2010年7月 

 
Classic ALBUM Review【歌曲】

「君を愛す〜ドイツ名歌曲集」(ユニバーサルミュージック、ドイチェ・グラモフォン/UCCG-1505)
 オペラ・ファンに人気がある韓国のソプラノ歌手スミ・ジョーの室内楽伴奏によるユニークで心温まるドイツ歌曲集である。モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、R.シュトラウスの20曲のうち4曲は室内楽のみの演奏でスミ・ジョーは歌っていない。スミ・ジョーが持つ天性の清楚で暖かい歌声と、それに優るとも劣らない韓国をメインとする伴奏者たちの素晴らしいセンスに、しばしすべてを忘れて浸ることが出来た。これは韓流クラシックとも言える一枚で、このところの韓国人音楽家の世界での活躍が如実に伺える。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「バシュメット指揮国立ノーヴァヤ・ロシア交響楽団」5月8日 ザ・シンフォニーホール
 オーケストラの設立は1990年。楽団員も若く、30〜35歳が中心である。芸術監督を引き受けて8年になるユーリ・バシュメットは、逸材たちを丹念に仕上げて、今や枝葉の伸びた大樹になろうとしている。この日はチャイコフスキーの作品だけを取り上げたが、幻想序曲「ロメオとジュリエット」は清新の気がみなぎり、好印象を与えた。「ピアノ協奏曲第1番」はピアニストの上原彩子が彫りの深い表情で歌い上げ、この曲のもつ華麗かつ繊細な魅力を余すところなく引き出した。最後に演奏した交響曲第6番「悲愴」は、コーダに向かう推進力に並々ならぬものを感じさせるが、もう少し翳りがほしかった。(椨 泰幸)
(写真提供:ザ・シンフォニーホール)

Classic CONCERT Review【オーケストラ(現代音楽)】

「コンポージアム2010〜トリスタン・ミュライユの音楽」5月27日 東京オペラシティコンサートホール:タケミツ メモリアル
 今年で第12回を迎える若手作曲家による管弦楽曲のコンペティション「武満徹作曲賞」で審査員を務めたトリスタン・ミュライユが、その本選演奏会(5月30日)に先立って、自己の作品をたっぷり披露した。原田節とトリスタン自身がオンド・マルトノで対話した「2台のオンド・マルトノのための《マッハ2.5》」以外は、すべて日本初演とのこと。野平一郎・指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団は、曲によって微妙に楽器構成を変えながら、場内の空気すべてを味方につけたかのような、ふくよかな響きを運ぶ。予想のつかない音の流れ、コンマ0.何秒まで綿密に記譜されているのであろうメずれモが、実に気持ちよかった。なお今年の武満賞第1位はブラジルの作曲家、ホベルト・トスカーノの「FIGURES AT THE BASE OF A CRUCIFIXION」に決定した。(原田 和典)
≪写真提供:東京オペラシティ文化財団≫

