ割り」全曲だけにさすがに素晴らしい出来映えを見せた。今まで「くるみ割り」全曲を世界的なバレエ団の公演で見たり聴いたり、そしてCDで聴いたりしたが、これ程細部に至るまでロマンティックで美しさに溢れた演奏は初めてである。筆者もチャイコフスキーの「白鳥の湖」と「くるみ割り人形」は組曲より全曲を聴きたいうちの一人である。なぜならば組曲に入っていない曲に実に美しい曲が多いからだ。特に「くるみ割り人形」においておやである。
 さて最初の「序曲」9小節目アウフタクトからの8小節に亘るヴィオラの16分音符での音型の何とも爽やかなこと、これだけでこれから始まるこのバレエ音楽全体を連想させる。そして第一幕での「クリスマス・ツリー」から幻想的な「雪のワルツ」の群舞に至る各曲の絶妙な流れは、聴いているだけで主人公クララの楽しいクリスマスの夜を彷彿とさせてくれる。
 第二幕でのディヴェルティスマンでは各国の有名な踊りの曲が続くが、その一つ一つが時には優しさに満ち、時には楽しさに溢れた十二分に吟味された音で表現される。そして「花のワルツ」後の導入部に於けるチェロの朗々とした歌にラトルは深い愛情を注ぎ込み、このバレエ最後「終幕のワルツとアポテオーズ」ではこのバレエの思い出を細心の音作りで聴く人にプレゼントをしたように感じる。まさに大団円である。ラトルと共にこの名盤誕生に寄与したベルリン・フィルの柔軟さに長けた畢生ともいえる名演も、ここにはっきりと明記しておきたい。なお、8月4日に世界に先駆けて発売される国内盤にはこの録音についてのラトルへのインタビューと第二幕の演奏映像を収録したボーナスDVDが特典として付いている。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review【器楽(ピッコロ)】

「時任和夫《ビッコロ・ヴィルトゥオーゾ》」 (オフィスENZO/EZCD10011)
 ピッコロという楽器の独奏楽器としての魅力 を十分に発揮したCDがはじめてリリースされた。ピッコロと言うとすぐ甲高く煩いと云う感じだが、ベートーヴェンが初めて運命と第九で使い始め、春の祭典で活躍したとか、D♭管のマーチを連想するが、そういったイメージとはまったく違う、高音域ながらやさしく優雅でまろやかな色彩感豊かな表情のある楽器として登場した。独奏者の時任和夫は単身海外で活躍していたが、81年フィラデルフィア管弦楽団に首席ピッコロ奏者として入団、以来今日まで約30年間活躍している。人生をピッコロに賭けたといっていい。伴奏者のピアノ藤田雅の真摯な態度とも息があって見事な演奏である。バツハの「ソナタハ短調」、テレマンの「ソナタト短調」、清水研作の「星々の記憶へ」、グルックの「精霊の踊り」などすばらしい。ビッコロのイメージをまったく変えたこのCDこそ、ピッコロ・ファンにとって待望の一枚であったろう。(斎藤 好司)

Classic ALBUM Review【器楽(フルート他)】

「《海》」清水研作 作品集」(オフィスENZO/EZCD10012)
 「ピツコロ・ヴィルトゥオーゾ」と同時発売された清水研作作品集「海」は日本的美学の原点に通底する独自な音楽界を描いた作品である。ピッコロの時任和夫と、フルート清水信貴と、アルトフリュート清水理恵・ピアノ藤田雅・鈴木賢太によって演奏された。時任和夫は長年フィラデルフィア管弦楽団で積み上げたピッコロでの温かい柔和な響きを聞かせた。フルートの清水信貴は天地自然の中に横たわるものを求めるかのような重厚な響き、アルトフルートの清水理恵は桐朋からボストンで研鑚を積み中国で活躍している力量を十分に発揮し、重音など的確に演奏しきっている。作曲家清水研作は日本的な美意識をもって作品に向かっている。「海」は広大無辺の広がりをもつ大自然に対する感覚を歌ったものである。他に「星々の記憶へU」「異なる時空」「アルカディアの森で」などが演奏されている。(斎藤 好司)

