2006年6月 

Popular ALBUM Review

「サプライズ/ポール・サイモン」(ワーナーミュージック・ジャパン/WPCR12292)
 約5年ぶりとなるポールの新作。ブライアン・イーノと組んだとなると、サウンド的にもシャープなものと予想されたが、すんなり聴けてしまう。が、よく耳をすますとなかなか凝っている。一言でエレクトロニクス・サウンドといえない生の多様さもあり、S.ガッドの叩き出すリズムも個性的。味わいある穏やかな歌声でも、歌詞はズバリ今日の世界におけるアメリカの状況を浮き彫りにする曲が少なくない。やはり聴く価値十分。(鈴木 道子)

Popular ALBUM Review

「ロックフォード/チープ・トリック」(ビクターエンタテインメント/VICP-63423)
 ファンにはうれしい原点帰りのキャッチーなハード・ポップン・ロールの醍醐味あふれる3年ぶりの新作。このスッキリした味わいの心地良さは彼らならではの職人的な仕事ぶりで、どこか懐かしい彼らの匂いも感じさせてくれます。そういえばかつては‘1980年代のビートルズ’とも呼ばれた彼らですが、5曲目は後期ビートルズ時代のジョン・レノンを思わせるような仕上がりで思わず身を乗り出してしまいます。ちなみにアルバム・タイトルの‘ロックフォード’とは彼らの母体が結成されたイリノイ州シカゴ近郊の地名。そんなところからもこの新作に賭ける彼らの心意気が伺えます。(上柴 とおる)

 
Popular ALBUM Review

「テイキング・ザ・ロング・ウェイ/ディクシー・チックス」
(ソニー・ミュージック/SICP-1076)

 メンバーの一人、ナタリー・メインズがイラク戦争で渦中の人になっていたブッシュ大統領を批判したことで、強烈なバッシングを受けたのは記憶に新しい。その大事件後の初のアルバムは、大きな試練を克服したエネルギーがプラスに働いて見事な内容になった。従来のスタイルであるクールなヴォーカル&ハーモニーをさらに研ぎ澄まし、ブッシュ事件からアルツハイマー症、不妊問題など、自らの体験をリアルにリンクさせて、このグループが背負うカントリー・ミュージックのヒューマニティと、人間が避けて通れない普遍的なテーマの融合に成功している。リック・ルービン(プロデュース)やレッチリのドラマー、チャド・スミスら曲者たちがバックアップ。閉塞感が支配する時代に咲いた、まさに奇跡の一枚だ。(村岡 裕司)

Popular ALBUM Review
「ファンダメンタル/ペット・ショップ・ボーイズ」
(東芝EMI/TOCP-66524 TOCP-66581〜82 *限定盤)

 「戦艦ポチョムキン」サントラなど企画性の強い作品が続いていたPSBが4年ぶりに発表したオリジナル作品。かねてから伝えられていた大ベテラン、トレヴァー・ホーンをプロデューサーに起用したことで、これまでの彼らとは違う新しいポップ・ワールドの表現に成功。これまでの二人のスタイルとはひと味違うテクノやビートルズ的な実験性、「ポチョムキン」とリンクするオーケストレーションの導入など、ユニークな試みが印象的だ。また、聖書や社会情勢などに材を取ったテーマをアーティスティックに表現した点でも力作といえる。リミックス盤「ファンダメンタリズム」をコンパイルした初回限定盤もリリース。(村岡 裕司)

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「フィール・ザ・スピリット/ナレオ」(ビクターエンタテインメント/VICP63211)
 まず1970年代のウェスト・コーストの女性歌手たちを思いだす。この新作にナレオのハワイのイメージはジャケットのみ。大転換だ。プロデューサーはサンタナ、デッド、キム・カーンズ等で知られる大物キース・オルセン。納得。オリジナル、ヒット曲の再録音も含め好メロディぞろいで、ナレオの歌の実力と魅力がうまく生かされている。そしてノラ・ジョーンズをはじめとする今日のポップ路線にも繋がっていく爽やかさがいい。(鈴木 道子)

Popular ALBUM Review

「スラック・キー・ジャズ/ジェフ・ピーターソン」
(ビクターエンタテインメント/VICP63411)

 円やかで暖かい楽園のこだま。日本発紹介のJ.ピーターソンはハワイのマウイ島出身で、彼の周囲にはスラック・キー奏法のパイオニアである父をはじめトラディッショナル・ハワイアン音楽が満ち溢れていた。特にギャビー・パヒヌイの影響が強い。ここではジャズ、ボサノヴァ、ポップ、ハワイアン、自作等が、それぞれの持ち味を十分生かしながら同列で収められていて、テクニックの確かさだけでない豊かな音楽性が満ちている。(鈴木 道子)

Popular ALBUM Review

「ウェスタン・スカイズ/ロディ・フレイム」(ファーストエイドレコーズ/POCE-10001
 昨年9年ぶりの来日公演でも話題になったロディの4年ぶりのソロ。瑞々しい音楽性で80年代ポップスの一翼を担ったアズテック・カメラ時代から一貫しているアコースティック感覚とピュアなヴォーカル表現はここでも健在だが、20年前とひと味違う感触を受けるのは彼の音楽人生の重みがあるからかも。なつかしさより、いつまでも変わらない音楽に対する真摯な姿勢が印象的だ。フォークやジャズ、カントリーなど、微妙な変化を取り入れたスタイルをギター・ベースで聴かせるのも、彼らしい。日本盤のボーナス・トラックとして、昨年ロンドンで行ったライヴ音源4曲を追加収録している。(村岡 裕司)

Popular ALBUM Review

「VOICES 2006FIFAワールドカップドイツ大会公式アルバム/various」
(BMG JAPAN/BVCM-31192)

 世界的に盛り上がっている今年のワールドカップの公式アルバム。絶好調のイル・ディーヴォがアメリカのR&Bディーヴァ、トニ・ブラクストンをフィーチュアして歌うテーマ曲「タイム・オブ・アワ・ライヴズ」やドイツのヘルベルト・グレーネマイヤーによるアンセム「セレブレイト・ザ・デイ」はもちろんのこと、エルトン・ジョンからエルヴィス・プレスリー、ホイットニー・ヒューストン、マライア・キャリー、シャキーラら、国際色豊かなビッグ・ネームの名曲をぎっしり収録。公式アルバム特有の気品が漂うコンピに仕上がっている。(村岡 裕司)

Popular ALBUM Review

「ペインティング・ザ・デイ/カウシルズ」(クリンク/CRCD-3022)
 パートリッジ・ファミリー誕生のきっかけともなったカウシルズの新規ベスト盤(英国編集)はこれまでとはちょっと違ってレア度もアップ♪「雨に消えた初恋」や「ヘア」などおなじみのヒット曲のみならず無名時代のシングル音源2曲を加え、さらに未CD化だったMGMでのラスト・アルバム(通算6枚目)「?×?」(1970年)をまるっぽ収録という思いっ切りの良さで全23曲。彼らは単なるお子ちゃまグループではありません!自分たちで曲を書いたりプロデュースも手掛けるカウシル兄妹の実力、魅力を改めて世に問いたい思い。ソフト・ロックな「空飛ぶ心」は今聞いてもフレッシュです。 (上柴 とおる)


Popular ALBUM Review

「オン/エイス・デイ」(ユニバーサルミュージック/UICY-93077)
 そうそう、このジャケットがまた‘そそる’んですよねえ。「ジャケガイノススメ」という本との連動企画で紙ジャケットで新たに復刻された男女混声グループ唯一のアルバム。1967年に制作されてKappレコードからリリースされたものの当時は全く話題にもならなかった作品ですが、後年のソフト・ロック・ブームが日の当たるところへ引っ張り出しました。このあとアーチーズやカフ・リンクスでリード・ヴォーカルを務めることになるロン・ダンテが曲作りやプロデュースで腕を振るうも音楽的にはそれらのようなバブルガムっぽさではなく美しくソフト・タッチなフォーク・ロック風の趣でさわやかな魅力がいっぱい♪(上柴 とおる)

