2018年1月 

  

Classic CD Review【室内楽】

シューベルト:八重奏曲 ベルリン・フィル八重奏団(Wisteria Project/BPOC-0001 販売:ソニー・ミュージックマーケティング)
 音楽と録音が一体となった理想的なCD。ホールのベストポジションで生演奏を聴いているよう。レコーディング・プロデューサーのクリストフ・フランケは、ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールの立ち上げと運営責任者。彼が最も重視するのは、サウンドそのものではなく、音楽だと言う。技術を忘れて、音楽がもつ感情、美しさ、悲しみをいかに伝えるかに重点を置く。その言葉通りだと思う。
 ベルリン・フィル八重奏団の演奏は、シューベルトの長大な音楽を、第1楽章から第6楽章まで、ひとつの物語のように聴かせる。演奏が始まるとすぐに、その心地よい流れに惹きこまれる。次々に披露される各奏者のソロを味わいつつ、楽章ごとに展開されるドラマを楽しむことができる。奏者全員が緻密なやりとりを交わすが、堅苦しさは全くなく、自然な呼吸に聞こえる。これだけのアンサンブルを作ることができるのも、ベルリン・フィルという母体で、日ごろからコミュニケーションができているからだと思うが、レコーディングに際して、完璧を期すため徹底的な議論を交わし、妥協は一切なかったということも大きい。繰り返し聴くにふさわしいCD(フランケ自身それを目的に制作した)と言えるだろう。(長谷川京介)

Classic CONCERT Review【室内楽】

宮﨑陽江 室内楽の調べ ヴィルトゥオーゾ シューベルト(11月26日、トッパンホール)
 スイスと日本で活動する宮﨑陽江(みやざきようえ)のシューベルトの室内楽コンサート。
 前半は、マルコ・グリサンティのピアノと共に「華麗なるロンド ロ短調D.895」、「ヴァイオリン・ソナタ イ長調D.574」を弾き、その間にソロでエルンスト「シューベルトの《魔王》による大奇想曲」を演奏した。
 後半は、「ピアノ五重奏曲 イ長調《鱒》D.667」をグリサンティのピアノ、ハンス=クリスチャン・サルノーのヴィオラ、コンスタンタン・ネゴイタのチェロ、飯田啓典のコントラバスで演奏した。
 宮﨑のヴァイオリンは、しっとりとして重みがある。色のイメージで言えば、赤と黒。「華麗なるロンド」は出だしの音程がやや不安定だったが、半ばから持ち直した。ピアノが積極的で、宮﨑はやや控えめ。自分の表現が確立できていないように感じた。
 その点では、3曲目の「ヴァイオリン・ソナタ イ長調」のほうが、まとまりがよかった。ここでの課題は、各楽章の主題の表情のつけ方。第1楽章第1主題、第3楽章アンダンティーノの抒情的な主題など、もっと表情豊かに弾いてほしい。第2楽章スケルツォのトリオでは、それができていただけに、惜しい。
 難曲エルンスト「シューベルトの《魔王》による大奇想曲」は、重音の上に、ナレーター、魔王、父親、子供の声の旋律線を浮かび上がらせるのは至難に思えた。
「ピアノ五重奏曲《鱒》」は、本来宮﨑がリードすべきだが、グリサンティが主導していた。共演者に対する遠慮があったかもしれない。グリサンティのピアノが走り過ぎ、コントラバスの音量が大き過ぎるなど、気になる点はあったが、全体のアンサンブルはよくまとまっていた。
 アンコールにクライスラー「愛の悲しみ」を五人で弾いたが、ここでの宮﨑陽江はリラックスして、伸びやかだった。(長谷川京介)

Classic CONCERT Review【オペラ】

ジョナサン・ノット 東京交響楽団 モーツァルト:歌劇『ドン・ジョヴァンニ』(演奏会形式)(12月10日、ミューザ川崎シンフォニーホール)
 『ドン・ジョヴァンニ』という傑作と歌手陣の充実。オペラを知り尽くしたノットの指揮とハンマーフリューゲル。条件がすべて揃い、昨年の『コジ・ファン・トゥッテ』を凌駕する成功をもたらした。
 東響は6型の小さな編成。ホルン、トランペット、トロンボーンはピリオド楽器。指揮するノットの表情、仕草を見ているだけで、歌の細やかなニュアンス、喜怒哀楽などモーツァルトの意図がすべて伝わってくる。
 ノットの真骨頂は、モーツァルトの「プレスト」で発揮される。第1幕のマゼットが憤懣をぶちまけるアリア「わかりました旦那様」のオーケストラの切迫した動きになぜ泣けてくるのか、モーツァルトの魔術であり、ノットの楽譜の読みの深さとしか言いようがない。第1幕フィナーレでの出演者全員の疾走感は、オペラ・ブッファの極致。会場を興奮の坩堝にした。
 主役のドン・ジョヴァンニが、ミヒャエル・ナジからマーク・ストーンに、ドンナ・エルヴィーラがエンジェル・ブルーからミヒャエラ・ゼーリンガーに直前で交替となったが、二人ともベテランらしい素晴らしい歌唱と演技。ツェルリーナのカロリーナ・ウルリヒとマゼットのクレシミル・ストラジャナッツが、素晴らしい脇を固めた。
 もう一人のヒーローは、ドン・オッターヴィオ役のアンドリュー・ステープルズの伸びやかなやさしさにあふれた声。ドンナ・アンナのローラ・エイキンは存在感があり、今回の公演の柱となっていた。レポレッロのシェンヤンは中国出身。文句なしにうまい。騎士長のリアン・リも中国出身。悪役風の風貌は独特だが、ドン・ジョヴァンニを地獄に引きずり込む役目に合っていた。
 演出監修は、原 純。舞台上には赤いカバーがかかった台とその上に白い布が置いてあるだけ。小道具は、レポレッロのカタログ代わりのスマホ、ドン・ジョヴァンニが武器として使う二丁のピストルなど、極めてシンプル。それらで過不足なく舞台を構成した。合唱は新国立劇場合唱団(指揮:冨平恭平)。来年の『フィガロの結婚』が待ち遠しい。(長谷川京介)