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「日本フィルハーモニー管弦楽団 第620回 定期演奏会」5月29日 サントリーホール
 久しぶりに日本フィルを聴いた。この日は小林研一郎の指揮、中国出身のジャン・ワンをソリストに迎えてチェロ協奏曲と交響曲第8番、2曲のドヴォルザーク・プログラムである。最初の協奏曲ではジャン・ワンのアーティキュレーション、強いて言えばフレージングまでがボヘミア的なムードに溶け込めない印象を最後まで払拭することが出来なかった。しかしその後の交響曲第8番では小林とオーケストラが一体となって作り上げたボヘミアの憂愁が聴衆に伝わり、その気持ちの昂まりが再び演奏者に戻った時ホールの一体感は頂点に達した。熱気の盛り上げが得意な小林ならではの午後だった。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「新日本フィル 第462回定期演奏会」6月4日、サントリーホール
 スピノジの指揮は、日本のオーケストラ定期演奏会に決定的な忘れ物のあることを気付かせた。もっとストレートに音楽を楽しむといったらよいだろうか。日本でこれほど笑いを引き出した定期演奏会に出会ったことがない。前半と後半でモーツァルトとロッシーニのアリアを振り分け、ハイドンの交響曲をそれぞれ入れた。スピノジは、メゾのシャハムと息の合ったシーンを作り出し、オーケストラも会場も和む。そこにハイドンの巧みな曲作りを、音だけで展開するとどうだろう。最後の82番「熊」など、表情豊かな響きだけでなく、「偽終止」の罠にはまって会場から素直な笑いまでこぼれた。ステージと会場のこの見事なコミュニケートこそ、今望まれることだろう。(宮沢 昭男)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「南西ドイツ・フィルハーモニー交響楽団《ザ・テン・イヤーズ・シンフォニーズ 1778-88》」6月8〜10日 すみだトリフォニーホール
 スイスとの国境、ボーデン湖畔の美しい街コンスタンツに本拠を置く、ヴァシリス・クリストプロス指揮「南西ドイツ・フィルハーモニー交響楽団」による、モーツァルトが1778から1788の10年間に作曲した交響曲、第31番「パリ」から最後の第41番「ジュピター」までの11曲と1779年に「ポストホルン」セレナーデから改編されたK.No.なしのニ長調、計12曲が3夜連続で演奏された。 今日本でも古典派の曲を演奏する際に流行っているヴァイオリンを左右に分けた両翼型と言われる位置編成をとり、バロック・ティンパニをはじめ、管は金管を主にナチュラル楽器、弦は現代楽器でありながら、ノン・ヴィブラートによるピリオド奏法のモーツァルトを今の時代に再現してくれた。
 初日は旅の疲れか、特に前半の「パリ」と「プラハ」ではこのオーケストラらしいキレの良さが見られず、第34番の第2楽章の美しさを除けば後半も幾分それが残っているようにも感じられた。しかし第2夜には如何にもドイツのオケらしい、見違えるようなメリハリのきいた演奏を聴かせてくれた。第33番の第2楽章の美しい表現、最後の第40番での声部の扱い方がこの曲の魅力をより高めていた。そして最終夜は今回一番の演奏となつた。前半は上述のポストホルンから第1、5、7楽章で3楽章のシンフォニーに仕立てたD-Durと第36番「リンツ」を演奏、後半は第32番と第41番「ジュピター」だったが、最後の「ジュピター」で彼らは豪華絢爛、一大絵巻のような見事な演奏を聴かせてくれた。第2楽章のノン・ヴブラートでの透明なハーモニー、終楽章では凄まじいまでの第二主題動機の次から次へと押し寄せる波、この35歳の指揮者は聴衆を完全に魅了させたようだ。初日に演奏した第34番の美しい第2楽章は最後日のアンコールとしては最適だった。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「東京交響楽団 川崎第26回定期演奏会」6月20日 ミューザ川崎シンフォニーホール
 6月18日のサントリーホール定期と同じ曲目である。 初めて東響を振ったマーク・ウィグルスワースの指揮による最初のワーグナー「パルジアファル」第1幕への前奏曲では管と弦のアインザッツがずれたりユニゾンでの管・弦の音符の長さが異なったり、少々の乱れがあったが、2曲目プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番では庄司紗矢香の完璧な技術と音楽性を浮き彫りにした指揮者とオケの見事なサポートが光った。そして最後に演奏したブラームスの交響曲第2番でウィグルスワースの棒は初めて相対したオーケストラを思う存分鳴らし、味わい深いブラームスを作り上げる術を聴衆に実証して見せた。是非もう一度聴いてみたいと思う指揮者の一人である。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【室内楽】

「マルティヌ弦楽四重奏団 演奏会」5月25日 浜離宮朝日ホール
 1976年に結成されたチェコ作曲家の名前を冠したチェコの中堅クァルテット。このクァルテットの端正な演奏はさすが弦の国チェコの伝統的なものと言える。しかしスメタナ四重奏団に較べると暖かさを持った美しい音を響かせる。この日のプログラムではマルティヌ最後の弦楽四重奏曲である第7番、そして若手のピアニスト近藤嘉宏と組んでショパンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ五重奏版)、ドヴォルザークのピアノ五重奏曲第2番の3曲が演奏された。 最初のマルティヌは彼の作風である新古典主義的な聴きやすい曲だが、このクァルテットはさすがに美しい音を響かせていた。次のショパンは室内楽版なので、ピアノと伴奏部のクァルテットとの間に、どうしてもオーケストラ伴奏のようなバランス的な均衡が満たされないのは致し方ない。しかし最後のドヴォルザークでは、ピアノもクァルテットもこの欲求不満が解消されたかのような充実した見事な演奏を聴かせてくれた。 (廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【室内楽】