Popular ALBUM Review

「So Good /Don & The Goodtimes」(Rev-Ola:CR-REV 142)*輸入盤
  ポートランド出身の5人組が1967年にEpicからリリースしたアルバム「So Good」(世界初CD化♪)にアルバム未収録の小ヒットやマイナー・レーベルでのシングル音源などボーナス・トラック9曲追加で全19曲。長年彼らのアナログを収集してきた当方もこれは満足出来る内容です。アルバム本体は1960年代後期アメリカの‘サンシャイン・ポップ’な魅力がいっぱい♪なにせプロデュース&アレンジがジャック・ニッチェですからその手のファンも聞き逃せません。知る人ぞ知る超快作「I Could Be So Good To You」(1967年:56位)や「Happy And Me」(同:98位)のみならずヒットしなかったフォーク・ロックなシングル曲も実に清々しくてSo Very! Very! Good〜♪(上柴 とおる)

Popular ALBUM Review

「フットプリンツ/カーリン・アリソン」(ビクターエンタテインメント/VICJ-61354)
 一作毎に面白いコンセプト・アルバムを発表してきたカーリン・アリソンのコンコード10作目は、ジョン・コルトレーン、デユーク・ジョーダン、ホレス・シルバー等などの有名な器楽曲に新たな詞をつけて歌うというもの。ジョン・ヘンドリックス、ナンシー・キングが客演して厚みをつけている、内容の濃いジャズ・ヴォーカル・アルバムだ。3人で歌うL・H&Rばりの「エブリーバディーズ・バッピン」や参加予定だったが亡くなってしまったオスカー・ブラウン・ジュニア作の珍しい「ア・トゥリー・アンド・ミー」が特に印象的に残る。(高田 敬三)

Popular ALBUM Review

「トゥ・ラブ・アゲイン/クリス・ボッティ」(ソニー・ミュージック/SICP-1066)
 ぼくはジャズではトランペットという楽器がいちばん好きだ。トランペットこそもっともジャズらしい楽器ではなかろうか。本作はスタンダード中心のバラード集で、14曲中10曲にヴォーカルがフィーチュアされているのも特色だ。世に歌うトランペッターが多いように、トランペットに歌はよく似合う。クリスのトランペットはロマンティックで、きれいな音でよく歌っている。トランペットはなによりも高らかに歌って欲しいと思っているので納得のいく演奏だ。歌ではスティングの「これからの人生」、マイケル・ブーブレの「レット・ゼア・ビー・ラブ」、グラディス・ナイトの「ラヴァー・マン」が印象に残る。(岩浪 洋三


Popular ALBUM Review

「フェイ・クラーセン・シングス・チェット・ベイカーVol.1/フェイ・クラーセン」
(55 Records/FNCJ-5515)
 オランダのジャズ・シンガー、フェイ・クラーセンの4枚目のリーダー・アルバムは、タイトル通り、チェット・ベイカーがヴォーカルで録音したことのある「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」「レッツ・ゲット・ロスト」等を集めて歌うチェット・ベイカー・トリビュート。彼の晩年の日本ツアーにも参加したハイン・ヴァン・デハイン(b)ジョン・エンゲルス(ds)にトランペットのヤン・ヴェッセルも加わるコンボで歌うもの。チェットの真似ではないが、彼女は、しなやかでフレックシブルな歌唱でベイカー特有のアンニュイなムードを上手く出している。(高田 敬三)

Popular DVD Review

「ビル・ワイマン&フレンズ。オールスター・バンド・ロック・コンサート」(ワーナーミュージック・ジャパン/WPBR90562)
 1988年2月22日にロンドン/ロイヤル・アルバート・ホールで行われた≪THE AIMS GALA≫コンサートの模様を収めた映像作品。エルヴィス・コステロ&クリッシー・ハインド、クリス・レア、そしてビル・ワイマンがひきいるASB。フィル・コリンズ、テレンス・トレント・ダービー、ケニー・ジョーンズ、サイモン・カークのほか、ロニー・ウッドら錚々たる面々が参加。ロニーのリードで「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ」「ホンキー・トンく・ウィメン」が登場。DVD化に伴い、「ゼアズ・ア・プレイス」(コステロ&ハインド)「セプテンバー・ブルー」(レア)「ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー」(ASB)3曲と、46分に及ぶドキュメンタリー映像が追加収録。(Mike M. Koshitani)

Popular DVD Review


「レイト・オーケストレーション〜アビイ・ロード・セッションズ/カニエ・ウェスト」(ユニバーサルミュージック/UIBO-1086)
 ヒップホップに君臨するトップ・プロデューサーにして、自らもMCとして活躍するカニエ・ウェスト。新作『レイト・レジストレーション』や前作『カレッジ・ドロップアウト』からの楽曲をストリングスとホーンをメインに据えたオーケストラを従えてロンドンのアビイ・ロード・スタジオで特別に行われたライヴを収録したのが本作。とはいえ、オーケストレーションは飽くまでもカニエの頭で鳴っているアレンジを形にするためのもので、内容は完全にカニエのヒップホップ・ライヴとなっている。オーケストレーションの迫力は圧倒的で、ひどくフォーマルな空気のなかでラップを炸裂させるカニエの姿は、まさに今現在の第一人者としてのものだ。(高見 展)

Popular BOOK Review

ジャズCD必聴盤!わが生涯の200枚/岩浪洋三 著』(講談社+_新書)
 岩浪さんは音楽に限らず人生においても幅広い興味と豊富な知識を持ち合わせている。そうした彼が、個人的な思い入れで選んだジャズCDは、データや一般評価で決まっている名盤選とは違った基準を伴っている。またポピュラー・ヴォーカルなどジャズ以外にも守備範囲の広さを発揮して、200枚を選ばれた。1頁、CD1枚。そのアーティストやCDとの出会いなど、思い出を交えながらのくだけたエッセイは、楽しい読み物でもある。「日本では無視されたり、過少評価されているが、たまたま聴いたら、すてきなアルバム」であったものも含めて、確かな目が感じられ、一家言ある著者の言わんとするところが明確に語られていて面白い。(鈴木 道子)

Popular BOOK Review


「スティーヴィー・ワンダー ある天才の伝説/スティーヴ・ロッター著 大田黒泰之 訳」(ブルース・インターアクションズ)
 僕自身スティーヴィーを聴き始めてもう40年以上たつ。1960年代初頭、彼はリトル・スティーヴィー・ワンダーとしてシーンに登場した。以来、確実に音楽活動を続けている。特に70年代以降のミュージック・クリエイターとしての業績はすごいものがある。本書はそんなスティーヴィーの音楽を時代順に実によく分からせてくれる内容だ。最近より若い彼のファンが増えていると聞く。そんな新しいファンに特に一読をお薦めする。もちろん古くからのファンにとっても新しい発見が多い。懐かしの写真が豊富に掲載されているのも嬉しい。(Mike M. Koshitani)

Popular BOOK Review


「Bob Marley ICON〜素顔のボブ・マーリー〜/デニス・モリス著」(エキサイト)
 セックス・ピストルズの姿を追った写真で有名なイギリスのロック写真家デニス・モリスのボブ・マーリーの写真集。そもそもデニスは14歳の時にボブの最初のイギリス・ツアーに同行したことで有名で、ライヴ盤『ライヴ!』のジャケット写真を撮ったことでも知られている。報道写真的なその独特なアプローチで、その出会いから死の直前のイギリスでの滞在時までにわたって捉えたボブの写真の数々は、ボブのこれまでのカリスマ的なイメージとはかけ離れた、人間味に溢れる素顔を明らかにしている。また、デニスの語り下ろしによる本文も、ボブとの交流を通してデニスが知ったボブという人物のカリスマ性の源泉を伝えている。(Mike. M. Koshitani)