写真:(c)ミューザ川崎シンフォニーホール

Classic CONCERT Review

群馬交響楽団東京オペラシティ公演
芥川也寸志:弦楽のための三楽章「トリプティーク」
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲二長調作品77(ヴァイオリン独奏:成田達輝)
ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68
指揮:大友直人(12月13日 東京オペラコンサートホール)
 「トリプティーク」はコンサートの冒頭にしばしば演奏されるが、芥川の作品の中でも評価されるべきものである。この夜も、大友は説得力ある演奏を聴かせてくれた。第1楽章の動的な不気味さを表現する部分はむしろ西洋的、「子守歌」の第2楽章と和太鼓のリズムを感じさせる第3楽章は日本的。それぞれの味を出しながら、いずれも弦楽オケ全体の音が柔らかく、快かった。続く成田のヴァイオリンだが、オーケストラの中から一つ輝く真珠という印象を受けた。オーケストラの前面にぐいぐい出るというよりは、繊細だが存在感十分の音がオケの中で光り輝いている感じだった。音量がもっとほしいという人がいたかもしれないが、むしろ1711年製のストラディヴァリウスの音を堪能させてくれたと言った方がいいだろう。そのような音でありながら、第1楽章の展開部やカデンツァは非常に説得力があった。また第2楽章のただただ美しかったこと。アンコールでパガニーニのカプリッチョ二長調が演奏されたが、ソロでの演奏はオケ伴奏とは違ってヴァイオリン一台の小宇宙を感じさせてくれた。
 ブラームスの交響曲第1番は、多くの名演が録音で残されているため、聴衆は先入観を持つ。ところが例えば、第1楽章の冒頭の緊張感を期待する聴衆を大友は別の味わいを出すことによって裏切らなかった。むしろ柔らかい暖かい音で包み込むような非常な新鮮味のある演奏だった。第2楽章では、ヴァイオリンの独奏(伊藤文乃。前半の成田とはまったく違う音!)とホルンの二重奏が美しかった。第3楽章は木管楽器のアンサンブルに魅了された。そして、第4楽章のあの主題を演奏する弦楽合奏の音の厚み。豊かな音がホルンや木管楽器と溶け合う様は圧巻だった。ただ、全曲が穏やかに流れ過ぎた印象があり、柔らかく暖かい音は良かったのだが、時々くすむような違和感が感じられた。またコーダに入った時のピウ・アレグロが少し唐突に聴こえたのが残念だった。(石多正男)

Classic CONCERT Review【室内楽】

カルテット・アマービレ 紀尾井 明日への扉(12月19日、紀尾井ホール)
 カルテット・アマービレは、2016年9月難関で知られる第65回ARDミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門第3位に入賞、合わせて特別賞(コンクール委嘱作品の最優秀解釈賞)を受賞。2015年桐朋学園在学中に結成したばかりのカルテットとしては快挙だ。
 デュティユー「弦楽四重奏曲《夜はかくの如し》」(1977年初演)は、珍しい演出があった。照明を暗くし、譜面台にライトを設置。ミステリアスな音楽にぴったりで、効果をあげていた。演奏も精緻で、この曲はカルテット・アマービレの体質に合っている。ミュンヘンでも審査員から高い評価を得たという。
 2曲目のメンデルスゾーン「弦楽四重奏曲第2番」も素晴らしかった。第3楽章主題の第1ヴァイオリン(篠原悠那)のさわやかで若々しい歌わせ方は、作曲当時18歳だったメンデルスゾーンにぴったりだった。
 後半のシューベルトの「弦楽四重奏曲《死と乙女》」は、アンサンブルはまとまっていたが、深みの点では物足りなかった。4人が合わせることに主眼が行き、各人が自分らしく弾くという意欲に欠けたことが要因ではないか。世界を相手にするためには、もっと積極的でもいいのではないだろうか。こじんまりまとまってほしくないカルテットだ。
 もうひとつの課題は、メンデルスゾーンにせよ、シューベルトにせよ、確固たる様式感がほしいという点だ。それは歴史、伝統、文化、奏法、そのほかヨーロッパで積み上げられてきた文化の集積層のようなもの。メンデルスゾーンでは、もう少しでそこに届くのでは、と思った。
 海外に積極的に出て演奏機会を増やしたり、日本とは違う先生や奏者から学ぶことも必要だろう。2018年ウィグモア国際弦楽四重奏コンクールから本審査に招待されているし、個々に海外で学ぶ動きもあると聞く。
日本の若い弦楽四重奏曲団の中では先頭を走るカルテット・アマービレの今後に期待したい。(長谷川京介)