2010年9月 


Audio ALBUM Review

「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ集Vol.3/アンジェラ・ヒューイット」(Hypeion/ CDA67797)*輸入盤(販売:東京エムプラス)
 ヒューイットのベートーヴェン第三集。全集を視野に入れての進行と思われるが作曲年代を追わず、今回は第12番作品26「葬送」、第6番作品10番の2、第27番作品90、第14番「月光」作品27の2の4曲を収録する。今回はCDのみが発売されたが第一集、第二集同様SACDも追って発売されると思われる。イタリア・ヴェネト州のアルプス麓の風光明媚な町ドビアコのクルトウアツェントルム・グランドホテルに愛器ファツィオーリを運び込んでのベートーヴェンは、バッハ演奏で名声を確立したヒューイットらしくロマンティックな耽溺を排しシェイプアップされた明解で整合感豊かな演奏である。弱音の美しさと豊かな響きが印象的だが同時に強弱のコントラストが豊かで、作品27の2の第三楽章など左手のインパクトの力強さは日本の女流の比ではない膂力(りょりょく)の程が伺える。比較的小さな場所での録音であるため、ファツィオーリの鮮鋭な響きと明るいエネルギーがそっくり収録されそれがハイペリオンレーベルの特徴と重なり、やや硬質感のある輪郭の鋭い音質である。再生システムに分解能が足りない場合煩く聴こえてしまう。伝送ケーブルまで含めて再生システムの試金石となるCDである。(大橋 伸太郎)

Audio Blu-ray Review

「R.シュトラウス:楽劇《サロメ》 コヴェント・ガーデン王立歌劇場2008」(オーパスアルテOABD7069D)*輸入盤
 2008年英コヴェントガーデン・ロイヤルオペラの公演記録。現在最高のサロメ歌い(役者)であるナディア・ミヒャエルがタイトルロールを歌い演じる。前年の2007年ミラノ・スカラ座で彼女が同役を初めて演じたDVDも7月21日にコロムビアミュージックエンタテインメントから発売された。ナチス時代に舞台を設定した『サロメ』演出というと、私が思い出すのが1987年のベルリン国立歌劇場(東西分裂時代、東独を代表する歌劇場)の日本公演である。この時の演出は表現主義を基本にファシズム性を諧謔的に誇張したもので、サロメ役エヴァ=マリア・ブントシューの歌役者ぶりが際立ち彼女のヘンテコな「七つのヴェールの踊り」が今も記憶に残っている。今回のマクヴィカーの演出はそれとは違い諷刺やカリカチュアの要素がなく幻想的な残酷美を前面に出し、権力の毒で歪んだ家族関係の犠牲になった少女の無意識が命じた殺人劇の顛末を描くサイコパスドラマである。『サロメ』の演出上のポイントの一つは、サロメがヨカナーンに愛を拒絶された後、パリサイ人達の宗教問答をしている時間をどう舞台上で処理するかである。その傍らでサロメが狂気の淵に沈んでいくわけだが、実際の劇場なら舞台上での二つの出来事の同時進行を一つに遠望出来るが、映像はそうはいかない。本作の場合ハイビジョンで画角が広く引きの画に解像力があるから、舞台に流れる時間を体感出来る。
もう一つのポイントが7つのヴェールの踊りでミヒャエルが演じるのは舞踊でなく無言劇。ヘロデ王に言い寄られた彼女がワードローブからウェディングドレスを選んだり、管弦楽の進行につれ少女の無意識の欲望のイメージを次々に舞台上に出していく。2年前の収録でハイビジョンの映像も解像感豊かで色彩に富み、音声も澄明である。歌、演技、演出、演奏がハイレベルで掛け算のインパクトを生んだ『サロメ』の舞台の待望の映像化である。映像コーデックはMPEG-4AVC、音声はリニアPCMステレオとDTS-HDマスターオーディオ5.0chの二種。(大橋 伸太郎)

Audio Blu-ray Review

「プッチーニ:歌劇《ラ・ボエーム》 コヴェント・ガーデン王立歌劇場2009」(オーパスアルテ/OABD7060D)*輸入盤
 2009年の英コヴェントガーデン・ロイヤルオペラの公演記録。主要キャストにすべてルックスのいい若手歌手を揃え、オリジナルの設定通り19世紀末パリの下町を舞台にした奇を衒わないオーソドックスな演出である。本作を翻案し一世紀後のニューヨークへ舞台を移したミュージカル(RENT)が世界的にヒットし映画にもなった今だからこそ、『ラ・ボエーム』を若者たちの元へ返すことで、永遠の青春群像劇である本作のオリジナルな魅力と不滅性をアピールしようという狙いだろう。しかし、筆者は見終わって物足りなさを感じた。ロドルフォ役のテオドール・イリンカイは艶のある美声を聞かせ他の歌手もかなり上手い人達だが、<華>がないのである。『ラ・ボエーム』は名もなく貧乏な都会の若者たちの日常生活を描いた点で画期的なオペラであった。古今東西大差ない青春の切なさを描いた題材の普遍性と誰でも口ずさめるメロディーの親しみやすい美しさで屈指の人気オペラになった。しかし、<平凡>を描くほど難しいことはない。演じる側に<非凡>さあるいは芸の力が必要だ。若者が演じさえすれ青春の切なさ、輝きが表現できるかというと必ずしもそうではない。舞台芸術というものの一筋縄でいかない面白さである。私たちが親しんだクライバー指揮フレーニ主演のスカラ座の舞台をここでもう一度引き合いに出す気はないが、今回は歌手陣が少々小粒であった。演出もいっそ若手を起用すればいいのに冒険が全くない。残念ながらコンセプトが裏目に出た感を免れない今回の『ラ・ボエーム』であった。舞台装置と衣装の泰西名画的なややヤニっぽく落ち着いた色彩を的確に捉えた映像はシックな味がある。映像コーデックはMPEG-4AVC、音声はリニアPCMステレオとDTS-HDマスターオーディオ5.1chの二種。(大橋 伸太郎)