Popular BOOK Review


「Beautiful Covers ジャケガイノススメ/編・著:土橋一夫&高瀬康一(毎日コミュニケーションズ)
‘ひと目逢ったその日から、恋の花咲くこともある’〜そんな思いを抱かせるような素敵なジャケットとの出会い...中古レコード店で思わず手にとり(LPですよ!)買ってしまうことって当方も経験済み。中身まで好みだったひにゃもう盆と正月気分!レコードが大好きな人には共感必至のこの‘ヴィジュアル・ブック’には編著者のお二人がセレクトしたアルバム約400枚に加えて(全カラー印刷)、サエキけんぞう、杉真理、松尾清憲、長門芳郎...といった皆さんたちがジャケ買い経験を告白するコラムもあり、見て読んで楽しい全220ページ♪(上柴 とおる)

Classic ALBUM Review

「マーラー:交響曲第4番/キリテ・カナワ(ソプラノ)、サー・ゲオルク・ショルティ指揮、シカゴ交響楽団」(ユニバーサル ミュージック/UCCD-3528)
 多くの評論家がマーラーの交響曲第4番の決定版として挙げるのはショルティの演奏ではなかろうか。1961年にコンセルトヘボウ、そしてソプラノのスタールマンと組んで録音したこの曲最初のLPは当時日本でも可成りのセンセーションを巻き起こした記憶はまだ薄れていない。それから22年後、デジタル時代初期の1983年録音のキリテ・カナワとシカゴ交響楽団との協演盤はコンセルトヘボウ盤を上回る注目を集めた1枚となった。ショルティのマーラーに対する思いを昇華させたこの演奏は、キリテ・カナワの名唱と相俟ってこのアルバムの価値を高めている。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉ベルリオ_ズ:幻想交響曲/シャルル・ミュンシュ指揮、ボストン交響楽団」(BMG JAPAN /BVCC-37459)
 ミュンシュの「幻想」ライヴを含めると6種類の演奏がCD化されており、その中では1967年録音のEMI(パリ管)がベストだと言う評論家は多い。劇的な目のくらむような音彩やダイナミズムはパリ管を指揮したものだが、今回の1954年盤はストレートな情熱に貫かれており、第1楽章はEMI版よりも力強い。第2楽章のハープや終楽章の鐘の音がハイブリットにより鮮明に聴こえ、第3楽章は細部の隅々に至るまで丁寧に磨かれている。ミュンシュの「幻想」は軽重明暗の造出がしっかりしているのが特徴。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review



「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」、第5番「宗教改革」/シャルル・ミュンシュ指揮、ボストン交響楽団」(BMG JAPAN/BVCC-37460)
 ミュンシュの「イタリア」は,明快で癖のない清潔な解釈が美しい。ミュンシュが指揮するボストン響は、どの楽員も存分自発的にのびのびと演奏し、しかも全体は自然なふっくらとしたアンサンブルになる。第2楽章の旋律の歌わせ方は表情豊か。終楽章の生き生きとしたテンポとリズムは、ミュンシュならではの表現であり、火山が噴火するような熱気がある。「宗教改革」も劇的な感情を上品に盛り上げており,ロマン的気分のいっぱいなかぐわしい演奏。八重奏曲の第3楽章「スケルツォ」は初めてのCD化である。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「ウィリアム・アルウィン(1905〜1985):交響曲第4番、弦楽オーケストラのためのシンフォニエッタ」(アイヴィ〈ナクソス〉/8.557649)
 アルウィンはイギリスの作曲家。ウォルトンやブリスらと同様にストラヴィンスキーの影響を受けたが、作風はエルガ_やブリトゥンのように中庸をえた音楽であり、イギリス紳士のような気品がある。作品からしか、その人柄を想像することができないが、アルウィンは気持ちの美しい人
だったのではないかと思われる。「交響曲第4番」の緩徐楽章に見られる抒情的な旋律は、決して手先だけで書けるものではない。作曲者の人間性がそのまま出ているようで、実に誠実な音楽である。「弦楽オーケストラのためのシンフォニエッタ」は、精緻繊細なつくりで対位法的な扱いがすばらしい緊張をかもしだす佳作。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「トッホ(1887〜1964):交響曲全集」(アイヴィ〈cpo〉/777191ー2)
 トッホはウィーンに生まれ、1933年、ナチス政権を嫌ってパリに亡命し、1935年からアメリカに定住。後期ロマン派様式に様々な現代的手法を加え、晩年には12音技法を試み、あらゆる分野に多数の作品を残した。交響曲は7つ作曲しており、マーラー、バルトーク、ヒンデミット等の当時の作曲家の影響も見られるが、作風は表現主義的であり構成にかなり重点を置いた作りである。
金管や打楽器が力強く響き、どの交響曲も個性的。ポストモダニズムはマーラー、ショスタコーヴィッチへと移行して行ったが、トッホも見直しても良い作曲家の一人と言えよう。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「ユン・イサン(1914〜1995):室内交響曲第1番/弦楽のためのタピハープと弦楽のためのゴンフー」(アイヴィ〈ナクソス〉/ 8.557938)
 ユン・イサンは韓国を代表する作曲家であり、祖国を政治的な理由で離れた後、ドイツで活躍し、作品は多数。室内交響曲は管楽器と弦楽器が同調はしないが、互いに相手を充分に触発し、力のこもった対話を展開する。韓国の雅楽や農学に似た楽想が使用され響きも力強い。ハープ協奏曲は、中国及びペルシャのエッセンスを加えた抒情的な作品だが、この作品も韓国的であり、ハープと弦楽の色彩の対比が鋭く、率直に情感をぶつけた作品。ユン・イサンは決して実験的な作曲家ではない。音組織は無調的だが韓国の伝統音楽を現代的な響きで再現させる。ユン・イサンは武満徹同様に世界的な作曲家である。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉レスピーギ:《ローマの松》、《ローマの噴水》、ドビュッシー交響詩《海》/フリッツ・ライナー指揮、シカゴ交響楽団」(BMG JAPAN/BVCC-37463)
 ライナーの「海」は,絵画的な表出よりも主題や構成の組織が、まるでいまそこで初めてつくり上げられて行くかのように流動し、組み立てられてゆく。ドビュッシーの持つ形式美を美しく再現しており、第3楽章のコーダではファンファーレの入るスコアーを使用しているのも興味深い。レスピーギの「ローマの松」「ローマの噴水」は、確かにトスカニ_二に匹敵する名演。方解石の明快さと灼熱的な迫力に特徴づけられ、「アッピア街道」のクライマックスは聴く人を圧倒させる。変化に富んだ豊かな音彩の交響詩がライナーによって蘇る。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉美しく青きドナウ〜ウィンナ・ワルツ&ポルカ名演集/フリッツ・ライナー指揮、シカゴ交響楽団」(BMG JAPAN/BVCC-37464)
 ライナーのウィンナ・ワルツは、クレメンス・クラウスやカラヤンのような優美なロココ風の表現ではなく、力強く男性的。踊るためのワルツではなく、あくまでも観賞用のワルツであり、造型や音彩、音のバランスに気を配った演奏でいかにもライナーらしい。どのワルツもライナーが全力投球している様子が手にとるようにわかり、ポルカ「雷鳴と電光」などは、物凄いテンポで打楽器の入り方も効果満点。「バラの騎士」のワルツはライナー自身が編曲したものが使用されている。ライナーのワルツは「人生は気合いだ」と言う言葉にぴったりの表現である。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉剣の舞&くまんばちは飛ぶ〜ロシア管弦楽名曲集/アーサー・フィードラ_指揮、ボストン・ポップス管弦楽団」(BMG JAPAN/BVCC-37465)
 アーサー・フィードラ_ほどクラシックの誰でもが知っている名曲を楽しく聴かせる指揮者はいない。ロシア管弦楽名曲集も生き生きとした生命感を持っており、どの曲も聴いているとワクワクしてくる。ハチャトリアンのバレエ「ガイーヌ」は打楽器のリズムの扱いがすばらしい。フィードラ_の音楽は冷ややかな表現とは違って、クラシックの豊かさを多くの人に知ってもらいたいという息吹きに満ちている。「ロシアの復活祭」はムラビンスキーのような凄みはないが、旋律の柔軟な処理は見事。クラシック音楽はどうも苦手だという人にすすめたいCDである。(藤村 貴彦) 

