2013年12月 

  

Classic CD Review【協奏曲(ピアノ)】

「プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番、バルトーク:ピアノ協奏曲第2番/ラン・ラン(ピアノ)、サー・サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」(ソニー・ミュージックエンターテインメント ソニークラシカル SICC-30140〜1〈2枚組〉)
 久し振りとなるランラン、今回はラトルとベルリン・フィルをバックに驚くべきテクニックと音楽を披瀝した、現代ピアノ協奏曲の代表作とも言われている、プロコフィエフの3番とバルトークの2番を演奏会で弾くことは、強靱な体力と並外れた気力を必要とする。ラン・ランでさえCDのレコーディングにかけては2週間以上を必要とした。プロコフィエフの3番とバルトークの2番というカプリングはランラン・ファン待望の一枚である。彼の強靱で粒の揃ったタッチと、若さの中に落ち着きを持った演奏はまだ31歳とは言え、この年代のピアニストとしては完全に成熟の極みに達した見事なものである。そして素晴らしいのはラン・ランだけではなかった。バックのラトル指揮ベルリン・フィルがこの天才的若者をこれだけ自由に演奏させたのは、このオーケストラの圧倒的な上手さであり、他の大型オーケストラには決して出来ない事だと思う。これはオーケストラとして出すべき所は出すが、出してはならない所は決して出さないということなのだ。(廣兼 正明)

Classic CD Review【室内楽(ピアノ五重奏曲他)】

「ジャン=マルク・ルイサダ プレイズ・シューベルト/ピアノ五重奏曲「ます」&ピアノ・ソナタ第9番 イ短調、即興曲 変イ長調/ジャン=マルク・ルイサダ(ピアノ)、モディリアーニ弦楽四重奏団メンバー、クリストフ・ディノ(コントラバス)」(ソニー・ミュージックエンターテインメント RCA SICC-10195)
 ルイサダの「ます」一体どんな演奏なのか、聴くまではまったく見当も付かなかったが、聴いての第一印象は実に爽やかであり、曲全体にフランスのエスプリが溢れている。これは共演しているメンバーがすべてフランス人であったことも重要なファクターであろう。特に第2楽章そして第3楽章のトリオには詩が満ちている。第4楽章の最初のテーマでも弦の4人が得も言われぬ美しいアンサンブルを聴かせてくれ、テンポは速めだが各変奏はしっかりとした骨格を崩すことはなかった。最終楽章のテンポも最初からの流れに乗り、優雅さをも保ちながら見事な曲作りを成功させたと言えよう。「ます」のCDの中でも、上位の人気を得ると思われる。後半収録の即興曲とピアノ・ソナタはルイサダのソロだが、「ます」からの優雅な音の流れが滞ることなく、そしてアンサンブルでなくソロの自由さが加味されてルイサダの魅力がより濃く映し出されている。即興曲では繊細な音色の変化、ソナタでは第1楽章からシューベルトの詩の世界へと誘い、第2楽章での左手のスタッカートと、その後のレガート部分の対比の上手さがルイサダの持ち味だ。そして終楽章も音色の変化と微妙なテンポの移り変わりが聴く人の心を和ませる。(廣兼 正明)

Classic CD Review【器楽曲(ヴァイオリン)】

「27の小品 ヒラリー・ハーン・アンコール/ヒラリー・ハーン(ヴァイオリン)、コリー・スマイス(ピアノ)」(ユニバーサル ミュージック、ドイツ・グラモフォンUCCG-1642~3〈2枚組〉)
 現代の作曲家のアンコール曲に対する新しい考え方を知りたいことから、ヴァイオリンの妖精ヒラリー・ハーンが立ち上げ、取り組んできたアンコール・プロジェクトの集大成とも言える1枚である。中にはヒラリー自身が作曲家に直接依頼した委嘱作品26曲と公募作品1曲の計27曲が入っている。如何にもヒラリーらしい企画と言えよう。彼女の委嘱条件は2つ、一つは原則5分以内の演奏時間、二つ目はアコースティック・ヴァイオリンとピアノのための作品というものである。この26曲の委嘱作品の中には、佐藤聡明の「微風」、大島ミチルの「メモリーズ」といった2人の日本人作曲家の曲も入っている。ヒラリーはこの27曲を完全な形で収録するため、2年の練習時間を費やしたという。どの曲も実に取つきやすく、メロディックな曲やリズムの面白い曲が多い。如何にもアンコール向きと言える。 (廣兼 正明)