「浦川宜也&岡原慎也 デュオ・リサイタル〜シューベルトの夕べ〜」5月30日 JTアートホール アフィニス
 浦川宜也は、これまで積極的にレコードやCD録音を行っており、久しぶりに実演を聴いた。浦川の演奏は、やはり大物の風格を備えて、70歳の現在、演奏家にもたらしやすい悪ずれのようなものとは無縁で、実にひたむきで音楽は誠実である。ステージ活動の連続を何よりも糧としていくタイプの見本のようなものが、浦川のシューベルト演奏から感じられ、こういうタイプは若い世代の演奏家にはなかなか感じられない。
 シューベルトのバイオリンとピアノのためのソナタは、家族や仲間と純粋に音楽を楽しむために作曲されたとのことだが、どの楽章も美しく、全4曲を聴いて全然飽きさせる事がなかった。ある懐かしさを持って聴けたからであり、特にプログラムの最後に置かれたイ長調 D.574などは、繊細さと堅固さと、そして豊富なファンタジーをあわせた名演であった。シューベルトのソナタをこれほど美しく気品のある演奏を聴かせるのは、浦川以外にいないような気がする。
 岡原慎也のピアノもしっかりと浦川を支え、柔らかな感情の流動が全曲にしっとりした味をそなえている。両者の息のあった演奏をこれからも聴かせてもらいたい。(藤村 貴彦)
〈Photo:Naoaki Shiraiwa〉

Classic CONCERT Review【器楽曲(ピアノ)】

「クリスチャン・ツィメルマン・ピアノ・リサイタル」5月16日 びわ湖ホール
 ショパン・コンクール優勝によって一躍スターダムにのしあがったツィメルマンにとって、祖国の大作曲家へ寄せる思いは、並々ならぬものがある。ショパンだけを集めたこの日の演奏会では、その気持ちが直に伝わってきて、200年生誕記念を飾るに相応しい熱演となった。なかでもピアノ・ソナタ第2番葬送は音符の隅々に至るまで目が行き届き、屈折した巨匠の心のひだを鮮明に浮かび上がらせた。ピアノ・ソナタ第3番は中間]楽章でファンタジックのなかに陰翳を漂わせ、最終楽章では一転して圧倒的な量感で迫った。最後に弾いた舟歌も忘れ難い魅力を秘めている。(椨 泰幸)
(写真提供:びわ湖ホール)

Classic CONCERT Review【器楽曲(ピアノ)】

「フィリップ・アントルモン・ピアノ・リサイタル」5月28日 兵庫県立芸術文化センター
 円熟の境地を迎えて、アントルモンは一段と風格を増してきた。悠々迫らざる奏法に独特の味わいがあり、伸び盛りの若手の及ばない境地に達している。これを痛感させたのがドビュッシー「月の光」、ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」などフランス音楽の演奏で、曲の深い解釈にかけてはこの人の右に出るものはないと思えるほどである。ショパンでは「幻想即興曲」、「スケルツォ第2番」などおなじみの作品を弾いたが、単に抒情に流れることなく、その奥に秘められた哀愁の気分まで見事に聴かせてくれた。「いつも新鮮な気持ちでピアノの前に立つ」というこの人の言葉を目の当たりにしたようである。(椨 泰幸)
(Photo:Alvaroyanez)