Classic ALBUM Review

「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉コープランド:《ビリー・ザ・キッド》、《ロデオ》組曲、グローフェ《大峡谷》組曲/モ_トン・グールド&ヒズ・オーケストラ(BMG JAPAN/ BVCC-37466)
 コープランドもグローフェも古き良き時代のアメリカの伝統を身に付け、オーケストラを駆使して誰でもが親しめるような曲を書き、その作品は難解ではない。「ビリー・ザ・キッド」の拳銃の戦いや「大峡谷」の豪雨は、SACDのハイブリッドにより,オーケストラが色彩豊かに響く。特に「大峡谷」は音による雄大なパノラマであり、聴き手は驚異的な自然の広大さを体験する事ができるであろう。指揮は二人の作曲家と親交があったモ_トン・グ_ルド。金管や打楽器の活躍が楽しく、明確な表現であり、オーケストラの迫力もこのCDの魅力を高めている。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番、スコットランド幻想曲、ヴュータン:ヴァイオリン協奏曲第5番/ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)、 マルコム・サージェント指揮、ロンドン新交響楽団」(BMG JAPAN/BVCC-37462)
 ブルッフとヴュータンの協奏曲は昭和37年11月に発売され、「技巧は達者だが冷たい」と批評されたとの事。ハイフェッツのブルッフはテンポが速く、高音部から低音部に移ったときのポジションが正確で、テクニックはまさに超一流。決して冷たい演奏ではなく、第2楽章は抒情的な歌わせ方であり、最上の織物のような衣ずれの微妙な弱音の響きが美しい。録音の神様、ケネス・ウィルキンソンが技術の全てを尽くしているだけに、碓かに独奏ヴァイオリンとオーケストラのバランスが実に良い。ハイフェッツの艶のあるヴァイオリンの音色は一度聴いたら忘れる事ができないだろう。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review


「フェルステル(1859~1951):祝典序曲(世界初録音)、交響詩「わが青春」、交響曲第4番「復活祭前夜」(アイヴィ〈ナクソス〉/8.557776)
  フェルステルは、マルティヌーと並び、20世紀前半のチェコ音楽を代表する作曲家だが、我が国ではほとんど知られていない。作風はブラームスやブルックナーを彷佛とさせ、響きは重厚。手法、構成、管弦楽法等はドイツ的であり、西洋的な伝統を基本に置いたフェルステルの作品は今後多くのファンを得る事ができると思う。交響曲第4番は知と情とがつり合った客観的な姿勢のある曲で、独奏ヴァイオリンの楽想が美しい。第2楽章のスケルツォは躍動感があって、オーケストラも力強く響く。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「ヘンデル:水上の音楽(組曲第1-第3番)/ 王宮の花火の音楽」(アイヴィ〈ナクソス〉/ 8.557764)
 ケヴィン・マロン(指揮)アレイディア・アンサンブルは、カナダのトロントを本拠として活動し、ヴィヴァルディ、シャルパンティエなど多くのバロックから古典派作品を録音している団体。このアンサンブルの特徴は気張って大きな音量を出すようなこともなく、強音もふっくらとした美麗さを失わない。ホルンやトランペットの響きが美しく貴族のような気分になって、ヘンデルの二大名曲を聴き通す事ができる。「王宮の花火の音楽」では自筆譜にあったて、フラウト・トラヴェルソを加える所も興味深い。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review


「スリナッチ(1915〜1997):メロリズム・ドラマス、交響的変奏曲、序曲〈フェリア・マヒカ〉/フラメンコ・シンフォニエッタ」(アイヴィ〈ナクソス〉/ FECD 0039)
 スペインのバルセロナに生まれ、ドイツ各地で学んだスリナッチは、ストラヴィンスキーやヒンデミットを思わせる新古典主義をベースに、多くのオーケストラ作品を作曲。スリナッチの音楽は確かにスペイン的雰囲気をどこかに感じさせ、ダイナミックを通じての情動は激しい。「メロリズム・ドラマス」はスペイン的な音楽に中近東の音楽を加えたもので、ファリャとアラブの間を揺れ動いているような作品。アルバムの中では「交響的変奏曲」がみごとな作りで、ここではヒンデミットの変奏曲を回想させる。スリナッチの音楽はガウディの建築のように、高みにむかって飛躍する。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review


「フランク・マルタン(1890〜1974):ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲」(アイヴィ〈ナクソス〉/ FFCD 0020)
 マルタンはスイスの作曲家で、フランクや印象派の影響を受けたが、のちに第1次大戦後のフランスの新しい傾向に触れ、更に12音技法にも接近。ヴァイオリン協奏曲はシェイクスピアの「テンペスト」にインスパイアされた歌曲から派生したファンタジックな作品で、現代的な響きの中に抒情性と深い思索を持ち、オーケストラとヴァイオリンの対比ががっちりと表現されている。チェロ協奏曲も伝統的な三楽章構成であり、第1楽章のチェロの朗々とした響きが美しい。マルタンの芸術を知る上で貴重な一枚。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review


「ヴィヴァルディ&ボッケリーニ:チェロ協奏曲集/ミッシャ・マイスキー(チェロ)、オルフェウス室内管弦楽団」(ユニバーサル ミュージック/UCCG-4183)
 このような曲を朗々と弾くチェリストも多い中で、この演奏はマイスキーの持ち味である深味のあるソノリティが、明るいヴィヴァルディとボッケリーニの曲に対して、不思議にマッチしている。どの曲も完璧を誇るオルフェウスとの相性は抜群で、イタリアのバロックと古典を現代風な演奏で楽しめる。ここに収録されているのはヴィヴァルディ4曲(内1曲は第2楽章のみ)とボッケリーニ2曲の協奏曲、そしてボッケリーニの頭に例の有名なメヌエットも収録されている。又、後年グルマッヒャーがアレンジした有名な変ロ長調協奏曲の第2楽章はこのCD最後の第7番第2楽章の転用である。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「シューベルト:ピアノ五重奏曲《ます》、ブラームス:ホルン三重奏曲/アンドラーシュ・シフ(ピアノ)、ハーゲン弦楽四重奏団員、アロイス・ボッシュ(コントラバス)、ギュンター・ヘーグナー(ホルン)、エーリヒ・ビンダー(ヴァイオリン)」(ユニバーサル ミュージック/UCCD-3533)
 若鮎のように初々しい「ます」である。このレコーディングは1983年と言うからハーゲン・クヮルテットがイギリスのポーツマスの国際コンクールで1位をとった翌年のもので、これが彼等のデビュー・アルバムであることを考えれば至極当然のことである。ピアノのシフとの相性も素晴らしい。現在彼等は全員ほぼ40歳代となり、今や円熟の境地を迎えているが、そのデビューは衝撃的なものだった。特に最も若いチェロのクレメンスの上手さが光っている。
カプリングされているブラームスのホルン・トリオはシフとウィーン・フィル・メンバーのアンサンブルの上手さが聴きものである。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「シューベルト:弦楽五重奏曲、ベートーヴェン:弦楽四重奏のための《大フーガ》/ハインリヒ・シフ(チェロ)、ハーゲン弦楽四重奏団」(ユニバーサル ミュージック/UCCG-4195)
 オーストリアの本格的弦楽四重奏団としてウィーン・アルバン・ベルク以後彗星の如くデビューしたハーゲン・クヮルテットによるシューベルト。このアルバムを聴いてシューベルトはやはり彼等が演奏するのがベストだと思った。今回はこれもオーストリア生まれの名手、ハインリヒ・シフが第2チェロに入り盤石のシューベルトとなった。第2楽章のアダージョなどは思わずベートーヴェンの後期を連想するような、精神的な深さを感じる素晴らしい音楽を作り上げている。 これもシフが入ったためだろうか。余白のベートーヴェンの「大フーガ」でも見事な構成力を見せ、この時既にハーゲン・クヮルテットは殆ど完成の域にある事を感じさせてくれた。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「グリーグ:弦楽四重奏曲 ト短調 Op.27、ニールセン:若いアーティストの棺に寄せて、
シベリウス:弦楽四重奏曲ニ短調Op.56《親しい声》/エマーソン弦楽四重奏団」(ユニバーサル ミュージック/UCCG-1293)