Classic DVD Review【音楽映画(クラシック)】

「カーネギー・ホール」(ユナイデッド・アーティスト1947年製作映画)
 日本での公開は筆者の記憶では1952年の初頭で、まだまだ戦後の混乱期から脱していない時期だった。しかし当時多くのクラシック・ファンは一流の演奏に飢えていた。そこへポヒュラー2人(ヴォーン・モンロー/ダンス・オーケストラ指揮者、ハリー・ジェームス/Tp)を含むクラシック界の巨匠と言われる演奏家が出演したカーネギーホールを舞台としたクラシック音楽映画のロードショーが、日比谷劇場だったかピカデリーだったかで行われたのである。おまけに音が素晴らしい(音域は50〜10,000サイクル)と言う当時としては考えられないハイ・フィデリティを売り物にしていたので目も耳も楽しめる映画と言うことで相当の客を動員したようだった。当時高校3年生だった筆者はきら星のごとく並ぶ一流演奏家、それもあこがれのカーネギーホールでのライヴと言うことで、5回ぐらい劇場に通ったことを覚えている。さてこの映画に出ている有名クラシック演奏家は以下の11人(出演順:ブルーノ・ワルター/指揮、リリー・ポンス/Sop、ピアティゴルスキー/Cello、リーゼ・スティーヴンス/Alto、ロジンスキー/指揮、ルービンシュタイン/P、ジャン・ピアース/Ten、エツィオ・ピンツァ/Bass、ハイフェッツ/Vn、フリッツ・ライナー/指揮、ストコフスキー/指揮)だが、殆どがセリフを喋っている。しかし上手なのは矢張りジャン・ピアースやエツィオ・ピンツァなどのオペラ歌手であり、下手だったのはハイフェッツ。ピアノのルビンシュタインや指揮者のストコフスキーなどは俳優と見間違うほど上手だ。
 特にルビンシュタインの有名なセリフである若いピアニストに対する忠告の一言、”Practice!,Practice!,Practice!”は今の時代でも通用する名言である。そして彼が弾いたフリャの「火祭りの踊り」の中で片手づつを交互に高く上げて鍵盤に打ち下ろすシーンは未だに忘れられない。画質の良いDVDも3,000円台で入手出来るので、是非ご覧になっては如何だろうか。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【スペシャル・イベント・コンサート (管弦楽・合唱、他)】

「冨田勲×初音ミク 無限大の旅路〜イーハトーヴ交響曲〜/河合尚市(指揮) 東京フィルハーモニー交響楽団、鈴木隆太(キーボード)、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団、聖心女子大学グリークラブ、シンフォニーヒルズ少年少女合唱団、他」(9月15日 渋谷BUNKAMURAオーチャードホール)
 今年81歳を迎えるマエストロと、ボーカロイド(ボカロ)界のトップを行く歌姫との出会い。考えれば考えるほどエキサイティングなイベントだ。第1部は東京フィルハーモニー交響楽団、指揮・河合尚市による演奏。「新日本紀行」や、山田洋次監督の映画関連曲を集めたメドレーなどが披露された。そして第2部は、お待ちかねの「イーハトーヴ交響曲」。慶應義塾ワグネル・ソサェイティー男声合唱団や初音ミクの歌声を大きくフィーチャーした、壮大な音絵巻がオーチャードホールのすみずみまで充満した。鳴り止まない拍手とスタンディング・オベイション。演奏メンバーと共に、初音ミクも深々とお辞儀をする。かつていち早くシンセサイザーを導入し、クラシックの名曲をあっと驚く色合いに染め上げた冨田勲が今、ボカロを用いた表現に心血を注いでいるのが、僕にはなんとも嬉しい。彼は永遠のチャレンジャーなのだ。(原田 和典)
(C) Crypton Future Media, www.piapro.net