Classic ALBUM Review【器楽(ユーフォニアム)】

「リアル・ユーフォニアムV「ユーフラティスの響き」(佼成出版社/KOCD-2528)
 日本が世界に誇る外囿祥一郎のユーフォニアム独奏のCDがリリースされた。ユーフォニウムとは小バスとも喩えられる低音金管楽器だがツェロにも匹敵する優雅な音色の楽器である。「リアル・ユーフォニアムV」のシリーズはこれで完結する。一作目が「和」、二作目が「洋」ときて、この三作目は時空を超越してユウフォニァムの可能性を求めて、外囿の「心の歌」を追求した聴きごたえのある作品集である。ピアノ伴奏藤原亜美との語り合い調和もとれてすばらしい作品になっている。ユーフォニアムの甘美な色彩が魅了する。G・コーズの「ロマンス」はゆったりとしたテンポで優雅に歌っている。A・ボンキェリの「ユーフォニアム協奏曲」は高度な技術を駆使した作品。池辺晋一郎の「ユーフラティスの響き」は古代文明発祥の地への郷愁と、同地への現代の安定と平和を願う気持が込められている。J・Sバッハの「フルート・ソナタ」はみごとにユーフォニァムで歌いきっている。(斎藤 好司)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「アシュケナージ/辻井伸行/オーケストラ・アンサンブル金沢」6月19日 ザ・シンフォニーホール
 今注目を集めている新進ピアニスト辻井伸行が、ウラディミール・アシュケナージの指揮、アンサンブル金沢の演奏で登場した。異色の組み合わせであり、会場は超満員の聴衆で埋まった。辻井はショパン「ピアノ協奏曲第1番」を弾いた。ロマン派の巨匠は作曲当時21歳。ピアノに向かう若者は22歳。時代は遠く隔たっても、共に清新の気に満ちた同世代である。目に見えない琴線が2人の間にピーンと通っているのか、鍵盤からみずみずしい香気が立ち込めてくる。最初の主題に漂う詩情は、青春のはかなさを想起させる。彼の癖なのか、首を揺らしながら、ひたすらショパンの世界に分け入っていく姿には、未来のスターの可能性を秘めている。名指揮者は、将来を嘱望させる逸材にたっぷり歌わせて、抑制された響きでサポートした。この後に演奏したベートーヴェン「交響曲第4番」は、端然とした仕上がりである。(椨 泰幸)(写真提供:ザ・シンフォニーホール)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「ブダペスト祝祭管弦楽団&神尾真由子」6月20日 ザ・シンフォニーホール
 若手ヴァイオリニストにとって、チャイコフスキーとメンデルスゾーンの協奏曲は、腕を試す絶好の試金石となっている。この2つは曲想ががらりと変わり、テクニック1本だけで容易に押し通すことができない。以前にチャイコフスキーを情熱的に弾いた神尾は、今回はがらりと変わった趣のメンデルスゾーンを感傷的なまでに甘く歌い上げた。これは手にした名器ストラディヴァリウス(1727年製)のせいばかりではない。神尾の豊な音楽性から生み出されたものであり、管弦楽団を率いて共演した音楽監督イヴァン・フィッシャーの円熟した指揮の賜物でもあろう。ブラームスの「交響曲第4番」には枯淡の捨て難い味わいがある。(椨 泰幸)(写真提供:ザ・シンフォニーホール)

Classic CONCERT Review【オペラ】

「モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》」7月2日 ザ・カレッジ・オペラハウス(大阪府豊中市)
 大阪音楽大学の運営するオペラハウスでは、モーツァルトをシリーズ化し、関西の歌手たちを柱にして、定期的に上演している。恋人たちの愛情をテーマにしたこのブッファでは、主役を務めた並河寿美(フィオルディリージ)、小餅谷哲男(フェッランド)、晴雅彦(グリエルモ)のヴェテラン勢が底力を発揮して、安心して聴くことができた。これに中堅の北野智子(ドラベッラ)、田邉織恵(デスピーナ)がうまく絡んで、喜劇の進展に生気をもたらした。コケットリーな北野、田邉ご両人の溌剌とした声と軽妙な演技に期待したい。抑えの効いた大勝秀也の指揮と控え目な粟国淳の演出は、舞台の進行を滑らかにして、効果をもたらしたと思う。(椨 泰幸)(写真提供:大阪音楽大学)