 エマーソン弦楽四重奏団がジュリアード音楽院で創立されて以来、今年で丁度30年、すでに世界一流の弦楽四重奏団として世界中で人気が高い。今回のアルバムでは北欧の3人の作曲家を採り上げているが、民族音楽的なグリーグの完全な形で残されたたった1曲のクヮルテット、シベリウスの室内楽代表作である「親しい声」、そして殆ど聴く機会のないニールセンの葬送曲小品を、素朴に、そして北欧の厳しさを暖かい素直な心で見事に表現した。非常にレパートリーが広いこの四重奏団は技術力、造型力ともに現存するクヮルテットの中では最右翼に位置していると言える。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「ヴィオラ・ブーケ/今井信子(ヴィオラ)、ローランド・ベンティネン(ピアノ)」(ユニバーサル ミュージック/UCCP-3351)
 世界的なヴィオラ奏者今井信子の95年に出た小品集の再発盤。地味な楽器ヴィオラの小品名曲集は数少ない。ベルリオーズの「イタリアのハロルド」を弾かせると世界一といわれる程の技術と朗々とした音色を持つ今井の小品は聴いていて安らぎを感じる。音域の狭いヴィオラが音域の広いヴァイオリンやチェロと同じように聴く人を楽しませるのは大変難儀だが、今井のしっかりした高音域での澄んだ美しい音はさすがである。ヴィオラのくすんだ渋みのある音色は一度聴くと、そこから抜け出せなくなる魔力の様なものがあるから不思議だ。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「サマータイム−クラリネット四重奏曲他」(アイヴィ〈ナクソス〉/ 8.557407)
 クラリネット・セクション4人による、楽しいジャズ=クラシック・セレクション。ベルギー国立管弦楽団のクラリネット奏者だけあって響きは明るく、溢れんばかりの喜びや楽しさを持って演奏しているのが手にとるようにわかる。バーンスタインの組曲「ウェスト・サイド」などは、まさにクラリネット四重奏曲のために作曲したのではないかと錯覚してしまう。多彩な音色を生かしたアレンジだからである。ガーシュインの「サマータイム」は、「うた」を浮き彫りにして、ジャズ特有のリズムの扱いが楽しい。(藤村 貴彦)

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「ミルトン・バビット:ソロとデュエット」(アイヴィ〈ナクソス〉/ 8.559259)
 ナクソスの「アメリカン・クラシックス」シリーズの1枚で、その優れたライフワークに対して1982年度ピューリッツァー特別賞を受賞したミルトン・バビットが1982〜93年の間に書き上げた、すべてドデカフォニーによる作品集である。ウィーンでドデカフォニーに興味を持ったバビットはアメリカに戻り、ロジャー・セッションズに師事、また電子楽器にも精通し、電子楽器と従来の楽器を協演させたりもしている。このアルバムにはタイトルの曲を含め、様々な楽器によるソロ、又は2つの異なる楽器によるデュエットが8曲入っているが、6曲目の「ビートゥン・パス」は日本のお寺の水琴窟を連想させる。又、すべての演奏者たちの演奏技術はさすがである。(廣兼 正明)

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「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉ベートーヴェン:悲愴・月光・熱情・告別/アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)」(BMG JAPAN/BVCC-37461)
 1962年から63年にかけてニューヨークで一気に録音されたベートーヴェンのニックネーム付きの有名なソナタ4曲をカップリング。ルービンシュタインのベートーヴェンはケンプやリヒテルのような重々しい演奏ではない。純粋なデリカシーを持ち、弱音による細やかなニュアンスの表出に
重点を置き、しんみりと語りかけるような演奏を行っている。「月光ソナタ」の第1楽章や「熱情」の第2楽章がその好例。どのソナタも緩徐楽章の深い表情と高雅な気品に高い芸術的円熟が感じられると思う。ピアノの音色がSACD化により鮮烈に再現されている。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review



「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉主よ人の望みの喜びよ〜ヴァージル・フォックス・オルガン・アンコール/ヴァージル・フォックス(オルガン)」(BMG JAPAN/BVCC-37467)
 名手ヴァージル・フォックスで聴くオルガンの音色は多彩であり、鳥の鳴き声、トランペット、オルゴールに似たような響きまで様々。オルガンを音響的に楽しめる効果を巧く狙っており、フォックス・ベリー・ベスト盤である。音や力は光輝に溢れ、練りに練られた微妙な美感をもって、全ての曲に対処していて、「G線上のアリア」やシューマンの「カノン」は美しい。エルガーの「威風堂々」は初録音。この作品はオーケストラ曲ではなく、原曲はオルガン曲だったかのように感じられる。フォックスのオルガン、はオーケストラのように響く。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review



「J.シュトラウスII:喜歌劇《こうもり》全曲/エリザベート・シュヴァルツコプ(ソプラノ)、リタ・シュトライヒ(ソプラノ)、ニコライ・ゲッダ(テノール)、ヘルムート・クレープス(テノール)、エーリヒ・クンツ(バリトン)他、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、フィルハーモニア管弦楽団、合唱団」(アイヴィ〈ナクソス〉/8.111036-37〔2CDs〕)
 EMIで発売されたものと同じ音源のもので、1955年4月ロンドンのキングスウェイ・ホールでの5日間に亘る録音。エリザベート・シュヴァルツコプ(ロザリンデ)、ニコライ・ゲッダ(アイゼンシュタイン)、リタ・シュトライヒ(アデーレ)等と、カラヤン指揮による豪華スターキャストによる「こうもり」全曲盤である。ロザリンデを演じるシュヴァルツコプを始めとした当時のスター歌手たちを47歳のカラヤンがうまくまとめている。この録音ではディレクターの意向でロザリンデの多彩なキャラクターからディアローグを増やし、ドイツ語が分かる人たちにそれだけで物語をフォロー出来るようにしたという。因みにドイツ語を勉強している人たちにはこのディアローグは発音、テンポともに良く、持ってこいの教材ではなかろうか。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「レオンカヴァッロ:歌劇《道化師》全曲」 (アイヴィ〈ナクソス〉/ 8.559259)
 ナクソスから出ている「オペラ・クラシック」シリーズの1枚。1992年にブラティスラヴァで録音されたアルバムで、スロヴァキアのオーケストラ、合唱団に、当時脂の乗っていた歌手陣を起用している。
 驚くのは指揮者(アレクサンダー・ラハバリ)とオーケストラ(チェコスロヴァキア放送ブラティスラヴァ交響楽団)の力。聴き古された感のあるヴェリズモ・オペラを、一気呵成に牽引する。ソリストは粒が揃っているが、特に脇役の充実が著しい。現在バリトンのトップスターであるボウ・スコウフスが、テノールの役であるシルヴィオを歌って見事。(加藤 浩子)

Classic ALBUM Review



21世紀のワーグナー歌手たち3「ワーグナー:《トリスタンとイゾルデ》名場面集/デボラ・ポラスキ(ソプラノ)他、ベルトラン・ジ・ビリー指揮、ウィーン放送交響楽団」(BMG JAPAN/BVCO-37426)
 BMGの〈21世紀のワーグナー歌手たち〉シリーズの3弾目、今回は今やワーグナーを演ずるドラマティック・ソプラノでは最も人気が高いポラスキによるイゾルデ役の場面集である。ポラスキは現在のイゾルデ役の中でも最右翼といわれているが、それは第一に表現力の豊かなこと、そして声のコントロールに優れているからであろう。このアルバムを聴くとき、ポラスキの繊細さから力強さまでのすべてを持った天性の声と、それを時と場合に応じてコントロールする完璧な歌唱力を知ることができるだろう。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review