Classic CONCERT Review【吹奏楽】

「東京吹奏楽団 第60回定期演奏会(創立50周年記念)」 10月20日 東京芸術劇場コンサートホール
  1963年にプロの吹奏楽団として創立された東吹が今年50周年を迎えた。その歴史は我が国の吹奏楽の発展を推進してきた。この日は昨年の「韓国世界ウィンド・バンド・フェスティバル」に協演したフィリップ・スパークに委嘱した「ファンファーレ・フォー・トウキョウ」が最初に演奏された。指揮は故山本正人(桂冠名誉指揮者)の後、第36回定期演奏会からバトンタッチした汐澤安彦が当たった。ゲストに迎えたのはトランペット奏者のアンドレ・アンリでフランス生まれであるが2010年から東京音大客員教授・2011年より国立音大非常勤講師を務めている。アレキサンダー・アルチェニアン作曲の「トランペット協奏曲」を演奏したあともトランペットを吹くのが楽しくて、という気分充分でアンコールに応えていた。会場は終始、同窓会のような和やかな空気に包まれていて、折からの雨にもかかわらず満員であった。(斎藤 好司)

Classic CONCERT Review【器楽曲(アコーディオン)】

「マルティナス コンベンション」(10月24日 五反田G-Call Club)
 話題のアコーディオン奏者、マルティナスがついに初来日を果たした。彼は1990年のリトアニア生まれ。8歳でアコーディオンを始め、2008年にはイギリス王立音楽院に入学。欧米のコンテストを総なめにした。クラシックの技を磨く一方、2010年にはテレビ番組「リトアニアズ・ゴッド・タレント」に入賞した。今回のコンベンションはアルバム『チャルダッシュ〜ノスタルジック・アコーディオン』の国内リリースに合わせて行なわれたもので、当日は「カルメン」の「ハバネラ」、「トルコ行進曲」に交え、レディー・ガガのレパートリーや大野雄二・作「ルパン三世のテーマ」なども披露された。2台のアコーディオンを持ち替えての無伴奏ソロ・パフォーマンスは、圧倒的なテクニックとエンタテインメント性を兼ね備えており、今後の活動が更に楽しみになってくる。(原田 和典)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「日本フィルハーモニー交響楽団 第655回定期演奏会」 11月2日 サントリーホール
 秋晴れで涼しくなった日に爽やかな演奏会があった。桂冠指揮者・小林研一郎によるブラームスの交響曲第3番と第1番だけのプログラムである。小林は翌日の文化の日に指揮者として旭日中綬章に叙勲され、喜びに溢れていた。指揮は的確な表現で繊細な演奏であった。普段聴きなれているテンポよりかなり緩やかな速度で、一音一音を丁寧に響かせていた。たとえば第1番の4楽章ではホルンと弦の掛け合いの箇所など、あのテンポで音量を保ちながら演奏できたのには、かなりの体力と技術を必要としたことであったろう。それらの結果、聴衆の前には壮大なスケールの油絵のような重厚なブラームスの世界が拡がった。終演後、小林は謙虚に各パートや首席奏者の所に駆け寄り握手するなど、各奏者達の演奏の方を称える姿が印象的であった。(斎藤 好司)

Classic CONCERT Review【アンサンブル(弦楽合奏)】 

「弦楽合奏団アカンサスⅡコンサート」 11月16日 東京文化会館小ホール
 このグループは、1967年に東京藝大の学生により創設された「アカンサス弦楽合奏団」が、40年後の2007年に時間の出来た昔の仲間が集まって再活動を開始し、今年で6年目を迎えた。平均年齢は可成り高いのだが、感じるのは全員が同じ方向を向いて頑張るその努力である。普通のプロならば精々4,5回程度の練習で仕上げてしまうのだろうが、このアンサンブルは20回もの練習を積んで始めて本番の舞台に上がると言う。元々指揮者を置かないので、コンサートマスター大川内弘(元・ロンドンチェンバープレイヤーズのコンサートマスター兼ソリスト)に大きな負荷がかかると思うのだが、殆どのメンバーはすべての練習に参加し、全体の流れを完全に咀嚼して本番に臨む。今回はモーツァルトの交響曲第40番(リヒテンタール編曲の弦楽合奏版)、ピアノ協奏曲第13番(ピアノは梯剛之)、そしてメインはチャイコフスキーの「フィレンツェの想い出」というプログラムだったが、自分たちが演奏したい曲を選び、それをとことん練習で身につけ、チケットも自分たちで売り、そして本番に臨むのだから、気が入らないわけがない。ピアノ・ソロの梯剛之が素晴らしいモーツァルトを演奏したこともあり、ブラボーの声も客席から数多く飛び、この種の演奏会にしては珍しく熱気に溢れていた。終演時のメンバーの顔には安堵と歓びが一杯に溢れていたのが印象的だった。(廣兼 正明)