Classic CONCERT Review【協奏曲(ピアノ)】

「《ブルーノ・レオナルド・ゲルバー/ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全曲演奏会》レオナルド・ゲルバー(ピアノ)、大山平八郎指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団」7月3日 すみだトリフォニーホール
 前日の2日とこの日にかけてのツィクルス、筆者が聴いたこの日は2、3、4番の3曲がこの順序で演奏された。今までのゲルバーの演奏はペダルを多用していたために、その部分の音はどうしてもなじめなかった。今回も2番、3番は筆者が求めている音とは縁遠いものだったことは否めなかったが、最終の第4番では打って変わってペダルの使用は常識の範囲を超えず、非常に明晰な演奏となった。それと共にゲルバーの強靱なタッチは、ともすれば優雅な演奏に流れるこの曲を男性的な曲へと実に見事に変身させることに成功したと言えよう。また大山平八郎指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団も見事なアンサンブルでゲルバーの意図する音楽に呼応した。(廣兼 正明)〈Photo:K.Miura〉

Classic CONCERT Review【室内楽(弦楽合奏)】

「長岡京室内アンサンブル 東京公演」7月12日 浜離宮朝日ホール
 このアンサンブルはパイヤール室内管弦楽団でも活躍し、古楽器奏法にも明るい森悠子を音楽監督として1997年に設立された17人編成の弦楽合奏団である。 2003年度の第16回ミュージック・ペンクラブ音楽賞を「スーク、ドヴォルザーク:弦楽セレナード」のCDで受賞してから7年の間に、このアンサンブルは素晴らしい進歩を遂げている。今回のプログラムはストラヴィンスキーのバレエ音楽「ミューズを率いるアポロ」とチャイコフスキーの弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」の2曲だったが、演奏者一人一人の音程面を含めてのアンサンブルの確かさ、最小から最大までのダイナミックスの巾の広さ、そして表現力の豊かさなど、世界の名だたる弦楽アンサンブルに決して引けを取らない演奏でこの日の聴衆を魅了し、森の音楽監督としての才能の大きさを印象づけた演奏会だった。また視覚に訴えた舞台照明による演出の効果もプラスといえる。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【器楽(ヴァイオリン)】

「ライナー・キュッヒル/ヴァイオリン・リサイタル」7月13日、ヤマハホール
 凄まじいほどに生気を帯びたベートーヴェンだった。曲目はヴァイオリン・ソナタ第4番、第10番、そして第9番「クロイツェル」。ここまでするかというほどに、加藤洋之のピアノとの丁々発止は熱を帯び邪気を追い払うかのごとし。うっかり触ろうものなら怪我するような切れ味の鋭い音楽だ。2人のベートーヴェンには強靭な意志に貫かれ、キュッヒル独特の強拍、アクセントからは、「還暦とはこういうもの」という声が聞こえるようで余人をもって代えがたい。新装なったヤマハホール333席に音楽の魂を入れた記念碑的なリサイタルだ、と言って何ら大げさでない。(宮沢 昭男)

Classic INFORMATION【合唱団】

「スエーデン王立男声合唱団」
 ノーベル賞の授賞式や国王誕生日の記念演奏などにも出演したことがあり、スエーデンの代表的な男声合唱団。今回は同国生まれのソプラノ歌手も同行する。合唱団は5年前にも来日し、北欧の水準の高さを披露した。曲目は同国の歌曲やオペラ・アリアなど。指揮はセシリア・アーリン。(T)(写真提供:ザ・シンフォニーホール)
日時:10月10日午後2時
会場:ザ・シンフォニーホール
お問い合わせ先:06−6453−6000 http://asahi.co.jp/symphony/

Classic INFORMATION【室内楽(ピアノ四重奏)】

「アンサンブル・ラロ・ピアノ四重奏団」
 びわ湖ホールではワーグナー「トリスタンとイゾルデ」公演(10月10日、16日開催)の関連として、アンサンブル・ラロによる「室内楽への招待」を企画している。メンバー4人の他に日本から丹藤亜矢子(ソプラノ)、金子鈴太郎(チェロ)ら4人の奏者も参加、演奏会やセミナーを下記の日程で開催する。曲目はワーグナー(レオポルド編曲)「ヴェーゼンドンクの5つの詩」(弦楽6重奏版)やシューマンの作品などで、伊東信宏大阪大学教授によるお話しもある。(T)(写真提供:びわ湖ホール)
日時:9月22日午後6時30分 「曲をつくりあげるまで」(公開セミナー)
23日午後2時 「室内楽の魅力(室内楽セミナー)」
午後3時50分 「室内楽をよりよく理解するために(レクチャー・コンサート)」
24日午後7時 「アンサンブル・ラロ」演奏会
会場:びわ湖ホール(大津市)
お問い合わせ先 077−523−7136 http://biwako-hall.or.jp/