「メンデルスゾーン:オラトリオ《エリア》/クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン)、シビッラ・ルーベンス(ソプラノ)、ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト)、ジェイムス・テイラー(テノール)、他、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、合唱団」(BMG JAPAN/BVCC-34117-18〔2CDs〕)
 2003年、創立260年を迎えた世界最古のオーケストラ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による「メンデルスゾーン・フェストターゲ」オープニング・コンサートのライヴである。バリトンのゲルハーヘル、コントラルトのシュトゥッツマンを始め、実力歌手たちを揃えて当時カペルマイスターだったブロムシュテットが、このオーケストラとは切っても切れないつながりを持つメンデルスゾーンの宗教曲大作「エリア」をとりあげた。選ばれたソリストたちの深みのある歌唱はこの曲の持つドラマティックな性格により陰影を与えており、加えてプロとアマの2つの合唱団の比類なき上手さがオケと相俟ってしっかりと骨格を支えている。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「ベルリー二(1801〜1835):歌曲集/デニス・オニール(テノール)」(アイヴィ〈ナクソス〉/8.557779)
 ベルリーニといえばオペラの作曲家として知られ「夢遊病の女」や「ノルマ」が有名であり、イタリア・ロマン派歌劇の開拓者。歌曲でも正当派ベルカントの伝統を受け継ぐ重要な存在であり、オペラのアリアと同様に抒情性にあふれている。歌手のデニス・オニールはイギリス・オペラ・シーンで主役を歌うウェールズ出身のテノール歌手。したたるようなみずみずしい魅力を持ち、高く張るときの通りの良い声は天下一品の劇場的快感を与えてくれる。イタリア歌曲を勉強する人にとって格好の一枚。(藤村 貴彦) 

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「〈リビング・ステレオSACD・ハイブリット〉フニクリ・フニクラ〜マリオ・ランツァ・ベスト/マリオ・ランツァ(テノール)(BMG JAPAN/BVCC-37468)
 テノール歌手のマリオ・ランツァといえばオールド・ファンにとっては懐かしい名前である。恵まれや美声とアメリカのショウ・ビジネス界で磨きをかけられた表現、それがランツァの特徴。ナポリ民謡12曲は、響きの良さ、豊かさ、歌い方の明快さでは群を抜いていてどの曲も楽しめるが、特に「君を求めて」、「情熱」が良い。やや芝居がかった歌唱は三大テノールのそれぞれとは異なる
表現であり、聴き比べてみるのも面白い。ミュージカル「放浪の王者」のヴァガボンドの歌は映画「蒲田行進曲」に使われ、誰でも知っている曲。ポップス・ファンにも聴いてもらいたい一枚。(藤村 貴彦)

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「ラミレス(1921~)/《祝賀の神聖なリズム》われらのクリスマス、その他」(アイヴィ〈ナクソス〉/8.557542)
 ラミレスはアルゼンチンの作曲家。「ミサ・クリオージャ」はカレーラスが紹介し、多くの人に知られるようになった名曲であり、ラミレスは、南米の民族音楽を導入し,ボサノバ、ルンバ、タンゴに似たリズムを活用する。ペルーやアルゼンチンの風景が目の中に飛び込んでくるような感じ。合唱と打楽器のアンサンブルだが、我々が知らない異国の地へと運んでゆく。南米大陸のミサは,北米に住む黒人の音楽とは異にする。素朴で旋律も親しみやすい。白人と昔ながらに住んでいたインディオの音楽の不可思議な混有がここにある。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review



「R.シュトラウス:4つの最後の歌、歌劇《アラベラ》ハイライツ/エリザベート・シュヴァルツコプ(ソプラノ)、他、オットー・アッカーマン指揮(4つの最後の歌)、ロブロ・フォン・マタチッチ指揮(アラベラ)、フィルハーモニア管弦楽団」(アイヴィ〈ナクソス〉/8.111145)
 R.シュトラウスの歌曲とオペラが往年の名プリマ、全盛期のシュヴァルツコプで聴くことが出来る。最初に入っている「4つの最後の歌」はオーケストラ伴奏のいわば演奏会用アリアである。シュトラウスが死の前年に書いた孤高な安らぎのムードに満ちた美しい曲。シュヴァルツコプの歌はオペラとは異なるリード歌手のもつ味わいの深さを感じさせてくれる。一方、「アラベラ」でのシュヴァルツコプは、この喜劇の主人公アラベラになりきって感情豊に演じる歌唱力を見せてくれる。彼女のオペラ、歌曲の双方ともに優れたセンスを知ることができる貴重な1枚である。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review



「わが祈りを聞きたまえ〜讃歌とアンセム集/ノエル・エジソン指揮、エローラ・セント・ジョーンズ聖歌隊、カリーナ・ゴーヴィン(ソプラノ)、マシュー・ラーキン(パイプオルガン)」(アイヴィ〈ナクソス〉/8.557493)
 教会合唱曲が好きな人たちへ無条件でお薦めできるアルバム。収録曲はパーセル、メンデルスゾーン、フォーレ、デュリュフレ、モーツァルト、エルガー、フランク等14人の教会音楽15曲で、ソプラノ・ソロ (オルガン伴奏) 3曲を含み合唱曲はア・カペラとオルガン伴奏のものがある。どの曲も敬虔なムードにあふれ、キリスト教徒ならずとも聴くほどに引き込まれてしまう。演奏しているカナダの合唱団の素晴らしく透明なハーモニーは、この種の音楽に掛け替えのない美しさを与えている。(廣兼 正明)

Classic DVD Review



リズムと踊りの夕べ/児玉真理、桃(ピアノ)、林英哲(和太鼓)、スーザン・グレアム(メゾ・ソプラノ)、ケント・ナガノ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」(アイヴィ〈ユーロアーツ〉DVD/2050526
 2000年6月に行われたベルリン郊外バルトビューネでの恒例ピクニック・コンサートのライヴ。この年には日本からピアノの児玉麻里、桃の姉妹と和太鼓の林英哲がソリストとして出演。児玉姉妹はこのコンサートの最初にバンテュの「ヒー・ガット・リズム」を2台のピアノで、林は松下功の曲と自作をケント・ナガノ指揮、ベルリン・フィルのバックで演奏し、会場を埋め尽くした観客を魅了した。特に大編成のベルリン・フィルを凌駕するくらいの迫力に満ちた林英哲のパフォーマンスは、和太鼓に慣れていないドイツの聴衆を完全に虜にした。その他、ラヴェル、ガーシュインなども演奏され、トリはドイツ人ならば知らぬ人はないリンケ作曲「ベルリン気質(Berliner Luft)」で終わる。(廣兼 正明〉

Classic DVD Review



「シューベルト:弦楽四重奏曲《死と乙女》/アルバン・ベルク四重奏団」(EMIクラシックス/ TOBW3569)
 ブルーノ・モンサンジョン監督による映像作品。カクシュカが健在なころのアルベン・ベルク4重奏団の演奏と彼らがアルテミス4重奏団を指導したドキュメントが収録されている。97年にシューベルト生誕200年を記念してリリースされたレーザーディスクのDVD化。ユリア・ヴァラディが夫のフィッシャー=ディースカウのピアノで「死と乙女」を歌うシーンもある。「演奏し尽くされている曲だから、特別に伝えたいものがないならやらない方がいい」とピヒラーが語っているように、満を持し曲の精神を捉えた、端正でしかも濃密な演奏だ。シルエットを織り込んだりクローズアップを巧みに駆使した映像もファンタスティックで美しい。(青澤 唯夫〉

Classic CONCERT Review
「東京のオペラの森」公演 ヴェルディ:《オテロ》」(3月24日 東京文化会館)
 東京都の主催で昨年から始まった「東京のオペラの森」。今年のオペラ公演には、ヴェルディの傑作《オテロ》が選ばれた。残念ながら指揮の小澤征爾が病気降板、さらに主役も直前になって交代し、全体的にやや寂しい公演となった。
話題を呼んだのは、クリスティーネ・ミーリッツの演出。「戦争マシン」のオテロと、「平和のシンボル」であるデスデモナを黒と白で対比させ、強烈な印象を残した。指揮のフィリツプ・オーギャンは、エネルギッシュではあるものの、やや粗雑な感も。歌手陣では、イヤーゴ役のラード・アタネッリが、輝きのある美声と卓越した演技力で群を抜いていた。(加藤 浩子〉