Classic CONCERT Review【器楽(チェンバロ)】

「リクライニング・コンサート・シリーズ チェンバロの日〜スタイリッシュな鍵盤のミューズ」5月27日 Hakuju Hall
 ポピュラー系の音楽を主に聴いていると、なかなかチェンバロの響きに接する機会が来ない。この公演はぼくにとって、初めての生チェンバロ・コンサートであった。つまり、リアルな響きに接するのも、楽器本体を見るのも、これが最初だ。こじんまりした、だけど重厚なチェンバロの形状は、あたかも明王朝時代の工芸品のようである。曽根麻矢子は1990年以降、パリと日本を拠点に活動する奏者。楽器の魅力、特質をMCでわかりやすく解説しながらのステージは、ぼくのようなチェンバロ初心者には、実に入りやすかった。ロワイエの「アルマンド」「敏感(ロンド)」はじつに詩的、ラモーの「凱旋」がジャズ・ミュージシャンのカーラ・ブレイが書いた「キッド・ダイナマイト」にあまりにもそっくりで驚かされた。(原田 和典)

Classic CONCERT Review【吹奏楽】

「東京吹奏楽団 第58回定期演奏会」2010年6月4日 すみだトリフォニー大ホール
 東吹は昭和38年に芸大の故山本正人教授らが中心となり設立されて以来すでに47年を経ており、約半世紀に及ぶ長い歴史を誇っている。東京では一番古いプロ吹奏楽団である。当初はカワイ楽器がプロモーターであったが近年株グローバルに代わって以来演奏力もアップし聴衆も定着して来た。今年より団長が須藤清子から、フルート奏者の槇本吉雄に代わった。コンサートミストレスの畑中真理は相変わらず上手い。指揮者の岩村力はかずかずのコンクールで受賞して来た実力者だが、オーケストラばかりで吹奏楽の経験が浅いようで力演のあまりフォルテが強すぎる傾向にあったが、今回は改善が見られ音量を押さえた結果、色彩感が甦り音楽的な表情がでてきた。「ロメオとジュリェット」(プロコフィエフ)の全20曲中珠玉の7曲を組曲として演奏したが、すばらしい出来栄えだった。(齊藤 好司)

Classic CONCERT Review【オペラ】

「ヴェルディ《アイーダ》」3月21日 みつなかホール(兵庫県川西市)
 壮麗な規模を誇るグランドオペラを小さな舞台にのせることができるだろうか。この実現困難な課題に、各地のホールでは果敢に挑戦している。客席500人に満たないみつなかもその1つで、厄介な難問に1つの答えを出し、成功に導いたと思う。主役には関西の実力派歌手を起用して、ほぼ満足のいく出来栄えであった。オーケストラの編成や場面を少しカットし、さわりのアリアはそっくり残して、ハイライト版を感じさせない仕上がりであった。
 これも指揮者の牧村邦彦と演出家の井原広樹の緊密な連携プレーの賜物であろう。舞台の背景に大きな鏡を置いて奥行きを出し、呼び物の凱旋行進も様式的な手法を取り入れて、生彩を放った、低額予算でも工夫次第でぐっと人をひきつける見本のような舞台である。(椨 泰幸)
(写真提供:みつなかホール)

Classic INFORMATION【器楽(ピアノ)】

「イリーナ・メジューエワ・ピアノ・リサイタル〜ロシア・アヴァンギャルドの世界〜」
 ロシア出身のピアニストによるリサイタル。ロシア・アヴァンギャルド時代の作曲家ルリエ「大気のかたち〜ピカソに捧ぐ」、ロスラヴェッツ「5つの前奏曲より」の他に、関連の深いプロコフィエフ、スクリャービンの作品を演奏、またムソルグスキー組曲「展覧会の絵」を弾く。関連企画として「ロシア・アヴァンギャルドの作曲家とその背景」をテーマに亀山郁夫東京外大学長(ロシア文学者)のプレトークが8月22日午後1時30分から2時20分までびわ湖ホールで行われる。
 ロシア・アヴァンギャルドは1917年のロシア革命をきっかけに起こった前衛的な芸術運動で、美術、演劇、映画などにも広がった。その後「人民への奉仕」を掲げる政権の政策転換によって指弾され、下火となった。滋賀県立近代美術館でこの運動の柱となる「ロシア構成主義のまなざし〜ロトチェンコとステパーノワ展」が7月3日〜8月29日に開催されるのに連携して、リサイタルとプレトークを行うことになった。(T)
 日時 8月22日午後2時30分
 会場 びわ湖ホール
 お問い合わせ先 077-523-7136 http://www.biwako-hall.or.jp/