Classic CONCERT Review
「東京のオペラの森」公演 ヴェルディ:《レクイエム》」(4月6日 東京文化会館)
 ヴェルディをテーマとした、今年の「東京のオペラの森」、最大の目玉は、リッカルド・ムーティが指揮する《レクイエム》。空席が目立った《オテロ》に比べ、満席の盛況だった。
 やはりムーティは凄かった。冒頭から、一瞬にして音楽のなかに引き込まれる。曲のテクスチュアを浮かび上がらせながら、ダイナミズムを失わない演奏はまさに圧倒的。オーケストラ(「東京のオペラの森」管弦楽団)が、《オテロ》の時と同一の楽団とは思えない変貌を遂げた瞬間を体験できた。
 豪華な独唱陣も期待通り。バルバラ・フリットリ(ソプラノ)とジュゼッペ・サッバティーニ(テノール)の2大スターを中心に、《レクイエム》の美しさを堪能させてくれた。(加藤 浩子〉

Classic CONCERT Review

写真:Susesch Bayat/DG
「ミッシャ・マイスキー・チェロ・コンサート」(4月11日 フェスティバルホール)
 ラトヴィアのリガに生まれたマイスキーは現代最高のチェリストと称えられている。楽曲に対する表現力の多様性と完璧なまでの技巧は、豊かな人間性に裏打ちされて、不動の人気を誇っている。この人にかかるとチェロがまるで生き物のように息吹いて、溌剌とした表情になる。カリスマ性あふれる風貌で、興にのると演奏中に体が揺れることがあるが、旋律に微塵の狂いもなく、会場にオーラを発散させる。心底に染み入る最弱音もさることながら、最強音も耳障りなところがなく、高揚感に誘い込む。強い音は一歩間違えると受けを狙った白々しさが感じられるものであるが、マイスキーには少しももそれがなく、音のバランスが抜群である。一流アーティストの証であろう。
大阪国際フェスティバルの第2日目に登場して、広上淳一指揮の大阪センチュリー交響楽団と共演した。ショスタコーヴィチ「協奏曲第1番」は、ソ連圧制の下でしたたかに生き抜いた作曲者の内面を赤裸々に抉り出して、マイスキーの豪腕の一端をのぞかせた。長大な第2楽章ではゆったりした主題が次第に盛り上がりをみせ、第3楽章のカデンツァから第4楽章のアレグロに入って、蓄えたエネルギーを一気に爆発させた様は、壮絶としか言いようがない。ブルッフ「コル・ニドライ」は瞑想的、チャイコフスキー「夜想曲」はロマンティック、シューマン「チェロ協奏曲」は明るく、マイスキーは自在の境地で弾いている。広上はオーケストラをよくコントロールして、ソリストの魅力を堪能させた。(椨 泰幸)

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「NHK交響楽団 第1566回定期公演 Cプログラム」4月15日 NHKホール
 今回は名誉音楽監督、シャルル・デュトワの指揮でN響も熱演、聴衆が沸いた。頭が「スペイン狂詩曲」とトリが「ラ・ヴァルス」のラヴェル作品、それに挟まれる2曲がモーツァルトのピアノ協奏曲第20番とシマノフスキの交響曲第4番(協奏交響曲)というプログラム。
 毎度のことだがデュトワのラヴェルは素晴らしい。流麗な指揮はまるで呪文を掛けているかのようで、いつしかオーケストラも聴衆もデュトワの世界へと誘われてしまったかのようだった。
 2曲目のモーツァルトでのポーランド出身のピアニスト、アンデルジェフスキは少し繊細さに欠けたきらいがあったが、3曲目のシマノフスキではさすがに説得力に満ちていた。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review

「エフゲニー・キーシン・ピアノ・リサイタル」(4月15日 ザ・シンフォニーホール)
 ピアノのテクニックにかけてはキーシンの右に出るものはないだろう。目にも止まらぬタッチは、ハイスピードでハイウェーを突っ走る爽快な気分を思わせて、精神にカタルシスをもたらす。最強音はいたずらに鍵盤を炸裂させるのではなく、体を貫通する迫真のパワーを秘めている。それはまさに時代の求める響きではないか。キーシンの功績であり、人気ピアニストの所以である。だからと言って、スローテンポのパートで、雑になるという訳では決してない。そこには微妙な音の綾があり、詩情がたゆたっている。プレストとアダージョの見事なコントラストにキーシンの卓越した才腕のカギが秘められている。天才少年として早くからもてはやされていただけに、テクニックの面だけが強調されがちであるが、最近では精神性も深まって、音楽は一段と成熟してきた。
この日出色の演奏は、ショパンのスケルツォ全4曲の中でも有名な第2番で、装飾音で彩られた主題は転調を繰り返しながら波のように広がり、技巧の限りを尽くしている。まさにキーシン好みの曲であろう。どこか翳りのある第3番は繊細な響きに余情が漂い、丹念に仕上げられていた。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第26番告別は感情の揺れを巧みになぞって、惜別の情や再会の喜びをよく表現した。(椨 泰幸)

Classic CONCERT Review
「第5回 21世紀合唱音楽祭《日本の第一戦の作曲家の作品を集めて》」(4月16日 東京文化会館小ホール)
 「21世紀合唱音楽祭」は、現代合唱曲の振興と普及を図る目的で始められ、今回は第5回目。プロの合唱団が作曲家に委嘱をした場合、言葉を器楽的に扱ったり、シアター・ピース的な作品もあって、難解な作品が多い。レパートリーとして定着するかは今後の問題でもあるが、現代音楽における合唱曲の印象の固着化は、おそらく望ましくはないであろう。今回の「21世紀合唱音楽祭」の合唱曲は、全てが聴き易く、交互、アマチュアの合唱団で演奏される機会も多いと思う。親しみ易い作品が並んだのであり、順を追って行くと,藤原三千代の女声合唱曲または児童合唱のための組曲「赤ちゃんの手」(全10曲)は、この作曲家の清らかな音楽性が表れた作品で、優しさが聴き手に伝わってくる。内海治夫の女声合唱のための組曲「和歌三章」よりは、雅びな合唱曲であり,曲の流れに古典的な構成が感じられる。服部和彦の作品は、「Aeternum lumen 」(エーテルヌム・ルーメン)。題名の言葉が何度も繰り返され、静謐な空間が形作られる。女声合唱による線の美しい対比が魅力的。唐草模様風に発展させてゆく作りの合唱曲である。小林新の混声合唱とピアノのための組曲「さふらん」、立原道造の詩による全12曲より(今回はその中で7曲)は、知と情のつり合った客観的な姿勢の強い作品で、人間の声によるポリフォニックな線の絡みが美しい。一曲一曲は短いが穏やかな一編の詩情が漂っている。諸橋玲子の「散る花」は、無声音の効果と合唱のコントラストが明快に描かれた作品で、今回のコンサートでは最もモダン的であった。岡坂慶記の作品は、混声合唱組曲「明日への旅立ち」より。詩のリズムをよく生かした作りである。岡坂の今回の合唱曲は、この作曲家のもつ抒情性の豊かな実りの一つのように思われた。(藤村 貴彦)

Classic CONCERT Review

「アレクサンダー・ギンディン・ピアノ・リサイタル」(4月20日 フェスティバルホール)
 ロシア期待の若手ピアニスト、ギンディンが大阪国際フェスティバルの第5日目に出演した。端正な容姿で、ロシア・ピアニズムの伝統を継ぎ、けれん味のない奏法である。ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第27番」は平明なうちにも、作曲者の心の深淵を明らかにした。ラフマニノフ「楽興の時」は北方のロマンティシズムを軽やかなタッチでうたい、清新な仕上げである。ショパンの作品では、「ピアノ・ソナタ第2番」を弾き、不安の漂う最終楽章の締めくくりに抜群のセンスを感じさせた。「ワルツ第9番告別」にこめられた悲しみ、「ワルツ第10番」の素朴な味わいを巧みに引き出した。テクニックとしては申し分のないものの、もう少し自己主張していいのではないか。(椨 泰幸)

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〈写真:武川賀一〉
「東京佼成ウインドオーケストラ 第89回定期演奏会」4月22日 ミューザ川崎シンフォニーホール
 須川展也の「ノスタルジアと未来への展望」と題した佼成ウインドの定期を聴いた。コンサートの中では、ドナルド・グランサムの「舞楽」がよく、この作品はブラスで雅楽の世界を表出し、幻想的なゆったりとした楽想から始まり、続いてハープの伴奏の上に日本の古謡である「さくら」がファゴットで提示され、冒頭主題が変形され発展する。音色や音楽の進行のさせかたに日本的な手法からの導入がみられ、個性的なブラスの作品であった。今回の定期は山下一史が指揮したが、金管の力強さ、木管のソロのうまさ、打楽器のリズムの良さなどが印象に残った。(藤村 貴彦)

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「アンサンブル・プロムジカ 第7回定期演奏会」4月23日 南大沢文化会館主ホール
 アンサンブル・プロムジカは1997年5月、「西東京室内合奏団」の名称で設立されたアマチュアの弦楽合奏団。今回のプログラムは前半がバロック、後半は主にイギリスの作曲家であり、指揮は西田博である。この合奏団の特徴は、弦に潤いと弾力性があり、室内楽風な落ち着いた表現の中に喜悦の気分が始終息づいている。前半のプログラムの中ではラモーの六声のコンセール「めんどり」
がよく、どの曲も自然に描かれており、後半ではブリテンの「シンプル・シンフォニー」がバランスの良い音を響かせていた。指揮者の西田博は、ドイツのオーケストラや東響のコンサートマスターを務めていただけあって、細やかな楽想をきちんと磨いており、この合奏団が着実な進歩を見せている事は疑いない。次回の定期も楽しみである。(藤村 貴彦)

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「NHK交響楽団 第1568回定期公演 Aプログラム」4月29日 NHKホール
 現役最長老、83歳のスクロヴァチェフスキがシューベルトの「未完成」、モーツァルトの「第39番」と「ジュピター」というロマン派と古典派の有名な3曲を採り上げた。3曲とも実に良いテンポでその曲の持つ美しさを十二分に描き切っていた。一つ一つのフレーズを愛おしむが如く大切に扱い、そしてそれらを組み上げて行く時、予想もしないような美しさが聴く人の心に大きな幸せをもたらしてくれる。特に「未完成」では〈恍惚の美〉を、39番では〈軽快な美〉を、そして「ジュピター」では〈構成の美〉を感じさせ、馥郁とした余韻が長い間残る演奏会だった。(廣兼 正明)

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「バッハ《ヨハネ受難曲》〈オペラ形式〉」(4月29日 いずみホール)
 大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団の第40回定期公演で、ヨハネ受難曲をオペラ化した。通常は声楽で行われる作品を視覚に訴えて、受難曲上演のあり方に新しい道を開いた。堅苦しい宗教曲はよくかみくだかれて平明になり、歌手たちや合唱団も健闘して、水準の高い内容になった。管弦楽はシンフォニア・コレギウムOSAKAで、同合唱団、大阪コレギウム・ムジクム合唱団も出演し、これらの楽団を統率する当間修一が指揮と演出を担当した。
歌手の中では福音史家の阿部剛(テノール)が優れ、キリストが死に追いやられるドラマを悲痛な声に託した。ピラトの長井洋一(バス)には威厳があり、舞台を引き締めた。ソプラノの倉橋史子、平井理恵、アルトの岩永亜希子らも持ち味を発揮した。合唱団も含めて全員古代衣装をまとい、オペラ風に演技した。キリストを迫害する群衆や兵士たちの動きや合唱が印象に残った。オーケストラも歌手たちも舞台に上がり、起伏に富んだ音楽を当間はそつなくまとめた。(椨 泰幸)

Classic CONCERT Review

「Karuizawa Ohga Hall 1st Anniversary」5月3日 軽井沢大賀ホール
 国際的な高原保養地・軽井沢町に昨年4月に開館した軽井沢大賀ホールは、軽井沢駅から徒歩7分。豊かな自然に囲まれ、清澄な矢ケ崎池の畔に建つ五角形サラウンド型のホール(客席8百)で、木素材を用いた温かみのある空間と自然な響きが魅力。開館1周年を迎え、「世界の音楽と豊かな自然のハーモニー」と題し、多彩な音楽の宴を開催(4/29〜5/7)。当地の櫻並木が見頃の5月3日、大賀典雄指揮東京フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴いた。モーツァルト《交響曲第40番》は共感にみちた歌と気品高い表現が印象的。ドヴォルザーク《新世界交響曲》は滋味と感興が示された好演。共に自然な流れを損なわず、充実感に富む演奏で、聴き手を音楽の懐へと誘う。(横堀 朱美)

Classic INFORMATION

「ベッリーニ:歌劇《ノルマ》」(7月9日 フェスティバルホール)
 ベルカント・オペラの華ベッリーニ「ノルマ」が、イタリア・ベッリーニ劇場によって7月9日午後3時からフェスティバルホール(06−6231−2221)で上演される。ギリシャ出身の名ソプラノ、ディミトラ・テオッドシュがタイトルロールを演じ、カルロ・ヴェントレ(総督)、ニディア・バラチオス(アダルジーザ)らも登場する。指揮はジュリアーノ・カレッラで、ワルター・バリアーロにより05年6月の行われた新演出行われる。
ローマ帝国に抑圧された部族の物語で、巫女のノルマはとアダルジーザはともに敵対する総督を愛して、ついに破局を迎える。華麗なコロラトゥーラ・ソプラノが見せ場で、テオドッシュは3年前の日本公演で圧倒的な存在感をみせた。
同劇場はベッリーニ(1801−35)の故郷カターニアに建設され、1890年に現在の建物に改築された。なおノルマは31年に作曲された。(T)

Classic INFORMATION

「パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)」(7月8日〜8月3日 札幌コンサートホールの他、東京、大阪、名古屋など)
 有数の国際教育音楽祭として知られるPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)は、バーンスタインによって1990年に札幌で創設されて以来、毎年夏に開催されている。本年は7月8日から8月3日まで27日間にわたり、札幌のほか東京、大阪、名古屋などでも開催される。モーツアルト生誕250年記念のプログラムが組まれ、指揮者のゲルギエフが2年ぶりに再登場して、PMFオーケストラの指揮をとる。またウィーン・フィルのトップ奏者などによる室内楽が行われ、時計台、大通公園、モレエ沼公園など札幌の観光名所などでも無料コンサートが開かれ、「北の都」は音楽一色に包まれる。
開会式は7月8日札幌芸術の森・野外ステージで行われ、ウィーン・フィル首席奏者で結成するPMFウィーンとPMFオーケストラのメンバーが合同で出演する。フェスティバルの呼び物のPMFオーケストラが演奏会に本格的に登場するのは15日で、クライツベルクの指揮により札幌コンサートホールでモーツァルトやショスタコーヴィチなど上演する。この後オーケストラは8月3日まで7回にわたり演奏する。このうちゲルギエフの指揮は7月29日(札幌)、31日(大阪=ザ・シンフォニーホール)8月2日(名古屋=愛知県芸術劇場)、3日(東京=サントリーホール)で、曲目はモーツァルト「ファゴット協奏曲」、チャイコフスキー「交響曲第5番」などを予定している。
PMFのレジデント・コンポーザーを務めた作曲家武満徹の没後10年を記念して、尾高忠明の指揮により札幌交響楽団とPMFオーケストラの合同演奏会が開かれ、ゆかりの映画音楽など数々のプログラムを用意している。
PMFオーケストラは日本やアジア、欧州、米国の19都市で厳しいオーディションにより選抜された若者たち約110人で結成し、札幌で特訓を受けて演奏会に臨む。教授陣にはウィーン・フィルからペーター・シュミードル(クラリネット)ら首席奏者15人、ベルリン・フィルから奏者13人、米国のメジャーオーケストラから13人が参加する。これらのトップクラスによってアンサンブルが結成され、会期中に様々の室内楽も演奏される。お問い合わせはPMF組織委員会(011−242−2211)へ。(T)〈写真は昨年の野外演奏〉